第123話 一つになった心、そして……
数日後。
この日も地面掘削作業を行うべく、西部の「耳の川」付近にやって来たコランたち一行は、その場に広がっている光景に驚きの声を上げた。
「こ、これは……」
彼ら国衙兵たちが来るまでに、既に河原には多数のゴブリンたちが集まって来ており、めいめいにツルハシを地面に振り下ろしていたのだ。
「お……お前達!? どうしたのでおじゃるか!?」
驚いているコランの後ろから、娘達が笑顔で声を掛けた。
「あたしたちが、それぞれの部族に声を掛けて、来てもらったのよ」
トルテアの声。その後ろに立っていたサシオとハッチャが笑顔で続けて言った。
「私も、我がマユラ族と、周囲の各部族たちに呼びかけました!」
「わたしたち、ユガの各部族も、国司様を手伝う……」
娘達の言葉に、コランは改めて周囲を見回す。
集まっていたゴブリンたちは、タゴゥ族、マユラ族、クシマ族、ヨゥマチ族。ユガの四部族の者たち。それだけでなく、他の小部族の者たちも多数含まれていた。
「国司様。どうかわたしたちユガの住民たちにも、水路建設を手伝わせて下さいませ」
クリークがコランの前に立って言った。
「し、しかし、そなたたちユガの民たちは、2年間の免税で民力を回復させるべき時じゃ」
コランは当惑しながら答える。
「そんな大事な時期に動員して、負担をかけるわけにはいかぬでおじゃる。それ故に我ら国衙兵だけの手で……」
「あんた、何を水くさいことを言ってるの!」
トルテアがぴしゃりと言った。
「この地方全体を豊かにするために必要な事業でしょ!? だから、住民たちみんなで働くのは当然のことなの!」
「し、しかし……」
「それに、この住民たちは『動員』されて来たわけではありませんよ、国司様」
クリークが民衆たちを見ながら言った。トルテアが続けて話し続ける。
「各部族にこの話をしたら、自発的に参加してくれたのよ。ね、みんな!」
そう言って、集まっていた住民たちに呼びかける。住民たちは歓声を上げて応えた。
「その通りですぜ、我らにも手伝わせてくだせえ、国司様!」
「国司様たちが頑張ってるんだ。俺たちも力を貸しますぜ!」
「私たちも、水路建設に協力しますですじゃ」
「このユガの地に必要な水路じゃ。国司様たちだけじゃなく、我らユガの民も働かせてくだせぇ!!」
「国司様や兵隊さんだけにやらせるわけにはいかねぇ! 俺たちもやりますぜ!」
「俺たちも水路を掘りますぜ、国司様!!」
ツルハシやスコップを振り上げながら、次々と歓声を上げて応える住民たち。湧き上がる声の渦が、コラン達の身体を震わせた。
「お、お前達……」
思わず目が潤み、声を震わせながら住民たちを見回す。周囲の国衙兵たちも自分たちに掛けられる暖かい声援に身体を震わせていた。
「さあ、わかったら、みんなで力を合わせて水路を掘るわよ!」
トルテアがコランの前に立って言った。その横でクリークが続ける。
「それに国司様。お気持ちはわかりますが、皆に交じってツルハシを振るうことが国司様の仕事ではありませんわ」
「えっ!?」
コランに指を突きつけながら、トルテアが続けた。
「水路建設がユガの住民たち皆が参加する事業になった以上、国司としてやるべきことがあるって言ってんのよ!」
「国司館で、計画全体の図面を描いて、働く者たちの配置や役割を指揮すべきだと思います!」
サシオの言葉に、ハッチャが続けて言った。
「『火の国』本国にも報告と陳情を行って貰う……。もしかしたら、本国から人員や予算が増員されるかもしれないし、ハーンが来て下さるかもしれない……」
「そうと決まれば、すぐに国司館に戻って、国司としていろいろと動いて貰うわよ! ほら、ちゃっちゃとする!」
トルテアがコランの耳を引っ張って国司館の方に連れて行こうとする。
「ひいいっ……! 国司も大変でおじゃるな……!」
コランが悲鳴を上げる。だが、その表情は嬉しさに溢れていた。
そして、彼を見つめる娘たち、国衙兵たち、そしてユガの住民たちの視線は、とても温かいものだった。
……………
こうして、コランが発案し、初期は彼と国衙兵たちだけで実施される予定だった水路建設は、ユガ地方の各部族たち、住民達全体、ユガ国全体を挙げた計画になった。
国衙兵と各部族の住民たちが各所で掘削作業を行う一方、コランと娘達は国司館で、計画全体を指揮し、計画実現のために様々な対応を行うこととなった。
『耳の川』から東部に向けた水路案の地図が製作され、参加者はそれぞれ割り当てられた区画を担当する。
作業の分担については再編成され、国衙兵たちが地面が岩の部分……硬い石畳部分の掘削を担当し、各部族の住民たちは石畳ではない部分……力が無くても比較的簡単に掘り進める事ができる、柔らかい土の部分を担当する事となった。
こうした現地作業の一方で、コランたちは国をまとめる立場で行うべき仕事を担当する。
娘達4人が、各工事区域で働く者たちへの食料や部材の補給などを計画、各部族への手配を行った。
そしてコランは国司として、リリ・ハン国の本拠地「火の国」への報告書簡、そしてハーンへの奏上文を作成して、次々と発出して本国に送り続けた。
このユガ地方で行っている水路建設の実施状況、そしてその必要性について報告するとともに、本国からの予算や人員の増援を。そしてもし可能であれば、その能力で硬い岩でも掘る事ができるハーンの来訪を願う内容である。
国の状況を考えると、この行動で本当にユガ地方への予算や人員が確保されたり、ましてやハーンがこのユガの地に来てくれるとは思えない。
だが、万一でも実現すればその効果は絶大だし、たとえ実現しなくても、ユガ地方の取り組みと水路建設への願いを本国に伝え続ける事には意味があると、コランたちは考えたのだった。
……………
こうして……
水路建設への計画を通じて、国司コランと4人の娘たち、そしてユガの住民たちの心は一つとなった。
「耳の川」の川沿いから各工事区間で。そして国司館で。皆がそれぞれの役割を担当して、水路の建設に取り組んでいた。
完成がいつになるのか、どれだけ先になるのかは全く判らない。
それでもユガの住民たちは、官民一体となって、いつの日か水路が開通し、水が全土に行き渡る事を願って、少しずつでも水路を掘削する日々が続いた。
……………
ユガの民衆や国衙兵たちにとって。
4人の娘達たちにとって。
そして、国司であるコランにとって。
大きな転機となる、国を揺るがす事件が起きたのは、それから暫くの期間が経った時だった。
……………
その日。
4人の娘達は、何だかいつもと違う、改まった様子で「国司の間」に座るコランの前にやって来ていた。
「国司さま。実はわたしたち、国司様にお知らせしたい事があるのです」
娘達を代表して、改まった口調で……珍しくもじもじとした様子でクリークが言った。
「? 麻呂に知らせたいこととは、何かのう?」
全然見当がつかず、不思議そうな表情でコランが尋ねる。
4人の娘達は、顔を見合わせて……やがて、一斉に頷いた。
代表して、クリークが前に進み出て話し始めた。
「国司様。実は、わたしたち……」
その時だった。
「国司様! 大変でございます!」
突然、クリークの声を遮る様に、大声を出しながら役人の一人が「国司の間」に駆け込んできた。
「な、何事じゃ!?」
驚いてコランが立ち上がる。割り込まれ、言葉が遮られた形となった娘達も慌てて振り返る。
役人はすごく慌てた様子で、全力で走って来ており、息も上がっている。ただ事ではない何かが発生したのは確かな様であった。
「何事が起きたのじゃ。申してみよ」
コランがただならぬ様子の役人を見ながら言った。
「は……はい……」
役人は少しの間息を整えて、そしてコランを見上げながら言った。
「大変でございます。国司様。実は先ほど、急報が入りました」
コランと娘達を前に、役人はそこで一度言葉を区切り。そして……息を吸って、震える声で続けた。
「ユガ地方の北方地帯。カチホ族との境界付近において……
オークの集団が発見されたとの報告が入りました」
「な……何じゃと!? オ……オークじゃと!?」
コランが驚いた声を上げた。
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