第120話 更なるユガ地方振興策

 ユガ地方の免税許可が下りてから、暫くの時が過ぎた。



 ある日の朝。

「ユガ地方の免税はお許しをいただいたが……2年の時限措置というのが難点じゃのぅ」

 国司の寝室でベッドから身を起こしながら、コランは言った。

「……仕方ありませんわ」

 肌着を羽織りながら、クリークが言った。

「この地方からの収入がほぼ無くなるレベルの減税ですし……国の運営を考えると、さすがに恒久措置にする事はハーンとしても難しいと思いますわ」

「今回の2年間免税だけでも充分な成果よ。贅沢言わないの」

 ふたりの横で髪を整えながら、トルテアが言った。

「2年間だけでも民衆は助かってます!」「その通り……」

 寝具から顔を覗かせて、サシオとハッチャも口を揃える。

「それはそうなのじゃが……」

 コランは窓の外を眺めながら言った。

「一時的に民達は助かっても、根本的に生活が楽になるわけではないからのぅ……何とかならないものか」

「ユガの地は貧しい地ですから、どうにもなりませんわね……」

 クリークが呟く様に言った。



 コランは以前にクリークから説明された言葉を思い出していた。

 このユガ地方は、雨は少なく、主要部には川も無い事から水が確保できず、農作で生計を立てるには不便な土地なのだ。これといった特産品もない。

 そして、大陸の南北を繋ぐ立地ではあるが、大きな街道も無く、移動には不便な状況である。交通の要所となり、通商拠点となって商業的に収益をあげる事も難しい。

 それ故に、なかなか豊かになる事ができず、ユガの諸部族や民衆たちは日々の生活を生きるだけで精一杯なのだ。

 この地方は、近年は他国の侵略を受けずにここまで来ている。しかしそれは、その貧しさと不便さゆえに、手に入れるメリットが無いために過ぎない。その一方で、この地方が他国に接した地域である事は変わらないので、戦略上の理由が生じれば侵攻の対象となりうる。情勢が変化すれば、今後どうなるかわからないのだ。

 現在はリリ・ハン国の庇護下にはあるものの、この貧しさから抜け出す必要がある。そして国境に位置することから、できれば何らかの脅威が訪れても、自らの身を守れるだけの国力を身につける必要があるのだった。



 交易振興のための街道整備については、既にコランは国司として本国ヘルシラントに要望を出している。

 国土のインフラ整備については、ハーンであるリリも積極的であり、リリ・ハン国の国策として進められている。

 だが……リリ・ハン国はまだ建国から間もない時期だ。街道の整備は進められているが、まずは本拠地である「火の国」の足固めを行っている段階である。後世に「リリ街道」と呼ばれる幹線道路は、南のヘルシラントから整備がスタートして、ようやく「灰の街」に届こうかという所までしか伸びていない。「灰の街」よりもかなり北に位置するこのユガ地方にまで到達するには、何年も……もしかしたら何十年も掛かるだろう。


 そうなると、当面の対策は農業対策という事になるが、課題として、やはりなんと言っても水が確保できない問題がある。

 ユガ地方の西部、山脈沿いには一応川が流れているが、あくまでも西端付近の地域にしか水を供給できない。その他の地域は全く水が足りないのだった。

(娘達の故郷である4部族が、ユガ地方の中では力を持っているのは、西部に位置し、ある程度水が確保できて農業生産力があるためである)



「国司様。こうして、2年間の免税をいただいているだけでも、民達は一息つけて喜んでいますわ」

 クリークがコランの頭を撫でながら言った。

「それはそうなのかも知れぬが……」

 コランは街の外を見ながら考えた。

 免税でユガの民達は「一息つけている」が、それはあくまでも一時的なもの。文字通り「一息ついている」だけに過ぎない。根本的に国が貧しい状況は変わらないのだ。

 国への納税が不要となり、一時的に余力ができているこの状況で、何とかユガ地方を少しでも豊かにできる政策はないものだろうか。



「国司様。考えすぎずに一休みしましょう。今日は国司様のお話を聞かせてくださいませ」

 悩んでいるコランの顔を覗き込んで、クリークが言った。

「わたしたち、国司様のこと、もっと知りたいですわ」


「そうね。この前の国司になる前の武勇伝、面白かったわね」

 クリークに同調して、トルテアが言った。

「シブシ戦役で活躍したお話……面白かった……」

 ハッチャが、前回コランが話した内容を思い出しながら言った。

「シブシ族の将軍を討ち取ったお話の国司様、素敵でした!」

 サシオが目を輝かせながら言った。

「すっかり麻呂になった今のあんたを見ていると、あんな武勇伝、ホラ話にしか聞こえないけどね」

 トルテアがコランを覗き込みながら皮肉を言った。……が、表情を和らげて続ける。

「……でも、功績を認められて、こうして国司に取り立てられているのだから、本当なのでしょうかね」


 その後ろから、サシオが目を輝かせて言った。

「今回は、あの時言われていた……それより前。かつてハーンと戦った時の話を教えて下さいませ!」

「ハーンとの戦った事があるなんて、すごいですわね」

 クリークが尊敬の眼差しでコランをみつめた。

「わたしも聞きたい。……面白そう」

 横からハッチャも興味津々と言った表情で見上げてくる。


「そうじゃのう……」

 娘たちにせがまれて、コランは表情を崩しながら言った。

「それでは、シブシ戦役よりもっと前。火の国が統一されていない時代。麻呂がイプ=スキ族の軍勢にいて、ハーンと戦った際の話でもするかのぅ……」

 コランはそう言って、クリークの太股を枕にして、話し始めた。



 ……………



「ハーンであるりり様が、『火の国』を統一される前、まだ南部の小部族……ヘルシラント族の族長であった頃じゃ。

 麻呂の部族であるイプ=スキ族は、現在の右賢王サカ様の父上、スナ様の時代であった」

 コランは、当時の事を思い出しながら、娘たちに語りかけた。

「当時のスナ様率いる我がイプ=スキ族は、北のマイクチェク族との戦いも優勢に進めていたし、充実していた。それ故、南方のヘルシラント族を征服して、『火の国』統一のための足がかりにしようと計画したのじゃ」

 コランの言葉を、顔を乗り出して聞き入る娘たち。


「ヘルシラント族を征服すべく、我らイプ=スキ族は主力の軍勢を出撃させた。兵力はヘルシラント族の数倍。そして精強な弓騎兵が揃っている。

 軍勢は族長のスナ様自らが率いていたし、副将として、現在の弓騎将軍であるサラク様も軍を指揮していた。

 対するヘルシラント族の軍勢は寄せ集めだし、しかも軍勢の一部は我らに内通予定であった。我らイプ=スキ族の勝利は揺るがない筈……じゃった」

 一度言葉を切ってから、コランは娘たちを見回して続けた。

「ところが、始まった『ナウギ湖畔の戦い』では、ハーンの恐るべき軍略によって、我らイプ=スキの軍勢は壊滅。

 スナ様も戦死され、軍勢の逃げ場も無い。そして矢の雨と火の海に包まれる中で、麻呂は皆を救うために……」

「あの……ちょっと待って下さい」

 コランが自身の活躍について語りだそうとしたところで、ハッチャが止めた。

「何だかいきなり、イプ=スキ族の軍勢が壊滅して、大ピンチになっているのですけど……」

「圧倒的に優勢だった筈じゃないの? 何でいきなり軍勢が壊滅して、矢の雨とか、火の海になってるのよ」

 その横で、トルテアも疑問の表情で言った。


「……すまぬ。説明不足だったようじゃな」

 コランは気がついた様に言った。

「そこが、ハーン……りり様の凄いところじゃ。圧倒的不利な状況から、恐るべき軍略で我らイプ=スキ軍を陥れ、一気に戦況を逆転させてしまったのじゃ!」

「ハーンはいったい、どんな方法を使われたのですか?」

 クリークの問いに、コランは頷いて続けた。

「りり様は、そのお力……消滅能力を使って地面を掘り、ナウギ川の流れを引き込んだ水堀を作られたのじゃ。前方を横断する堀を作られて、我らの軍の進軍路を遮ったわけじゃ。

 同時に、せき止めていた川を増水させ、後方の退却路も絶った。それによって、我らイプ=スキ軍は、ヘルシラント軍の長弓兵から一方的に攻撃される地帯に閉じ込められたのじゃ」

「なんと、そんなことがあったのですね!」

 サシオの言葉に、コランは頷いた。

「うむ。更に火矢で一帯が燃え上がって火計にも晒され、我らイプ=スキ軍はほぼ壊滅状態に陥ったのじゃ。

 そうした大ピンチの状態、閉じ込められた地帯で、矢の雨が降り注ぎ火の手が迫る中、麻呂は……」

「麻呂は……。……………」


「……………?」

 ここからが軍勢が大ピンチの場面で、自身が活躍した武勇伝の話になるのだと、聞き入っていた娘たち。

 しかし、コランはいきなり黙り込んでしまった。

「国司様? どうなさいましたか?」

 クリークが顔を覗き込む。しかし、コランは何やら考え込んでいるようだった。

「どうしたのよ?」

 トルテアが怪訝な表情で尋ねると、コランは呟く様に言った。

「……いや、何かが今、麻呂の頭の中で引っかかったというか、何か出てきそうというか……」

「大丈夫ですか、国司様?」「頭痛いの?」

「いや、その……何かが引っかかって、考えが浮かびそうな気がするのじゃ……」

 サシオとハッチャが尋ねたが、コランは引き続き考えこんでいた。


 娘達が怪訝な表情で顔を見合わせたその時。

 コランがいきなり立ち上がり……そして、壁の方に走っていった。

「国司様!?」

 そして、いきなり壁に向かって逆立ちする。


「ど、どうしたのですか?」

 クリークが声をかけるが、コランは答えずに、逆立ちしたまま小さな声でつぶやき始めた。

「ひらめけ~、ひらめけ~、ひらめけ~ でおじゃる……」


「こ、国司様!?」

「いきなりどうしたのよ?」

 娘達の言葉を断ち切る様に目を瞑り、頭に血を上らせながら、祈るように念じ続ける。

「ひらめけ~、ひらめけ~、ひらめけ~ でおじゃる……」


 そして、しばらくして。

 突然コランの頭の中で、何かが光った様な気がした。




「……ひらめいた! でおじゃる!!」

 コランは目を見開いて、大きな声で叫ぶと、その場に倒れ込んだ。


「!?」

「どうなさったのですか?」

「こ、国司様!?」

「大丈夫なの?」

 突然の奇行に、娘達が心配そうに駆け寄ってくる。


 コランはそんな娘達を見回して、叫んだ。

「ひらめいたのでおじゃる!!!」

「ひらめいた……?」

 娘たちの疑問の声に、コランは頷いて続けた。

「そうじゃ。今の話からひらめいたのじゃ!!!」

 そして、娘達の肩に手を置いて、大声で叫ぶ様に言った。


「ユガ地方を救い……豊かにできる策が、ひらめいたのじゃ!!!」

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