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第2話 私大大学生のごく一般的な夏休み……の途中 ※ 

 二流私立大二年生の花江田広大は目を覚ました。

 広大の寝起きは良い。

 即座に目を開けないで、二度寝するか、起き上がるかの二択を迷う事が出来るほどしっかり覚醒する。寝起きの良さが台無しである。

 だが今日ばかりは悩むこと無く、広大は二度寝を選択した。

 昨日まで広大は、なかなかに身体を使うバイトに精を出していたのだ。

 空港が近くにある宅配センター。その航空便コンテナの荷下ろしと荷詰め。

 通常のバイトなら片方だけをやるはずなのに、申し込んだ時期が悪いのか、広大の運が悪いのか、両方やることになってしまった。

 荷詰めはシステム上、どうしても深夜の作業になってしまうので、これがなかなか堪えたのだ。深夜に働くというのは、思った以上に精神をさいなむものらしい、と理解出来たことがバイトの副産物とも言える。

 バイトは八月の間だけ、と無理をしなかった事が、無事やり遂げることが出来た理由だと広大は考えていた。

 そして無事に九月を迎えた今、貪るべきはバイト代では無く惰眠だ。間違いない。

 バイトが入っていれば、時間に押されるようにあれこれしたくなるものだが、今は解放されている。ケツカッチンでは無い。

 午後からは、友人の二瓶にへい琢己たくみとの約束があるが、それを仕事だと思うほどには広大も終わっていなかった。純粋に楽しみでもあるが、とりあえずは今は寝ることが最優先だ。


                  ◇


 結局、広大がベッドから起き上がったのは十一時頃になった。

 もはやご飯を食べるのも面倒になって、これだけは済ませておかないと悲惨なことになる、たまった洗濯物を持ってコインランドリーへ。バイトのおかげでシャツというシャツが滅亡の憂き目をみている。

 もちろんパンツも。

 最後の一枚のTシャツとジャージを着込み、さらに途中でコンビニによって、鮭のおにぎりを確保。本当ならおかかが良かったが売り切れだった。

 しかし今の広大は「金ならあるんや」状態である。

 豊かさ心にを感じながら、ハラスと銘打たれた高級な鮭おにぎりを思い切って確保する広大。それなのに選択した飲み物は、ペットボトル入りのコーヒー。

 とにかくコーヒーが好き――と言うわけではなく、中身がお茶のペットボトルにお金を出すことを、広大は納得出来ないだけである。

 やがてコインランドリーにたどり着き、待っている間スマホで「小説十八史略」(※注1)の一巻を読む。

 広大は何度も読んでいるが、黙々と読む。

 周公旦と妲己が繋がっていた――「旦」という字に女偏を付ければ「妲」というロジックには感心するしかない――という展開や、鮑叔の深謀遠慮が明らかになる部分で胸を躍らせているうちに洗濯は終わった。

 なかなか贅沢な時間だった、と満足して広大は乾燥の終わった洗濯物を鞄に入れて帰路につく。


 だが時間を贅沢に使えば、どこかにしわ寄せが来るものだ。

 しかし、そんな法則もわかっていれば備えることも出来る。

 広大は余裕を持って、二瓶からの連絡を待っていた。結局、待ち合わせの三時までおにぎり以外を食べられなかったわけだが、二瓶とは確実に夕飯を食うことになるだろうから、あまり問題では無いと考えている。

 広大はあまり「食」にこだわりが無い。

 あるとすれば、それはきっと食欲では無くコストパフォーマンスと言った方が正しいに違いない。

 とかく、慎ましやかに。

 「広く大きい」という名前に反しているが、それが「広大」の性質とも言えるだろう。


 二瓶は約束通り、広大が住むマンションまで車で迎えに来てくれた。

 今日の本命は、広大が買おうとしているミニコンポの下調べだ。

 ポチれば済んでしまいそうだが、広大の相談を受けた二瓶は家電量販店に向かうことを即決した。その理由はこうだ。

「型落ち、店頭展示の品物を処分、色々チャンスがある。それにせっかく大きな買い物するのにこういうイベントを流すのはもったいないやろ?」

 二瓶は、広大と同じ大学の同学年。ただ二瓶は実家から通っている。

 その実家がずいぶんと裕福なことも、二人の違いと言って良いのだろう。

 広大の家も息子を一人暮らしをさせて、不自由ないほどには仕送りも出来るのだから決して貧しいわけでは無い。だから仕送りに関しては「消極的肯定」という感覚が最も近い。

 一方で二瓶の家は「積極的肯定」と言うべきか。

 乗ってきた車も軽では無く普通車で、聞けば家族用とのことだった。そんな家族用などとカテゴライズ分けされている自家用車がある事で、維持費、他の車の駐車スペースの存在から、やはり経済的事情が見えてくる。

 それなのに二瓶がキッチリと「締まり屋」な性分なのは土地柄と言うべきか。

 とにかく、二瓶のこの性分のおかげで広大は随分と助けられていた。


 広大がバイトに精を出していた、ということで会うのは一月ぶりぐらいだろうか。

「久しぶり」

うて、一月か」

 定型文な広大の挨拶に応じる二瓶。

 二瓶は小太りで眼鏡を掛けているが、整った容貌で身なりも整えている。この点は広大も見習うべきだろう。さすがに今はジャージでは無かったが。

 それを誤魔化すように広大は会話を受け流した。

「大学の夏休み長すぎるよな」

 九月いっぱい、二人の通う大学は夏休みである。

「せやな。なんせ学校あっても普通に夏休み状態やし。帰省してるのはいなくなるし、学校の施設使えん分、なんか損してる気もするな」

 あっという間に、二人はいつものペースを取り戻した。

 そこからは、ほぼ予定通りに時間が経過する。

 広大の慎重さを知っている二瓶が、なんとか買わせようと色々囁き、あくまで下見に留めようとする広大。

 広大は広大で、懐が温かい状態を今しばらくは堪能したかったのだろう。

 それがわかっているから、二瓶も空振り前提で車を出してくれたのだ。

「いや~、やっぱり大きい店やな。今度はゆっくりと来ようや」

「何かと思ったら、新しい店だったのか。地元だけが知っている……それは無いか」

「無いわ。あんなでっかい店。やけど、行くにしてもイベントないとなぁ――と言うわけで」

 持ちつ持たれつ、という言葉は決して的確では無いが、こうやって二人は「計画空振り」を済ませると、これまた予定通り量販店の近くの駅、その前の定食屋チェーン店に向かった。

 広大のバイトの打ち上げ――という事になるのだろう。これが今日の本命だ。

 久闊きゅうかつじょする、なんて言葉回しは間違いなく大袈裟であったが、広大と二瓶は、この言葉を正確に思い出そうと車の中で苦心惨憺。

 そんな二人であり、このやり取りだけで二人の面倒くささも窺えるというものだ。


 ――そして二人の間に友情が芽生えるのも、やむを得ない、と諦めるしかない。


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※注1

陳舜臣氏の「小説十八史略」のこと。

小説、とあるように歴史書と言うよりは本文にもある様に、なかなか演出が効いている。

なにより、日本ではそういった感じの読み物が少ない。随唐あたりは期待していた随唐演義がまったく役に立たないし。

宮城谷氏のものは「読みたいのはその辺りとちゃうねん」という方にお薦め。

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