9/3-B
第24話 ボクッ娘の消失
「ねぇ、コーダイくん。そろそろ起きない?」
多歌の声が聞こえる。
それが異常事態だという認識を、まだ広大は保っていた。
覚醒。
そして目を開く。
すると前の前には覗き込んでくる多歌の顔。
不満そうな眼差しが刺さりそうだ。
必然とも言えるが、ここまで接近される謂われは無い。
何だか、身体を揺すられていたような……
「何日だ?」
広大は、多歌から身を守るようにそう尋ねた。
「三日に決まってるでしょ。なんでいきなり寝ぼけてるの?」
「寝ていたからだろ?」
「どうして、口答えはすぐに出来るのよ」
笑いながら、多歌はベッドから離れて行く。
そのままテーブルの前に座り、マグカップを携えてテレビを眺めていた。
「この時間帯って、本当に見るものが無いのね。コーダイくんが起きないから、退屈で退屈で」
「まるで僕が面白いと言っているように聞こえる」
言いながら広大は半身を起こした。
自分の部屋だ。
間違いない。
(これは、どこからの続きだったかな?)
問題はそこだ。
習慣的にスマホをとる。
10:34
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日付は確かに多歌の申告通り。
これでAとBを交互に過ごす仕組みは確定、ということになるだろう。
……と、広大はこの問題についてはひとまずケリを付けることにする。
それより今の問題は――
「こんな時間なのか」
「そうだよ」
「腹減ってるな……飯……そうかお好み焼きか」
途端、多歌がむせた。
かなりタイミングが悪かったようだ。
「え? ちょっと待って! 朝から、って言うか、連続なの? キャベツもないし」
「実現の可能性を探らなくても良い」
広大も別に“仕組み”を確かめるつもりはなかったわけだが、多歌の反応からBが連続している事は証明されたようだ。
逆に広大が、どうにもあやふやになっている。
「コーダイくん、ご飯はともかく、顔洗ってきたら? 完全に寝ぼけてるよ」
「ヒバリさんは?」
「ご飯って事? パンがあるから、いただきました。ちょっと前にね。コーダイくん起きてから、尋ねたいこともあったし」
何を訊かれるんだ?
と、そんな警戒が広大の意識に活を入れたが、次にやるべき事は何か? という問題への答えは同じだった。
――つまり、顔を洗う。
歯を磨きながら、思い起こす。
いやそれよりも接続作業を続けると言った方が良いのだろう。
広大は、今のシャツとジャージが「一昨日」眠ったときのものだと、確信した。
そして多歌。買い込んでいた衣服はそれなりにある様で、まず昨日の風呂上がりに着ていたパジャマ。
今はグリーンのサマーニットと、チェックのミニ。
完全に居座る気マンマンのラインナップだったが、それに付随する問題は当然発生する。
いったい、どうするつもりなのか……
広大は首にかけたタオルで顔をふきながら覚悟を決め、多歌の待っている部屋に戻った。
途端、
「あのね。炊飯器あるのに、お米がないんだけど」
「拙速は巧遅に勝られた……(※注1)」
「セッシャとか、時代劇の話は良いから」
「『拙』の字は合ってるな」
「その話はあとにして、ご飯よ。ボク、のりたまが食べたい」
「完全に本末転倒の訴えを聞いた。パックのご飯は?」
「多分、無いんだと思うけど……」
言われて、広大が確認しに行くと確かに在庫が切れている。
これはA、B関係無しに、単純に広大のうっかりミスだった。
「無いな」
「どうするの?」
「買いに行く以外の方法が? まさかポチれとか言い出さないよな?」
「え、え~っと、コーダイくんにお願い――」
「それを引き受けたとしても、洗濯どうするんだ?」
「…………」
それはもう、検討済みだったのだろう。
出した結論が「先送り」だったとしても。
「ヒバリさん、テレビ消して」
「……はい」
素直に広大の言いつけに従う多歌。
そして広大に向き直る。
こうなってしまうと、広大としてもその正面に腰を下ろさざるを得ない。
自分の部屋であるのに、居心地の悪さを感じながら広大は腰を下ろした。
「――ヒバリさん、これはもう限界」
「だ、大丈夫だよ。コーダイくんは自分の力を信じて」
「そんな大袈裟な話じゃ無い」
広大は、混ぜっかえしはせずに真正面から多歌を切り捨てた。
「別に僕は、今すぐ家に帰れと言ってるわけじゃない」
「それは……」
「だけど、ヒバリさんがずっと外に出ないというのも無茶な話なんだ」
「…………」
俯く多歌。
「ヒバリさんが、どういうルールを設定しているのかはわからない。でも、ヒバリさんはスーパーの位置もコインランドリーの場所も知っている」
広大は、いきなりこんな展開になったことに戸惑っていた。
いずれは、こういう対決になるだろうとは予測していたが、もっと準備をしてから始めるつもりだったのだ。
それが、いきなりこれである。
なし崩しでもあり、それは広大自身がなし崩しを抑えきれなかったということだ。
だから、この段階でもっとも広大が驚いていたのは、自分が抱えていたストレスの量。
そして、一端決壊した自制心はもう元には戻りそうも無いと感じていた。
「ヒバリさん。その二カ所に行くことにも危険を感じているのか? その危険の量も量れない?」
「それは……危険っていうのも……」
「城倉という先生はそんなに怖いのか?」
決心。
この広大の発言の響きには、間違いなくそれがあった。
何しろ今まで、Bの世界では名前も出てきていない人物だ。
つまり広大が知るはずのない名前。
それを口にすることで、多歌から何かしらの情報を引き出そうという広大の計算もあった。
さらに、少しは多歌に萎縮して貰おうという望みもある。今のままではどうにもペースが乱されることが多すぎると感じていたからだ。
だが――
「――どうして知ってるの?」
多歌の
まさに猛禽類の眼差しで、逆に広大を萎縮させる。
「私、そんな話したっけ? ううん、してない。それはわかる。これは公式のようなもの。私は、情報を抑えていた。それなのにコーダイくんは先生の名前を出した――何故?」
多歌の独白の内容は、確かに広大の予定通りだった。
しかし、補助線を引きまくる多歌から広大は完全な奇襲を受けていた。
何故なら――
(
それでも広大が声を上げなかったのは、さすがと言うべきか。
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※注1)
孫子の兵法の有名なフレーズ。「拙速は巧遅に勝る」を崩したので念のため注釈。
時間を掛けて丹念に仕事をするよりも、大ざっぱな仕事でも早い方が役に立つという身も蓋もない格言。
これ日常生活、というか戦い以外に使うの危険だと思うんですけどね。
じっくりと仕事が出来ない環境が許されるのは、命がかかってるからであって、それ以外で、拙さが重宝がられる環境って首脳部の無能を晒している気がする。
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