第34話 ハンバーグは失敗した ※

 いくらレシピがあったとしても――


 料理になれていない者は細かな失敗を積み重ねてしまうものだ。

 例えハンバーグ必殺の香辛料ナツメグの力があっても、それはフォロー出来ないもの。

「これはどういう失敗なのかなぁ?」

「失敗の原因を探すなら、やっぱりパン粉の量」

「牛乳も多すぎたんだね」

 現在、ホットプレートの上ではやたらに白っぽいハンバーグが完成しつつあった。

 いや、完成とはとても言いがたいから「損切り」されるべき状態になったと言うべきか。

 すでに、試しで焼いた一枚のハンバーグを分けあって確認されていたのだ。

 これは失敗したと。

 しっかり合い挽き肉を使ったはずなのに、なぜかチキンのような色合い。

 食感は、子供用ハンバーグのようなレトルト感溢れる優しさ。

 少なくとも二人が目指していた味では無い。

 一方で、かなり適当に作ったポテトサラダの方は、まず及第点という出来になったのが皮肉と言うべきだろう。

 しっかり計画を立てた方が、上手く行かないという、この現象は。

「でも、食べれるよね」

「それは間違いない。このソースはどうしたんだ?」

「ケチャップとソースを混ぜた」

「……ソースというのは」

「“とんかつ”と“ウスター”」

「全部か。ソースをそのまま食べてる気もする」

 ――お好み焼きに続いて。

 とは、さすがに口に出来ない広大。

 他にも「豆腐ハンバーグ」にも似ている、とも思っていたがそれも控えておいた。

 何しろこの「ハンバーグのようなもの」制作責任者として、広大は共犯なのだから。

「バケットに載せると……」

「パン成分が強くなるだけだな。潔く諦めよう」

「だってデザートも無いのよ!」

「コンビニで――」

「雨! 雷雨!」

 果たして現在、BでもAと同じ天候になっていた。

「これは夕立だから、やは……もう間もなく晴れる」

「はぁ、こういう時に『ブランコの詩』を聞いたわけね」

 何かを諦めたように、多歌が話題を変えた。

 ハンバーグを作っているときに、国道沿いのステーキハウスでのやり取りは説明済みだ。

 そんな事をしているから、ハンバーグの出来を左右してしまった可能性は――ある。

「でも、それでコーダイくんが気付いたんだから、雷はやっぱり凄いね」

「いや、それは」

 ボロボロと崩れ落ちるハンバーグ(のようなもの)を箸ですくうのに苦心しながら、広大が多歌を止める。

「その考え方は、やっぱりピンとこない」

「その……まず、私とコーダイくんが後悔してるっていう前提があるのよね」

 「自分自身」に後悔がある事を、とする多歌。

 確かにそれは前進なのだろう。

「前提……とりあえず、そこは固定してみようと思ってるけど」

 一方で、広大の反応は消極的肯定。

 他に共通点が見出せないからこそ選ばざるを得ない、窮余の策、に近い考え方ではあったが。

「でも、それだけで世界が二つに分裂する、っていう考え方は無いわけよ」

 ホットプレートの上のハンバーグにとどめを刺すべく、ゴム製のフライ返しを掲げる多歌。

 結果――フライ返しを使ったハンバーグの反転に惨敗。

「後悔だけを原因とするには、どう考えてもおかしいしな」

 元は一枚だったハンバーグを各個撃破でひっくり返しながら、広大は多歌に賛同した。

 ちなみに、得物は箸である。

「そこまでは一緒なのよね」

「次がおかしい」

「でも、思いついたのコーダイくんでしょ?」

「思いついただけだ」

「そういうのが大事なんじゃない? そもそもコーダイくんがどんな詩だったのか知りたがったわけだし」

 そう言われると弱い広大。

 舞い降りてきた沈黙。

 この空隙を見計らったように、二人でモソモソとハンバーグ(だったもの)を処理してゆく。

 ポテトサラダが成功したのは本当に救い。

 ソースでくどくなった口をさっぱりさせるために、バケットを購入していたのは多歌のファインプレー。

 そして二人は再び、ハンバーグ(と主張だけしている)に取りかかる。

「……でも、あの詩が世界を分裂させる原因というのは……」

「詩だけじゃ無くて、後悔も必要なんだって。それが組み合わさったのよ」

「しかしなぁ」

「だいたいその詩が正確にわかってないんでしょ? 実は悪魔を褒めちぎる内容だったりとか」

「凄く文系の発想だ」

「文系なの?」

衒学げんがく的(※注1)」

「また、そういう言葉を……ま、それはあとで検索するとして」

 検索の結果、広大の立場は悪くなるのだが、それは置く。

「私は、この考え方悪くないと思う」

「それが良いとしても――」

 ようやく残骸を片付け終わった皿。

 自家製のソースをバケットですくいながら、広大が応じる。

「――解決方法は?」

「そ、それは……見当もつかないけど、わからないからってこの考え方を却下するのはダメでしょ?」

 多歌もようやく処理を終えたようだ。

 広大の皿と違って、皿は比較的綺麗だ。

 育ちの良さ、というものを感じざるを得ない。

 その違いに気圧けおされたわけでは無いのだろうが、広大はそんな多歌の主張に頷いた。

「確かに。それはヒバリさんの言うとおりなんだけど……」

「けど?」

「僕が、ブランコの詩を調べるべきだと思った勘があるよね」

「うん」

「多分、その勘と同じ感覚で、それは外れているという勘がある」

「え? じゃあ……詩自体が外れって事?」

「そういう感覚は無い」

 即座に、当然とも思える多歌の確認を否定する広大。

 多歌もさすがに眉を潜めた。

「それじゃ……それじゃどうなるのよ?」

 実は一つ……広大は別の可能性を一つだけ見出していた。

 あの「ブランコの詩」が重要だとするなら、それに絡んでいるのは淵上ひとえだけではない。

 詩を褒めて、さらにひとえとみちならぬ関係があったと噂される城倉准教授。

 彼はまた同時に、多歌の口を閉ざさせる原因らしい。

 そして、多歌が再現性の追求の結果、准教授に近付いたとするなら――単に名前が挙がっているわけでは無く、もっと際どい為人ひととなりだったのではないか?

 そんな考えに、広大は到達していた。

 だが広大は、それを多歌に確認しない。


 ――ただ親指をカクンと逆に曲げるだけ。

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※注1)

蘊蓄を語り、ドヤ顔するようなこと。こういう言葉で紹介される小説があったりする。

「黒死館殺人事件」など。

言うまでも無いことだが、広大の指摘は間違っている。

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