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第51話 再びコンポを組み立てる。 ※
数日後――という数え方では効かないだろう。
何しろもう、九月は終わろうとしている。
まだまだ残暑は続いているが、大学生はまだ夏期休暇中だ。余裕である。
もっとも休暇関係無く、暇ではあるのだが。
「ちゃう
「狭いんだってば」
「やったら、最初っからコンポ買うな。なんやスピーカー台知ってるから、勉強したんやと思ったんやけど」
ブツブツ言いながら場所の調整に忙しなく動いているのはもちろん二瓶だ。
さっぱり涼しくならないので、夏と変わらぬ開襟シャツにチノパンという出で立ち。
ラフな格好ではあるが車を出してくれた上に、コンポを運び、さらにはセッティングまで。
これでは広大も足を向けて眠れない――一週間ほどは――と思っていた。
もっとも同時に、二瓶が買い物を存分に楽しんでいる事も伝わって来る。
帰宅予定時間は午後二時だったはずなのに、現在午後四時。
失われた二時間はどのように浪費されたのか。
そんな
「ふっふっふ。この『何でも調理くん一号』があれば、ハンバーグの一つや二つ」
などと、悪役然とした台詞を吐き出している多歌だ。
商品名はキッパリ間違っているのだが、ミキサーの様に見えるその器具の説明は必要無いだろう。
問題は、広大の部屋の狭い流し場で、その器具が十全に性能を発揮出来るのだろうか? という点だ。
今日の多歌の出で立ちは動きやすさを重視したのかアンクルパンツに、ノーカラーシャツ。
ネクタイをしている様にも見える太いラインが正面に施されている。
色合いはモノトーン。アクセサリーもほぼ見受けられず、飾り気が少ない。
さらに髪はさらにショートに揃えられ、どこか少年のようだ。
だがシンプルなコーディネイトに浮かぶボディラインからは色香が漂ってくる。
なんとも“あやふや”な魅力が漂ってきていた。
「戸破さん。やっぱりその調理器具、えらくはり込み過ぎやと思うわ。正直この部屋では持て余すんちゃうか?」
そんな多歌に二瓶が話しかける。
「“はり込む”の意味がよくわからないけど、お金のことなら大丈夫」
「意味はおうてる」
「お父さんがスポンサーだから。娘を危ういところで助けてくれたんだもの。これぐらい出すよ」
「ああ、そういう……したら、お父さんは広大との交際もオールOKなん?」
「大賛成」
「やけど、俺達はしがない私立文系やで? 釣り合わへんとか思ってるんちゃうか?」
「二瓶さん」
流し場から詰め寄ってきた多歌が真剣な面持ちで、二瓶の名前を呼ぶ。
「な、なんや?」
「私の名前“
「じ、自分で言うてまうんか。ちゅうか、それ
多歌に圧倒された二瓶が、それでもツッコむ。
「お父さんだけじゃ無くてお母さんも、そういうとこは気にしないのよ。何でも良い、と思ってるわけじゃないんだけど……」
「何となくわかった」
「逆にわからないのは、その『国立大』とかにこだわっちゃうところだよ。一体何?」
「あのな、戸破さん」
その問い掛けに、スピーカーの位置を調整する手を止めて二瓶が多歌へ向き直る。
それにつられて、多歌も二瓶の前に腰を下ろした。
「――問題は日本の受験システムやねん」
「はい?」
「国立は、わかりやすく大学入学共通テストあるけど、他の大学も似たような間違いを起こしてる」
「ははぁ」
いつもの妄言なのだろう、と多歌は早くも見切ったようだ。
だが、二瓶は止まらない。
「俺達は日本語で勉学に励もうちゅうのに、なんで『英語』を試験されなあかんねん、ちゅう話や。どんな大学入試でも、考え無しに『英語』を振りかざして。それにどんな意味があるねん!」
「あ~~……そう言えば何でだろ?」
多歌が巻き込まれた。
続けて確認する。
「じゃあ、英語苦手なんだ?」
「俺だけやない。広大もそや」
部屋の主なのに、すっかり気配を消していた広大は、相も変わらず何事かを考え込んでいたようだ。
青いTシャツとジーンズ姿。代わり映えは無い。
それでも二人のやり取りは聞いていたらしく、頷くことだけはした。
この「広大は英語が苦手」という情報はまだ持っていなかったのだろう。
多歌が目を見開く。
「あんなに難しい言葉使うのに?」
「な? 英語の出来と知能は関係無いねん。今回のややこしい事態を解決したんは広大なんやろ? それなのに『英語』が不得手なだけで、日本の教育はスポイルしてまうねん!」
さすが二瓶。
自らの主張を速攻で台無しにしてしまった。
それを綺麗に無視して多歌と広大は、
「“スポイル”って何?」
「“ダメにする”」
と、なれたやり取り。
それに二瓶が牙を剥いた。
「お前は何をのんびりしとるねん! お前が一番の被害者やないか。お前、学校と業者がつるんでやっとる全国模試で歴史も国語も、全国で上位に入って何回辞書もろうとんねん(※注1)」
「それはお前もだ。大体、模試が出来たからと言って、それがどうしたって話だし。よくわからない業者のだし」
このやり取りも、広大と二瓶の間で散々行われたものなのだろう。
突如巻き起こった、このやり取りにも滲み出す広大の疲労感。
「じゃあ、本当に英語“だけ”が出来ないの?」
しかし多歌にとっては新鮮だったのだろう。
思わず、広大に尋ねてしまう。
それにも広大はあっさりと答えた。
「理系も出来ない」
「ダメな方を数える方が積極的なのよね、コーダイは」
「戸破さんは、
援軍を得た二瓶が勢い込む。
「そもそも義務教育が終わって、専門的な教育が受けれるはずなのに、なんでこうまで英語が重要視されるんか。そんなん専門にやりたい奴等だけで乳繰りおうとけ。明治の頃から教育制度が進化してない」
「だからそれは、俺達にはよくわからない何かの理由があるんだろ? これも何回も言ってるけど。それに今更、受験制度が変わっても手遅れ」
広大はいつもの冷めた瞳で諦めた。
「あのな広大」
これまでなら、そこでこの二瓶の妄言を巡るやり取りは終わっていた。
しかし状況は変わっている。
二瓶は眼鏡越しの目で広大を見据えながら、切り出した。
「“諦める”ちゅうことは、前提として、それを欲求してないと成立せえへん感情なんや」
「それは……」
「やから、お前が戸破さんと会ったときの感情も、お前が良いように諦めようとしとる感情なんや。欲を隠してな」
――多歌の瞳が閃く。
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※注1)
確か三省堂だったはず。著者が通っていた高校ではこういうのがあった。半ばフィクションと思っていただければ。ちなみに全国の優秀者じゃなくて、校内一位だったはず。
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