第42話 それは「たった一つの真実」なのか?

「だけど……」

 多歌の叫びに、広大は反論しかけて言い淀んだ。

 あるいは、言い淀んだ“ふり”をした。

「お、俺もそう思う!」

 その広大の仕草に吸い込まれるように、ついに巻目から声が上がった。

「た、確かに、あんたは約束守ってくれたし……その……怖い人達と繋がりがあったとしても、そんなに悪い人には思えないし、それに城倉の奴が……」

「説明……確かにあった方がいいのかもしれませんが……ああ、そうですね。巻目さんは、すっかり巻き込まれている」

「え……?」

「こちらの部屋を提供したのも脅された結果では無いんでしょう? となると『共犯』の可能性が出てくる」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! い、いや、説明はして欲しいんだけど話が……」

「でも、後ろ暗いところがあるから、今もこうして閉じこもっている。淵上さんの死に何らかの責任があると感じているからでは?」

 広大にそう指摘されると、巻目は歯がみして、その場に座り込んだ。

 その様子を見た広大が、ゆっくりと声を掛けた。

「……どうやら巻目さんは完全に巻き込まれただけみたいですね。じゃあ、警察にも自分から行った方が良いですよ。自首は反省を示すわかりやすい指標ですから。学校も停学ぐらいで収まるかも知れない。准教授を全て悪いということにしてしまえば良い」

 ――これは悪い奴からの「お節介」ですが。

 と、本当に悪巧みをするように、広大は声のトーンを抑えて巻目に告げる。

 そんな広大を、呆気にとられたように見つめる巻目。

 今、巻目は完全に圧倒されていた。

 多歌の知らない「広大」によって。

「よくわかんないよ! 『共犯』ってどういうこと? 准教授せんせいが何かしたってこと?」

 そんな広大の姿に焦りを覚えたのか、多歌がたまらず再び割り込んだ。

「説明はする」

 多歌の知る広大に戻って、短く答える広大。

「――まず、淵上さんが自殺した夜、何らかの計画が准教授にはあった。その計画が上手く行くかを確かめるために、准教授はこの部屋にいた」

「それを……巻目先輩が知っていたの?」

「その日だけじゃなくて、巻目さんはずっと部屋を貸していたんだろう。准教授と淵上さんは関係があった。その……まぁ、ラブホテル代わりに使われたんだろう。この部屋は」

 広大の指摘に、巻目は背を震わせるだけ。

 事実なのだろう。

 その見返りに単位などの取引は当然行われていたと考えるべきだ。

 そういった「共犯関係」でなければ、淵上ひとえが自殺した夜、あたかも自分がこの部屋にいたように嘘をつく必要は無くなるのだから。

「――が、その計画が上手く行かない。でも、准教授にとってタイムリミットが近いか、もう限界だったんだろうな。どうしても淵上さんの口を塞がなくてならなくなっていた」

 多歌と巻目。

 二人の視線が広大に向けられる。

 もちろん広大はそれに反応しない。

「だけど、わかりやすく殺してしまってはこれも破滅だ。だから、准教授は薄い壁を通して隣の淵上さんに告げた。『これから自殺する』と。あるいはそれは『心中』かもしれない。淵上さんが好きそうなワードだ」

「そ、れは……」

 さすがに、多歌も安易に同意出来ない。

 だが否定も出来ない。

 それは巻目も同じだ。

 同じ学校の二人は――「淵上ひとえ」という女を知っていた。

「さらに准教授は先に首を吊って見せた。そこの窓際で。淵上さんが身を乗り出せば、それが確認出来るように」

「で、でも……」

 今度は巻目が声を上げる。

 それはそうだろう。

 実際、城倉の死体が自分の部屋にあったわけでは無いのだから。

「自殺した“ふり”だけですよ。准教授は、巻目さんが思うよりも、もっと悪辣です。私の考えではね。だから巻目さんがそれに巻き込まれるのは――」

「“ふり”はわかったわ。プラスチックのケースの上に乗ったのね」

 多歌の目が、鋭く広大を見据えていた。

「それであんな風に色々確認していたのね。確かにこの『明月荘』の環境なら、説明された状況が作り出せるかも知れない。でもすぐ隣なんでしょ? 心中する程なら――」

「“ブランコの詩”」

 それだけで答えになると言わんばかりに、広大は短く告げた。

 そして実際、多歌にはそれで十分だったのだろう。

 多歌は無意識のままに、空中に補助線を引いて――広大の問い掛けに「解」を見出してしまった。


 准教授は壁越しに訴えるのだろう。

 一緒に死のう、と。

 同時に、淵上ひとえが執心していた、そして二人の関係が始まった「ブランコの詩」の話をする。

 それを二人の遺書代わりにしようと。

 誰にもわからなくても、二人だけがわかれば良い。

 二人の「死」で「詩」を表現するんだ。

 首を吊って、ブランコのように揺れて。その揺れはきっと同期シンクロする。

 こんな事、文学に命を賭けた二人にしか出来ない。

 それは――淵上ひとえにとっては何よりも甘い言葉だったのだろう。

 そして准教授は淵上ひとえの決意を促すように、先に首を吊って見せた。

 この時の淵上ひとえの心理はわかりようも無い。

 理解出来るわけがない。

 だが――


「――やりそうかも」

 未だ、広大に告げることが出来ない、多歌が知る城倉の為人ひととなり

 その情報とつなぎ合わせれば、この「説明」は決して絵空事では無かった。

 むしろ、そういった情報もないまま、この「解」に至った広大の「不条理」の方がよほど無茶だ。

「戸破さんが、そうやって保証くださるとなると、これが後から警察にバレると……というかバレますね。私はそう伝えないとマズイ立場ですから」

 そんな多歌の諦めに、広大がそれと理解しながら会話のコンボを繋げた。

「ご理解ください、巻目さん。私も辛い立場でしてね。ですからせめて一日は待ちましょう、いえ同時に報告出来れば、それが一番良いんですけど。巻目さんは警察に。私は――」

 意図的に言葉をそこで断ち切った広大。

 それが脅しになると、十分理解した上で。

「あと私のことは内緒にした方が良いですよ。もちろん戸破さんのことも。彼女は完全に巻き込まれただけですから。そういうことにうるさいお役目の方も多いですし。巻目さんは、あくまで自主的に」

 さらに脅しをかける広大。

「あ、ああ……」

 辛うじて返答出来ただけ、巻目を褒めるべきなのか。

 それでも、今の巻目の目には確かに意志の光が見えた。

「では、今度こそ帰らせて貰います。戸破さんも――」

「わ、わかったわ」

 確かにこれ以上はどうしようも無いと判断して、多歌は広大の後に続いた。

 靴を履き、扉を開け――


 ――バタン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る