第121話 ひらめいた、新たな対策

「ユガ地方を救い……豊かにできる策が、ひらめいたのじゃ!!!」

 コランは叫ぶと、慌ただしく寝間着を脱ぎ、国司の服装に身を包み始めた。


「国司様……いったいどうされたのですか!?」

 クリークを始め、娘達が驚いて尋ねる。

「麻呂はひらめいたのじゃ!!!」

 コランは娘達を見ながら、興奮しながら言った。

「免税でユガの民達が一息ついている、2年間の間に打てる対策……。その間に、このユガ地方の生活を改善し、豊かにできる対策がひらめいたのじゃ!!!」

 どうやら、先ほどの思い出話が何らかのヒントになって、アイデアが浮かんだらしい。だが、単なる従軍時の武勇伝の中に、そんな要素があったのだろうか。

 娘たちが顔を見合わせているのをよそに、コランは国司の服装に身を包むと、寝室から駆け出していった。


「ど、どこに行かれるのですか、国司様!?」

 慌てて追いかける娘達が尋ねる。コランは振り返って言った。

「国衙兵のところじゃ! ひらめいた対策を、早速実行に移すのじゃ!」

 そう言って、国衙兵の兵舎に向けて駆け出していく。娘達は、その後ろ姿を当惑しながら眺めていた。



 ……………



 国司直属の兵、国衙兵の兵舎。

 呼び出しに応じて集まって来た兵達は、コランの国司就任の際に共に着いてきた、随行の兵士達。コランと同じ、イプ=スキ族の者たちで占められていた。


 弓騎兵で編成されているイプ=スキ族であるが、この地に赴任する際は、徒歩での入国である。それゆえ彼らは得意の騎馬から降ろされ、不慣れな歩兵と化していた。

 彼ら兵達は、戦闘だけでなく工兵として陣地の設営をはじめ、インフラ整備の工事を行う能力も持っている。

 しかしいずれにしても、このユガの地では戦も無く、そして工兵としての出番も無い。

 イプ=スキから赴任して来た彼らは、この地を支配し、治安を維持するための兵士……ではあるものの、実際のところは特段の出番も無く、ユガの街で待機しているだけの存在と化していた。

 そしてコランに対してのものと同様に、ユガ地方の部族の娘達をあてがわれ、彼女たちに日々チヤホヤされた結果……すっかりだらけきった状態で日々を過ごしていたのだった。



 そんな兵士たちを集めて、国司コランは告げた。

「ユガ地方西部の川から東に向けて、灌漑用の用水路を建設するのじゃ」


「用水路……ですかい?」

 驚いている兵士たちに、コランは頷いて語りかけた。

「このユガ地方は、水不足によって貧しい状況が続いておる。それゆえ、西部の『耳の川』から東に向けて用水路を堀り、ユガ地方全土に水が行き渡る様にするのじゃ」

 ユガ地方の地図……西に流れている川を指しながら説明する。

「我らイプ=スキ工兵の力をもって、西部に流れている『耳の川』から東に向けて水路を掘るのじゃ。どうか皆の力を貸して貰いたい」

 コランの言葉に、国衙兵たちは驚きの声を上げた。

「ユガ西部の『耳の川』から、ずっと東に掘っていくんですかい? かなりの大事業ですぜ。そんな事に、どんな意味があるんですかい?」

 兵士達が不満な声を上げる。

 彼らは一応は工兵として働く事もできるが、基本的には防御陣地などは構築せず、騎兵として突撃する攻撃型の兵種だ。そしてその事に誇りを持っている。

 イプ=スキ軍の最前線で戦い続けてきた彼らは性格も荒くれている。そして、マイクチェク族との戦い、ナウギ湖畔の戦い、そしてシブシ戦役などを戦い抜いた誇りを持っていた。そんな彼らに、戦闘ではなく、陣地構築でもない土木工事に趣く様に命令が下されたのである。乱暴な口調で文句を言うのも無理はなかった。


「そなたたち、改めて考えてみよ。これは、ユガの民衆を救うための『戦』じゃ」

 彼らに向けて、コランは一喝して言った。

「このユガに来てから、我らはこの地の民に暖かく迎えられておる。その恩を忘れたわけではあるまい。……そして、民衆たちが貧しいことも、そなたたちは感じておるはずじゃ」


 コランの言葉に、兵士達は黙り込んでしまった。そして顔を見合わせながらささやき合う。

「確かに、ここにやって来てから、みんなやさしいよな」

「マユラ族の娘さんが、おいらなんかの恋人になってくれて、本当に嬉しかった」

「でも、確かに生活は苦しそうなんだよな。何とかしてやりたいけど、俺たちの俸給では限界が……」


「ユガの民衆たちへの恩に報い、彼女たちの本当の笑顔を見るために、この工事が必要なのじゃ。水路が完成してこの地全体が豊かになれば、民衆達も幸せになれるのじゃ」

 兵士達に向かって、コランが言った。そして、更に続ける。

「それにな。我らは、あの『ナウギ湖畔の戦い』を経験しておる。あの戦、水路が作られた事で痛い目をした事を忘れてはおるまい」

 兵士達が一斉に頷いてコランを見た。そんな兵士たちに向かってコランは言った。

「そんな我らが今度は逆に、『水路を作る事で戦に勝つ』のじゃ。民衆を救うための水路を作り、ユガの民衆達の、そして我らイプ=スキ兵に尽くしてくれた娘たちの幸せを、笑顔を、心を『勝ち取る』のじゃ。これほど戦いがいのある、『戦』はあろうか?」

 コランの言葉に、兵士達は顔を見合わせて……そして、しばらくして歓声を上げた。

「……なるほど! コラン隊長……いや、国司様の言う通りですぜ!」

「ユガの民衆たちを……あの娘たちを幸せにするための戦……それはいいですな」

「俺、活躍して、ヨゥマチ族のあの娘に、良いところ見せるんだ!」

 彼らは荒くれた性格ではあるが、納得すれば気風良く対応してくれる。兵士たちは歓声を上げながら、西部への移動と工具の準備を始めた。

 そんな部下たちを、コランは笑みを浮かべて見つめていた。



 ……………



「そんなわけで、国衙兵たちを動員して、『耳の川』から東への用水路を掘ってくるぞよ。麻呂も陣頭指揮をとるため、しばらく西部まで行ってくる」

 兵舎から戻ってきたコランがいきなりそんな事を言い出したので、4人の娘たちは驚きの表情を浮かべた。

「用水路を掘るのですか?」

「左様じゃ」

 コランは頷き、地図を見ながら言った。

「かつて、この国が各部族バラバラであった時にはできなかった、このユガの国全体を見据えた対策……。それが、国司となった麻呂の責務なのじゃ」

 西に流れる『耳の川』から、すうっと指を右に滑らせながら続ける。

「国司としての、ユガの国全体を豊かに導く対策。それが、この国を西から東に流れる用水路の建設じゃ。この用水路でユガ全土に水が行き渡る様になれば、この国は豊かな国に生まれ変わるはずじゃ!」

「ちょ、ちょっとあんた……そんな事ができると思ってるの!? 何年かかると思ってるのよ!」

 トルテアが驚いた声で言ったが、コランはどんと胸を叩いて表情で答えた。

「麻呂が連れてきたイプ=スキ兵たちは、工兵としても優秀じゃ。水路を掘るなどたやすい事じゃ」

「し、しかし……」

「勿論、そんな短期間でできるとは思っておらぬ。……じゃが、段階的にでも水路を東に延ばしていけば、水が行き渡り、豊かになる地域が広がっていく筈。それだけでも意味がある筈じゃ」

 地図を指し示しながら続ける。

「それに、『耳の川』に近い西部地域は、そなたたちの出身……四部族の領地じゃ。つまり、最初に用水路が開通し、最初に豊かになるのがそなたたち四部族という事になる。そなたたちにとってもメリットになる筈じゃ」

「そ、それはそうなのかもしれませんが……」

 クリークが当惑した声を上げた。

「まずは、そなたたち4人に出会わせてくれた四部族に報いる事ができる。そして更に用水路が東に延びれば、ユガ地方全体が豊かになる。免税されている二年間でどこまでできるかは判らぬが、着実にこの地方を豊かにし、生活を改善してくれる筈じゃ!」

 コランは自信満々といった表情で言った。

「そんな、簡単に水路ができるとは思えない……」

「国司様が言われるほど、水路は簡単に掘れるものではありません!」

 ハッチャとサシオも諫めたが、コランは笑みを浮かべながら出発の準備を整えていた。

「そなたたちは心配性じゃのぅ……。麻呂と、麻呂の連れてきた国衙兵たちの力を持ってすれば、必ずや水路は建設できるぞよ」

 そう言いながら、兵達を連れてユガの街から西に向けて出発していく。

 娘たちは、ユガの西門から意気揚々と出発していく国衙兵たちを、複雑な表情で見送るのだった。



「国司様……何か思いついたと思ったら、まさか水路を建設するだなんて……」

 クリークが、当惑した表情で言った。

「私たちの生活改善のために考えて、行動して下さった事は、とても嬉しいです。でも……」

「水路ができるなんて思えない。そもそも可能なら自分たちでやってる……」

 サシオとハッチャも、複雑な表情で国司一行が向かった先、西を眺める。

「そうよね。気持ちは嬉しいけど。……でも、机上の空論だわ」

 トルテアがため息をついて言った。

「現地に着けば、すぐに現実に気がつくだろうけれど……。あたしたちも現地に行ってみましょうか、クリークさん」

「そうね……」

 クリークが頷いて、皆を眺めて言った。

「国司様たちのご様子を、確認しに行きましょう」



 ……………



 こうして、ユガ地方を横断する用水路を建設すべく、西部の『耳の川』に向かった国司コランと、部下の国衙兵たち一行。

 現地に着いた……いや、現地に着くまでの道中の時点で、彼らは自分たちの計画が極めて困難なものである事に気がつき、思い知らされる事になるのだった。

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