第125話 オーク襲撃

 朝霧に紛れてユガの街の北門に姿を現した集団は、門番の衛兵を倒すと、次々と門を駆け抜けて街の中に侵入した。

 門の上に立っていた見張り兵は、一瞬対応が遅れたが、門を通って侵入してくる大柄な人影を認めてその正体を悟り……慌てて警報の鐘を打ち鳴らした。

 警戒鐘のけたたましい音と共に、衛兵の悲鳴に近い叫び声が、ユガの街に響く。



「敵襲……! 敵襲です! オークが襲撃して来ました!!!」


 豚のような頭部、濃い緑色の肌、そして大きな体躯。情報に聞いていたオークに間違いない。そんなオークが何匹も徒党を組んでユガの街に侵入して来たのだった。

 侵入して来た集団は実際にはオークだけではない。彼らの手下なのだろうか。ゴブリンたちの姿も混ざっている。

 しかしいずれにせよ、オークの集団が、このユガの街を襲撃して来た事に変わりは無かった。


 突然響き渡った警報の鐘。そしてオーク襲撃の報に、ユガの住民たちはパニックに陥った。

 街の住民たちには、前日に国司館からの警戒情報として、北部地方にオークが出現したので警戒する様に……とは知らされていた。それゆえに、オークたちが北部近辺の村を襲うかもしれない、そして、今北部方面に行けば危険かもしれない、という程度の警戒心は持っていた。

 しかし、まさかその翌日にいきなりこのユガの街を直接襲ってくるとは、誰も思っていなかったのだ。


 街の大通り沿いで、朝市を開いていたゴブリンたちが、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らす様に家屋の中に逃げ込み、鍵を掛ける。

 皆が逃げ、閑散とした大通りに、オークたちの集団が侵入してきた。


「……………」

 オークの頭目と思われる者が、無言で前を指し示して指示を出す。

 オークたち、そして手下のゴブリンたちは、大通りを進みながら、無人となった露天から素早く食べ物などを奪って朝食代わりに口に入れる。

 しかし何故か、周辺の家屋に侵入したり、それ以上の略奪などを行う事は無かった。

 彼らは頭目の指示の元、彼が指し示す場所にまっすぐに向かっているのだった。

 街の略奪には目もくれず、オークの集団が向かっている場所。

 それは……街の中心部だった。



 ……………



 オーク襲撃の報は、街の中心にある国司館にも届いていた。

 けたたましく響く警報の鐘、そして駆け込んできた報告の部下に知らされ、起床直後だったコランは慌てて国司の服装に身を包んだ。

 その後ろ身支度を調えている娘達を横目に、コランは扉の外に控える部下に尋ねた。

「オークどもがこのユガの街を襲って来ただと……? 誠でおじゃるか!?」

「はっ、北門から襲撃があり、門番を襲撃して街の中に侵入したとの事であります」

 部下の言葉に、コランは大騒ぎとなっている窓の外……ユガの街を眺めた。

「まさかオークたちが、いきなりこのユガの街を襲ってくるとは……どういう事でおじゃるか!?」

 突然の襲撃の報に、当惑の声を上げるコラン。


 オークの集団は、本能や欲望のまま周囲への襲撃を行う、山賊の様な存在である。彼らが行うのは、棲息地域周辺の襲撃や略奪であり、欲望のまま物資や女達を略奪する事が彼らの習性であり本能なのだ。

 それ故に、ユガ地方北部にオーク出現の情報が流れた際、まず危惧されたのがオークが出現した箇所の周辺……ユガ地方北部地域の村々への襲撃であった。そして、コランたちの対策もこれらの地域における警戒であり、対策のため、北部地域に兵を派遣する予定だったのだ。

 それがまさか、北部地域に出現した情報が流れた翌日に、それよりも南にあるこのユガの街を直接襲ってくるとは……。

 時間的要素を考えると、オークたちは周辺の村などには目もくれず、まっすぐこのユガの街に向かっていたとしか思えない。それも、警戒の情報網や索敵に見つからずにだ。

 本来考えられるオークの習性からは想定できない情勢の変化に、コランは当惑した。


 当惑しながらも、現にオークはこのユガの街に出現している。直ちに対処する必要があった。

「住民たちの避難を最優先するのじゃ! 国司館からも警戒の鐘を鳴らせ!」

「警戒を怠るな! オークたちの居場所を捕捉するでおじゃる!」

「鎮圧の兵を出すぞ! 国衙兵を緊急召集せよ!」

 コランは矢継ぎ早に指示を出した。

 指示に応じて、国司館の役人たちが慌ただしく館内を駆け回る。国司館は騒然とした空気に包まれた。


「どういうことでしょう? オークが直接この街に侵入してくるなんて……」

「地方の中心都市である、この街の物資を狙っている? オークとは思えない行動ね」

 クリークとトルテアが不安げな表情で話している。コランは窓の外に広がる街を見ながら応えた。

「麻呂にも判らぬ。だが、まずは襲撃に対処するのが先決でおじゃる」

 そう言いながら、部下達に指示を出した。

「衛兵たちは警戒と住民達の避難にあたるのじゃ!」

「国衙兵の召集、出撃準備を急げ! そして馬を牽け! 麻呂自身が国衙兵を率いて街内のオーク共への対処のため出撃するでおじゃる!」

「ははっ!」


「国司様、相手はあのオークです。お気をつけて!」

「どうか……街の皆を被害から守って欲しい……」

 サシオとハッチャの言葉に、コランは頷いた。

「まかせておくでおじゃる! 麻呂が必ずや、街を荒らしているオーク共を掃討するでおじゃる!」

「街の被害が心配ですが、国司様の身も心配です。国司様、どうかお気を付けて……」

 後ろで心配げな表情でクリークが言った。


「うむ。オーク共にこのユガの街を荒らさせるわけには行かぬ。麻呂の手で、侵入したオーク共を……」

 コランがその様に話していた時。


 国司館の中に、更に大きな警戒の鐘が鳴り響いた。

 それと共に、悲鳴に近い大声が館の中に響く。


「た……大変でこざいます! 襲撃……襲撃です!」

「オーク共の集団が、ここを……! この国司館を襲撃して来ました!!!!」



「な……なんじゃと!?」

 襲撃の報にコランは驚きの声を上げた。


 オークの集団は、街の中心部にある、この国司館そのものを襲撃して来たというのだ。

 街にオークが侵入した報がもたらされてから、ほとんど時間が経っていない。その事を考えると、オークの集団はほぼまっすぐこの国司館に向かっている……最初からこの国司館が襲撃目標であるとしか思えない行動だった。

 周囲を襲う山賊の如き習性であるオークからは考えられない、何らかの目的があるとしか思えない行動だった。

「ど……どういう事でしょう?」

「何故オークたちがここを襲ってくるの!?」

 クリークとトルテアが珍しく当惑した声を上げる。

「と、ともかく迎撃するでおじゃる!」

 コランも慌てながら、剣を取って国司館前の広場に向けて駆け出した。



 ……………



 国司館入口正面、中庭の様になっている広場に飛び出したコランたちが見た物は、正門から侵入してきた沢山の異形の人影だった。


 露わになっている濃い緑色の肌。豚のような頭部。ゴブリンよりも二回り大きな体躯で、大きな棍棒を持っている姿。

 それは……情報に聞いていたオークに間違い無かった。

 手下として、いかにもならず者といった感じのゴブリンたちを引き連れたオークたちの集団。

 その異形の姿と大きな体躯から伝わる迫力、圧迫感は、コランをはじめとする国司館のゴブリンたちをひるませた。

「あ……あれがオークでおじゃるか……」

 震える声で思わず呟くコラン。部下の役人や兵士たちもザワザワと怯えた声を上げている。


 オークたちの中でも一際大きな身体の、頭目と思われるオークが、コランの姿を認めると、野太い声で大声で叫んだ。

「あの冠……あいつだ! あいつがここの主……国司だ!」

 毛の生えた指でコランを指し示しながら部下たちに叫ぶ。

「あいつをぶち殺せ! そして周りの女どもを捕らえろ!」

「おおおおっっっっ!」

 周囲のオークとゴブリンたちが大声で応え、一斉にコランたちの方を見た。


「!!??? ま、麻呂が目的!??」

 オークたちの言葉にぎょっとして驚きながらも、コランは周囲に呼びかけた。

「出合え!  出合えでおじゃる!!」

 コランの言葉に応じて、国衙兵たちが慌てて館から飛び出し、駆けつけてくる。

「オ……オークども、汝たちにこのユガの地を荒らさせはしないでおじゃる!!」

 そう言って、国衙兵たちと共に剣を抜いた。


「うるせぇ!」

 オークの頭目か周囲に響き渡る大声で叫んだ。

「てめえら、掛かれ!」

「おうっ!」

 頭目の指示で、オークたちが一斉に棍棒を持って襲い掛かる。

「ひ……!?」

 ゴブリンの国衙兵たちが剣を持って立ち向かうが、自分たちよりも二回り大きな体躯で迫ってくるオークたちに対して、完全に気圧されていた。

 それだけではない。国衙兵たちは元々はイプ=スキ族出身の弓騎兵たちである。地面に降りて剣で戦う実戦には元々不慣れであった。

 気圧されながらも剣を持って立ち向かうが、武器のリーチも大きさも全然違う。振り回した剣はオークたちの盾や棍棒で易々と防がれ、オークが振り回す棍棒で国衙兵たちは次々と薙ぎ倒されていった。


「お……お前たち!?」

 コランが焦った声を上げる。

 だが、勇気を奮い起こして、剣を振りかざしてオークの頭目に向かっていった。

「このユガは、麻呂が守る! 麻呂の剣を受けてみるでおじゃる!」


「うるせぇ!」

 オークの頭目が大きく棍棒を振り下ろした。

 コランの剣はあっさりと弾かれ……振り下ろされた棍棒が直撃して、コランの身体が大きく弾き飛ばされた。


「ぐ……ふっ……」

 棍棒が腹にめり込み、肺の空気が押し出される様な衝撃にコランは呻き声を上げた。

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