第3話 重要参考人・戸破多歌 ※

「やから、そこまで考えとったと考える方が自然やろ?」

「いやでも、それはあまりにご都合じゃないか?」

「お前の李勣りせき(※注1)好きは、はっきりうて信仰やぞ」

 定食屋チェーン店で、ああだこうだと二人は議論していた。

 議題は、まとめてしまえば「李勣りせき、晩年の千慮の一失」について。

 李勣とは、最高の名君とも言われる唐二代皇帝・太宗すら恐れた知謀の主。

 その李勣は晩年、三代皇帝高宗の下問に対して、まるで高宗におもねるように「好きな宮女を皇后に」という高宗の判断を支持した。

 結果何が起きたかというと、唐は無くなり、則天武后の誕生である。

 つまり李勣は亡国の手助けをしたと言うことで、この件では甚だ評判が悪いのだ。

 簡単に言うと、けちょんけちょんである。

「信仰だと自分でも思っているから、慎重に行きたいんだよ。あの李勣の生い立ちで、儒教なんかものの役に立たないことは身に染みていただろうし」

「なんや結局そういうことになるやないか。ただそうなると李密の葬儀の件がなぁ……」

「パフォーマンスだ」

 完全に偏った意見を、堂々と返す広大。

 やはり信者という言葉がしっくりとくる有様だが、主張している内容はどちらかというと李勣を貶めているようにも受け取れるからさらに厄介だ。


 二人は同じ一般ゼミを受講しており、それが仲良くなるきっかけとなった。

 ゼミの内容は「中国史」である。ざっくりとし過ぎている。

 しかも中国史と言いながらその実「三国時代」しか扱わない。「中国史」などと標榜したのは担当講師の見栄でしかなかった。

 ところがこのゼミに、

「三国時代なんて、つまらない」

 と、高二病を発症している受講生がいたのだ。それも二人も。大学生なのに。

 その二人は三国時代でゼミが染められるのを防ぐため、休み明けのゼミで随唐時代を取り上げさせようと画策中なのである。

 それでも二人にとっては「ミーハー」な題材で譲歩したと考えているのだから始末に負えない。

 ちなみに他の受講生は、そもそも熱心では無い。

 九十分間、ただ黙って座り続けることに他の受講生は意義を見出していた。時間割の穴埋めに「中国史」のゼミを受けた者が大半なのだから。

 それはともかく、二人はそれでも「大学生」らしく過ごしていたのだ。

 この時までは。


 結論を目指していたわけでは無い議題も無事空中分解し、広大の食欲も収まった頃。

 広大は「食」にさほどこだわりは無いが食べられるときには、一気に食いだめしようとする癖がある。この定食屋チェーン店を選んだのもおかわり自由だからだったりする。

 だからどうしても二瓶が手持ち無沙汰になり……

「おい広大。お前が行ってたバイトって、空港の側やったよな?」

「ああ」

 計画して残しておいた、チキンステーキとご飯をほおばりながら、広大が簡単に応じる。

 だが二瓶は、その返事が聞こえたはずなのに、スマホをスワイプする手を緩めなかった。

 ご飯を飲み込みながら、広大が今度も短く尋ねる。

「何だ?」

「いや何か変な事件があったみたいでな。RINEが賑わっとるんやけど……地元で大事件が起こったみたいなもんやから」

「あの空港の側で? あの辺り何にも無いぞ」

「何にも無いは言いすぎやろ。ああ、でもすぐ側に危険地帯があるからな。一種の無人地帯ノーマンズランドになってる可能性はある」

 二瓶が隣の県のさる市を危険地帯と呼ぶのは、確実に言いすぎなのだが、今更でもある。

 広大は二瓶に先を促した。

「あの辺りのアパートで――」

無人地帯ノーマンズランドはどうなった?」

「――死体というか殺人事件になるのかな?」

 広大のおざなりなツッコミをスルーして二瓶は話を続けた。

「なるほど。大事件らしいな」

 今度はごく普通に合いの手を入れる広大。

「それで発生したのが深夜みたいで……まぁ、それも普通なんやが、お前あの辺り真夜中通ったんやないか?」

「通ったかどうかで言うなら……ちょっと僕も見てみる。ニュースサイトは何処でも一緒か?」

「多分」

 広大はカバンから自分のスマホを取り出した。

 二瓶の手助けもあり、まったく苦労せずに目当ての事件の報道にたどり着く。その報道をまとめると、こんな具合だ。


 昨晩深夜、広大が夜中に通った付近で事件が発生した。

 確実なことは、女子大生の死体が発見されていること。

 まだ詳細な報道は為されていないが、随分奇妙な状態で発見されたらしい事は伝わって来る。

 有り体に言えば殺人事件。

 もっと言えば猟奇殺人の可能性も匂わせていた。

 「殺人」と言うことになれば次に気に掛かるのは「犯人」と言うことになるわけだが――


「まだ整理された記事はないみたいだな」

「いや、ちょっとずつ違いがあるわ。えっと……ここが詳しいみたいやな」

 RINE経由で、二瓶は情報を入手したらしい。

 二瓶は自分のスマホの画面を広大に見せた。

「ああ、きっぱりと殺人事件と書いてあるな。で、ええと現場近くにいた……」

「なんて読むんや、これ?」

「落ち着け。その後ろのが読み方だろ」

「けど、これで“ヒバリ”なんて読むか? しかも名前が“タカ”やろ? 芸名ちゃうんか?」

 見慣れぬ名前を全部芸名にしてしまう発想はともかく、二瓶のスマホには、


 戸破多歌[ひばり・たか](20)


 と表記されていた。

「なんや随分思い切ったこと書いてあるな。やけど、これが本当なら物見高いのがお祭り騒ぎになるのもわかるわ。殺されたのと相討ち……って、相討ちになってないやん。で、重要参考人としてこの戸破多歌をひっぱってるみたいやな。実質こいつが犯人やろ」

「この重要参考人……」

 広大が左手の親指をカクンと逆に曲げる。

 二瓶は黙って、広大の言葉の続きを待った。

「……女で良いのか?」

「そりゃ……そうやないか? “多歌”っていう字面的に」

 もっともな二瓶の答えだったが、広大は黙り込んでしまった。

 あのバイトの最終日。

 その帰り道。

 まさに事件が発生したと思われるその時に、広大は道を尋ねられていたのだ。


 そして尋ねてきた相手は――若い女。


------------------

※注1

李勣、元の名を徐世勣。

野党集団のNO.2から(この時まだ少年だったのかな?)李密という梟雄に与し、最終的に唐帝国の元勲。太宗が「李勣は俺が死ぬ前に左遷しとくから、あとでお前が呼び戻して恩を売っておけ」というコスい手口を遺言を皇太子に残すぐらい、危険視され、しかも除くことも出来なかった男。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る