第118話 眼鏡献上
皆で所蔵品リストをチェックして発見した、思わぬ掘り出し物、魔道具「『眼鏡の人』の眼鏡」。
物語で伝えられる、あの有名な「眼鏡の人」の所持品であるという点。そして、アイテム自身の有用な効果。
いずれの点を取っても、ハーンであるリリに喜ばれるであろう事が予想された。
この魔道具「『眼鏡の人』の眼鏡」献上とともに、ユガ地方免税案を奏上、提案する。
この方法であれば、確かにハーンに裁可、免税案が許可される可能性も充分に期待できそうだった。
「それでは、『眼鏡の人』の眼鏡に、先ほどの『墜落防止の護符』を追加してハーンに献上。それと抱き合わせで、免税案……『頭数税』と『
クリークの言葉に、皆は頷いた。
「この作戦で行くでおじゃる。麻呂がハーンへの奏上文の案を書く故、皆は内容について口添えを頼む。ハーンにこの免税案の必要性、ユガ地方の苦しい現状、そして我らの心情がご理解いただける奏上文になる様、意見を出して貰いたい」
「任せて……」
「わかったわ」
「判りました! お任せください!」
娘たちが一斉に頷く。
文章が得意なハッチャを中心として、ユガ地方の実情を知る娘達が、コランが書いた奏上文の案に意見を出す。意見を交換し、より適切な表現や記載内容になる様に模索しながら奏上文は推敲され、コランは何度も文章を書き直した。
何度も何度も書き直され、時間を掛けて練り直されて……そしてとうとう、全員が納得できる奏上文が完成したのだった。
「ついに完成したのう」
装飾された緑色の巻物に清書された奏上文を手に、コランは感慨深げに言った。
「皆のおかげじゃ。礼を申すぞ」
コランの前では、4人の娘達がやり遂げた表情で頷いている。
「この内容であれば、きっとハーンのお心にも届きますわ」
「献上品の効果もあるし、採用が期待できそうね」
「きっとハーンは、免税案を裁可して下さると思います!」
「みんなで頑張って作った奏上文……きっとハーンにもお気持ちは伝わる……」
娘たちの言葉に、コランは頷いた。
献上品に何を選ぶか、皆で考えたこと。
そして、ハーンへの奏上文作成について、全員の力を合わせて取り組んだこと。
皆の力を合わせたこの取り組みを通じて、離れていた娘達との心の距離も、少し近づいた気がする。
そう思って、コランは嬉しかった。
もし、この奏上文が。ユガ地方の免税案が裁可され、採用されれば。
ユガ地方の民衆たちの生活は、かなり楽になる筈だ。
そうなれば……自分も、初めて本当の意味でユガ地方のために役に立てた事になる。
そして、ユガ地方の民衆達が救われれば。
4人の娘達にも喜んで貰える。
こんな自分でも、4人の娘たちの役に立てた事になる。
そうすれば……
4人の娘たちの、本当の笑顔が見られるかもしれない。
そして、コランが国司に着任した直後に信じていた、思い込んでいた様に……。
彼女たちが演技ではなく、本当の意味で自分の事を気に掛けて……好きになってくれるかもしれない……。
コランは、娘達を見回して。
そして……祈るような気持ちで、奏上文の巻物を見つめたのだった。
……………
こうして……コランの、娘達の、そしてユガ地方の思いを乗せた国司奏上文は、献上品である「『眼鏡の人』の眼鏡」と「墜落防止の護符」とともに、南へ……首都ヘルシラントへと旅立って行った。
数日の後、これらの品々はヘルシラントへと到着。ハーンの下に差し出されることとなった。
ハーンの心証を良くする事を期待して、奏上文とともに差し出された献上品。
その中でも、特にハーンが気に入る事が期待された「『眼鏡の人』の眼鏡」。
この魔道具、「『眼鏡の人』の眼鏡」は……
コラン達の想定以上の。いや、想定を全く違う方向に超える、効果を……騒動を生むことになるのだった。
……………
ヘルシラント山の地下、ハーンの「謁見の間(玉座の間)」。
玉座の前では文官が、ユガ地方国司コランからの免税を願う奏上文を読み上げた後、同時に献上された品物の説明を行っていた。
玉座に座るハーンであるリリの前に、献上品である「『眼鏡の人』の眼鏡」が付属アイテムである「
居並ぶ群臣たちの末席に並び、ハーンの反応を見守っていた、メイドのリーナと、執事である老ゴブリン(爺)。
二人の目には、アイテム名「『眼鏡の人』の眼鏡」を聞いた瞬間に、リリの目が輝き出すのが見えた。そして、わくわくしながら魔道具「『眼鏡の人』の眼鏡」の機能について説明を聞き、その効果を見せられると共に更に表情が明るくなり、目の輝きが増していくのが見えた。
(これは……りり様、すごく気に入られた様じゃな、リーナ殿)
(いかにもりり様が好きそうなアイテムですし、その機能も、りり様にぴったりですわね)
玉座に座るリリの表情を見ながら、二人は小声で言葉を交わした。
(これはりり様、お喜びになりますね。これなら国司奏上文の献案も通るかもしれませんね)
(いや……。これは一悶着あるやもしれんぞ……)
リーナの楽観的な言葉に対し、何故か爺は表情を曇らせた。
(こうしたアイテムが好きそうなのは、りり様だけではないからのぅ……。……ほれ、あれを見てみい)
小声で呟く爺に、リーナは玉座の方を見た。
目を輝かせて、玉座から身を乗り出さんばかりに「『眼鏡の人』の眼鏡」を眺めているリリ。
その横で……玉座の傍らに立っている大尚書コアクトも、同じように目を輝かせていたのだった。
……………
「すばらしい魔道具の献上、誠に大儀です」
文官による説明が終わった後、玉座に座ったハーン……リリが上機嫌な口調で話した。
「『眼鏡の人』の眼鏡、確かに受け取ったと、ユガ国司に伝えて下さい。
……………?」
リリがそう告げている時だった。
突然、玉座の傍らに立っていたコアクトが、献上品が置かれている場所まで歩きだして……。そして、おもむろに「『眼鏡の人』の眼鏡」を手に取って言った。
「ハーン。これは、大尚書であるわたくしが使わせていただくのが、適切であると考えます」
「!?」
突然の言葉に、群臣たち一同、そして何よりも玉座にいるリリが驚きの声を上げた。
「ど、どういうこと!?」
コアクトは「『眼鏡の人』の眼鏡」を装着しながら答えた。
「この眼鏡が持っている、書物の中身を映し出す能力……。これは、律令文や行政文書等に、常に目を通さなければならない、大尚書である私が使用するのが最もふさわしいと考えます」
その言葉に、リリは狼狽して言った。
「ちょっとコアクト! この眼鏡はハーンであるわたしに献上されたものなのよ! だからわたしが使う……」
リリの言葉を遮って、コアクトはしれっとした表情で続けた。
「どうせりり様は歴史書や小説とか、政治行政に関係のない本しか読まないじゃないですか。国のために役立てる、という意味では、私が使わせていただくのが一番です」
「そんなことないもん! わたしだって小説や歴史の本以外も読みます!」
リリはそう言ったが、コアクトの表情が変わらない事を見て続けた。
「コアクトだって、本当はこの眼鏡を使って、小説とか歴史書とか読むつもりなんじゃないの!?」
「そ……そんな事はありませんわ。大尚書としての業務上、必要なのです」
そう答えるコアクトだったが、微妙に狼狽して目を逸らした仕草が、全てを物語っていた。
そう……。リリと同じく、コアクトも本が、小説や物語、歴史書が大好きな文学少女だ。だから、自分も「『眼鏡の人』の眼鏡」が欲しかったのだ。
リリと趣味や性格が近いコアクト。それゆえに、「『眼鏡の人』の眼鏡」は二人の好みや趣味にぴったりであり、二人とも、喉から手が出る程欲しいアイテムなのだった。
「とにかく……それは返して貰います!
リリが古代語で叫ぶと、眼鏡は着けていたコアクトの目元から、リリの目元に瞬間移動した。
「いえいえ、これは私が使うべきものです。
負けじとコアクトが叫ぶと、眼鏡は再び瞬間移動して、コアクトの目元に戻った。
「コアクト!」
リリは腹を立てて叫んだ。
「無礼であるぞ、大尚書。身をわきまえよ! この眼鏡は、朕に献上されたものであるぞ」
玉座から立ち上がり、王笏を掲げながら言ったが、コアクトは全く臆さずに言った。
「こんな時だけ、ちんちん言ってもダメです、ハーン」
そう言って、目に掛けた「『眼鏡の人』の眼鏡」をくいっと持ち上げながら続ける。
「この眼鏡は、大尚書たる臣が使わせていただくのが、我が国として最も適切な選択です。ハーンには『墜落防止の護符』があるではないですか。それで満足してください」
「む~……!」
リリは頬を膨らませながら叫んだ。
「ダメっ! この眼鏡はわたしが使うのっ!
ふたたび、眼鏡がリリの目元に移動する。
リリは取られない様にと眼鏡をしっかりと手で押さえると、すばやく金の鎖を耳に掛けて『固定』した。
「これはハーンへの献上品なのだから、渡しません!」
眼鏡を手で押さえながら叫んだが、コアクトは全く動じなかった。
「そんな事をしても無駄ですよ。
コアクトの詠唱によって、『眼鏡に固定』されたリリが瞬間移動して、コアクトの目の前に現れる。
コアクトは目の前に現れたリリの身体をぎゅうっと抱きしめて、大きく息を吸い込んだ。
「ちょ、ちょっとコアクト……!」
「ムキになっているりり様も可愛い! そして、『りり吸い』までさせてくれるなんて、とても嬉しいですわ」
そう言いながら、突然の抱擁に狼狽しているリリから、眼鏡を取り上げる。
「でも、この眼鏡は私が使わせていただきますね」
まるであしらう様な動作に、リリが頬を膨らませる。
「この眼鏡はわたしが使うのっ!
「いえいえ、私が使わせていただきますわ。
向かい合って眼鏡召喚の古代語を叫び合う、リリとコアクト。
「
「
「ユー・キシグマ!」
「ユー・キシグマ!」
「ユーキシグマ!」
「ユーキシグマ!」
「ゆーきしぐま!」
「ゆーきしぐま!」
段々早口になりながら、眼鏡を自分に引き寄せるべく、リリとコアクトが叫び続ける。
二人が古代語を叫ぶ度に、眼鏡は目まぐるしく二人の目元に瞬間移動する。
二人は口喧嘩をしながらムキになって叫び続け、眼鏡は二人の間を飛び交い続ける。
その様子を、リーナと爺、そして群臣たちは呆れた表情で見つめていた。
……………
果てしない言い争いの末……。
結局、「『眼鏡の人』の眼鏡」は、「大尚書の執務に必要」という詭弁でリリを丸め込んだ、コアクトが使用する事になった。
ただ、この使用権争いの結果、口喧嘩をしたリリとコアクトは関係が悪化、ぎくしゃくする事となり、少し後に仲直りするまで、口を聞かない日々が続く事となったのだった。
そして……。最終的にコアクトに取られて自分のものにならなかったのみならず、喧嘩の原因になったという事で、「『眼鏡の人』の眼鏡」を献上した国司コランに対するハーンの……リリの心証は悪化する事となったのであった。
……………
……それはそれとして、
……………
国司コランから奏上されたユガ地方に対する免税案は、内容を精査され、評議の結果、ハーンであるリリや大尚書コアクトを中心とする一同からその必要性が認められ、裁可(許可)された。
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