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第36話 BからAへ ※

 この日、九月五日――


 多歌が側にいないAで目覚めた広大は、Bで入手した巻目忠志の名を、二瓶に告げる。

 そもそも二瓶が入手してきた名前であるので、どうにもチートズルの雰囲気が漂うやり方だ。

 だが、それを言うなら二つの世界の間を揺蕩っている広大の状態が無茶なのだ。

 広大は被害者。

 ……と強弁できる以上、続けて「緊急避難」という単語へコンボを繋げられる。

 では「巻目忠志」がどこから出てきたのか?

 広大にはずっと“情報屋”佐藤好恵の動機がよくわからなかった。

 もちろん、二瓶のように交友関係が広がる中で、自然と情報が入ってくることもあるだろう。

 何かと言うと情報の発信者になりたがる個性キャラクターの持ち主は、かなりの数、存在するのだから。

 好恵もそういった類いのキャラクターだろうとあたりをつけたが、どうも様子が違う。

 あまりにも積極的すぎる――とずっと広大は考えていた。

 だが、そもそも“情報屋”と言われるキャラクターだ。そういったキャラクターである可能性は否定出来ないが、多歌の容姿ルックスを調べて、どうするのか?

 過去を知ってどうするのか?

 という疑問がついて回る。

 もちろん、多歌の親から信頼を勝ち取る手段としては有意義だろう。

 その点は二瓶の言うとおりだとしても……それを知りたがるものがどれだけの数いるものだろうか?

 と、さらなる疑問が湧いて出てくる。

 それでも多歌の為人を欲しがるとすれば、安直な発想だがやはり「ワイドショー」になるのでは無いだろうか?

 つまり、この事件をセンセーショナルに騒ぐ事が目的――今ならワイドショーに持ち込まなくても、自分で動画配信しても良い。

 それで収益に繋がる可能性もあるし、何より名前が売れる。

 では、好恵が多歌の情報をある程度掴んでいたのは、他の情報提供者がいるのではないか?

 それが多歌の両親と考えると、あまりにも展開が早い。

 となれば、恐らく多歌や淵上と同じ学校に通う生徒。

 “情報屋”の人脈でたぐり寄せたか、元々持っていたか。

 その情報提供者を掴んでいたからこそ「戸破多歌」の情報に飛びつき、さらに事件を飾り立てることが出来る、と喜んだのでは無いだろうか?

 その根拠は「ビストロ・ナルト」で広大が覗き見た、あの好恵の笑みだ。

 あれは自分の幸運を祝福した笑みでなかったのか?

 そこで広大はこう仮定してみた。

 もちろん、Aでは好恵は決してソースを明かさないだろう。

 だがBなら?

 最終的に嗅ぎつけられるとしても、今なら伝手を明かすのでは無いか?

 という考えで、二瓶に頼み込むと、実際に情報提供者の名前が割れた。

 それが――「巻目忠志」。

 その名を引っ張り出した二瓶の手口。あるいは好恵に認めさせる人脈の豊かさはさすがと言うべきだろう。

 広大も、それを讃えるのはやぶさかでは無いのだが……

「よしよし。う~む、よしよし。さすが俺」

 特殊な自画自賛を繰り返す二瓶については、さすがに辟易していた。

 現在二人は、好恵との約束の場所へ向かうために二瓶の家で待機中だ。

 時刻は午後三時といった辺り。

 特にやることも無いので、二人で対戦ゲームなどしているわけだが、それはむしろBGM代わりにやっているだけで「ドモホルンリンクルを見つめ続ける仕事にはどちらが向いているか」なんて議論の方が本題だ。

 つまりやることが無い。

 やるべき事はやり切った、と言い換えることも可能ではあるのだが。

「実際、『自分』のやり口わかるか?」

「奇襲の一手やな。全部知ってるぞ、から、この事件奥が深いぞ~みたいにやるわけや」

「情報量に差があるからな。多分、ノーマーク?」

「多分、と言いたいところやけど巻目の立場が絶妙すぎる。ある程度は掴んでたんやないかな? それで大した事は無いと。単なる自殺やと結論づけてたんやないか?」

「立場というか位置だな」

 巻目忠志は、淵上ひとえの“横”に住んでいた。

 少なくとも現在の「住所」はそういうことになっている。

 「明月荘」がそもそも国立大とよしみがあるのかも知れない。

 “歴史の古さ”を基準にして共通項でくくれるはずなのだから。

「思うんやが情報屋は元々、巻目と繋がってたんやないかな? 要は元から付き合っとった」

「元々、繋がっていた可能性は高いと思う」

 順調にブロックを積み上げ、爆弾を生成する広大(※注1)。

 今日は、意図があっていつも通りの格好だ。灰色のTシャツにジーンズ。

 二瓶もそれに付き合うように、柄物Tシャツにジーンズ。

 テレビの前であぐらをかいて、二人並んでコントローラーを握っていた。

「だけど、付き合っていたというのはどうかな?」

「やけどそれが自然――」

「自然?」

 二瓶の言葉を遮るように広大は呟いた。

「ヒバリさんの過去話で、お前は二人の友情に懐疑的だっただろ? そっちが自然と考えるなら、佐藤さんと巻目という奴の間にあるのは、そういう“もの”では無いと考えるのが“自然”なんじゃないのか?」

 そんな広大の問い掛けに、二瓶から返答はない。

 鼻白んだのか。

 呆気にとられたのか。

 自分の甘さを悔やんだのか。

 それを広大は確認しない。

 ただ、限界までためた爆弾を一斉に爆破させる。

「お前~~~!!」

「ここまでやっても終わらないんだよなぁ」

 二瓶の叫びを無視して、広大が虚無的に独りごちる。

 大爆発で決着がついたと思われたゲームは未だ続行中だ。

 軽快なゲーム音楽が聞こえてくるのだから。

「……というか、これどうやったら終わるんだ?」

「覚えがないなぁ」

 何とも無責任に返事をする二瓶であったが、それはリセットの働きがあったのだろう。

 あるいは全ての責任を好恵に負わせるという宣言であったのか。

 何しろ、待ち合わせ場所は“名前を呼んではいけない地域”のファミレス。

 二瓶の妄言では、アンチ京都とも言うべき剣呑な地域。

 もちろん、広大がそんな妄言に付き合うはずもなく、このファミレスを選んだ理由はただ一つ。


 ――そこがハンバーグを売りにているファミレスだからこそ。

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※注1)

「ボンブリス」である。綺麗に積み上げるだけで無く、爆弾を作って吹き飛ばすことも可能。(確か)

ただ、本当に終わらせ方がわからない。

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