第124話 オークの脅威

 突然駆け込んできた役人によって、もたらされた急報。


「ユガ地方の北方地帯。カチホ族との境界付近において……

 オークの集団が発見されたとの報告が入りました」


「な……何じゃと!? オ……オークじゃと!?」

 コランが驚いた声を上げた。目の前の娘達も驚いた表情をしている。

「このユガの地に……あの、オークが出現したというのか!?」

 オーク、という彼にとっては耳慣れない響きに、コランは当惑した表情を浮かべた。



 ……………



 「オーク」は、人間よりも一回り。ゴブリンよりも二回り大きな体躯を持つ人間型の種族である。

 豚のような頭部で、ゴブリンよりも濃い緑色の肌を持つ。各地の洞窟や小さな村落などで集団で生活をして、周辺の人間やゴブリンを襲う、汚らわしく野蛮で邪悪な種族である。


 そして最も重要なのが、彼らの性質と旺盛な繁殖特性である。

 彼らには雄しかおらず、人間やゴブリンの女性を掠い、孕ませ、彼女たちに子を産ませる事によって繁殖を行っているのだ。

 オークたちはその残忍な性格と繁殖への欲望から、野盗のごとき活動を行い、活動範囲周辺の人間やゴブリンたちを襲撃し、食料や財産のみならず女達をも略奪する……善良な民衆にとっては脅威でしかない存在なのであった。


 人間やゴブリンたちにとっては野盗、山賊として見なされる存在。人間やゴブリンを襲い、盗み、奪い、犯し、殺す存在。

 残忍な性質で周囲を襲い、その繁殖特性から女性を掠っていくオークの生態は……人間やゴブリンにとっては脅威でしかなく、被害、そして悲劇しか生まない存在であった。



 ……………



「まさか、このユガの地に来て、オークなどという言葉を聞くことなるとは……」

 コランは驚いて娘達の方を見た。

「このユガ地方には、まだオークが残っているのでおじゃるか?」

 コランの言葉に、娘達は驚いた表情で首を横に振った。

「いいえ……わたしたちもこの地で聞くのは初めてですわ」



 オークはその邪悪な生態、害悪と悲劇しかもたらさない存在である故に、当然ながら人間やゴブリンからは討伐の対象となる。

 普段敵対している勢力同士であっても、オーク討伐のためであれば手を組むと言われている。

 そして、一定以上の支配力、軍事力を持っている人間やゴブリンの勢力圏にあっては、当然ながら邪悪なオークなどは存在を許されず、討伐されて一掃される事になる。

 そうしたことから「一定の安定した勢力を持つ、人間やゴブリン勢力の領土」においては、オークなどは存在を許されない。連中は、強い勢力のいない「乱れた地」にのみ棲息する種族なのだった。


 特に大陸南部……現在のリリ・ハン国の領域である「火の国」「隅の国」「日登りの国」においては、数百年前、当時この地を統治していたゴブリン政権によって徹底的なオーク討伐政策が実施された(君主の近親者がオークに掠われた事が契機であると言われている)。

 その際にオークは全て狩られて一掃され、それ以来数百年、大陸の南部にはオークは存在しないものと見なされていた。


 それゆえにコランたちにとって、オークというものは知識でしか知らない存在であり、突然ユガの領地にオークが現れた、という報は、驚きを持って受け取られたのだった。



「何故、こんなところにオークが出現したのでおじゃるか!?」

 コランは驚いて尋ねた。元々この地方にいない以上、北のいずこかから移動してきたとしか考えられない。

「ユガ地方の北方に出たというが……隣接する『日登りの国』北部地方は、『カチホ族』が治める地である筈。オークが本当にいたとして、活動を許すとは思えぬが……」

 クリークも半信半疑な表情を浮かべながら応える。

「もしかしたら、更に北方、北の『豊かなる国』から流れてきたのかもしれませんね。あの地方の現状はよくわかっていませんし……」

「ううむ……」

 コランは地図を見ながら唸った。


 ユガ地方が属する「日登りの国」の北側に位置する「豊かなる国」は、その名の通り、国全体では広く肥沃な領域なのだが、ユガ地方とは直接隣接していない。ユガ地方は「日登りの国」中部であり、「豊かなる国」との間に他勢力……「カチホ族」が支配する「日登りの国」北部地域を挟むためである。そのため、「豊かなる国」の詳しい情勢は判っていなかった。

 伝え聞こえてくる情報では、国をまとめる確固たる勢力がなく、様々なゴブリン部族による群雄割拠状態らしい。

 一定の有力な勢力を持つゴブリン部族としてベルヌイ族やユフィン族などの名は知られているが、国全体をまとめる程の勢力ではなく、雑多なゴブリン部族が勢力を争っている状況だと言われている。

 つまり、この国(地方)は多数の勢力に分断されて争い合う戦乱状態で、現在の状況は、その「豊かなる」という名前とは程遠いものであった。


 そうした「乱れた」地である故に、間隙を縫う形でこの地にオークが棲息していてもおかしくない。そしてそうしたオークの一部の集団が、何らかの理由で南方に流れ、このユガ地方国境地帯に姿を現したという事だろう。


 彼らが移動、通過した筈の「日登りの国」北部。この地に勢力を持つ「カチホ族」に討伐されず、「日登りの国」中部……このユガ地方にまで流れてきた理由はわからない。

 しかしいずれにせよ、このユガ地方にオークが出現したのが確かであれば、被害が発生する前に、何らかの手を打つ必要があった。



 ……………



「オークが出た以上、被害が出る前に対策を行う必要がありますわね」

 地図を見ながら、クリークが言った。

「対策、と言ってものぅ……」

 コランが一緒に地図を眺めながら唸る。

「普通に考えると、討伐軍を派遣するしかないでおじゃるが……」

「兵力が足りないわね」

 トルテアがため息をついた。


 現在のユガ地方の戦力といえば、4部族をはじめとした各部族の軍勢だが、自衛に使う程度の兵力しか無い。先年の「シブシ戦役」の際も申し訳程度の兵力を捻出して派遣したが、あくまでも「派兵した」という名目を保つ程度であり、軍団としてまとまった戦力というレベルには達していなかった。

 そしてコランの国司就任とともにこの地に派遣された国衙兵であるが、あくまでも国司の護衛やユガの街の治安維持が行える程度の戦力であり、外征が行えるほどの余裕は無かった。

 そしてそもそも、これらの有事に兵士となる者たちは、現在は水路建設のためにユガ地方西部に赴き、作業にあたっている。

 つまり、現時点において、この地方には戦力といえるものが全く無かったのだった。


「兵力が無い、といっても、オークを放置するわけにはいきません」

 サシオの言葉に、ハッチャも続ける。

「オークが周囲の村を襲う可能性がある。対策は必要……」

 二人の言葉に、コランも頷いた。

 そして、娘たちとも相談しながら、直近で取るべき対応について次々と指示を出した。


 まずは、オーク出現の報告があった地域の周囲の村に急使を派遣して、警戒と避難を指示する。同時に、オークの集団について戦力を確認すべく、偵察兵派遣の手配を行った。

 また、本国「火の国」にオーク出現を報告するとともに、国衙兵の増派を要請する書簡を発信した。

 そして、対応する軍勢を捻出するために、水路建設を行っていた国衙兵をユガの街に呼び戻す指示を発令。更に、4部族をはじめとするユガの各部族に、オーク討伐のための兵力を抽出して貰うように要請の使者を派遣した。

 最後の対応は、折角軌道に乗り始めた水路建設作業が、オークへの対応のために一時中断される事を意味する。頭の痛い問題であったが、被害が発生する前に急ぎオーク発生問題に対処しなけれはならない事は確かであった。



「これである程度の兵力は集まりそうですが、これでオークは討伐できるのでしょうか……?」

「相手側……オークの戦力が判らないからのぅ……」

 クリークの言葉に、コランは腕組みして唸った。

「ともあれ、ある程度兵力が集まった段階で、麻呂が軍勢を率いて北部まで出陣することにしよう。その後は状況次第じゃな」



 オークが発生した地域周辺の村には、警戒、避難してもらい、被害発生を避ける。

 そして、かき集めた兵力でこの地域に出兵。

 オーク側の戦力を確認して、可能であれば討伐を行う。

 敵戦力が強く討伐が厳しい場合は、兵力を展開、布陣してオークたちに圧力を掛け、ユガ地方内部への進出を防ぎ、北に退散させる事を模索する。また、北部地方に勢力を持つ「カチホ族」と交渉して兵を出して貰い、合同で対応する事も視野に入れる。

 当面の対策は、以上の通りとなった。



 当面の指示を出し終え、コランは地図を見ながら心配の声をあげた。

「まずは周辺の村への急使じゃな。被害が出る前に間に合ってくれればいいのじゃが……」

「そうですね……。オーク発生の第一報自体は入っている筈なので、警戒や避難など対応してくれているとは思うのですが……」

 クリークも心配げに頷く。

「現地の状況を確認する必要があるでおじゃるな。国衙兵が戻ってきて、ある程度兵力が揃った段階で、麻呂も先行して北部に出発するとしよう」

 窓から北の空を見上げて、コランは呟いた。

「このユガの民に被害が出ることは、絶対に防がねば……」




 こうして、「オーク出現」という突然の報に対して、直近の対応を行い、今後の対策について方針を決定した、国司コランたち。


 しかし……事態の進展は、彼らの想定を上回る速さで、急激に進行する事となったのである。



 ……………



 翌朝。

 早朝、日が昇った直後。

 ユガの街を「ユガの朝霧」と呼ばれる白い霧が覆い包む中。


 ユガの街の北門。

 門に立つ衛兵の前に、突然、白い霧の中から多数の人影が現れ、襲い掛かった。

 そのまま不意を突かれた衛兵を倒し、霧の中から現れた集団は、門を駆け抜けて次々とユガの街に突入していく。


「……………!?」

 門の上の見張り兵は、突然の出来事に対応が遅れる。

 が、門を通って侵入してくる大柄な人影を認めてその正体を悟り……慌てて警報の鐘を打ち鳴らした。

 警戒鐘のけたたましい音と共に、衛兵の悲鳴に近い叫び声が、ユガの街に響いた。



「敵襲……! 敵襲です! オークが襲撃して来ました!!!」

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