第117話 「眼鏡の人」の眼鏡
コランが指差した、目録に記された魔道具の名前。
「『眼鏡の人』の眼鏡」。
指さしながら、コランは叫ぶ様に言った。
「こんなアイテムがあるとは……これは絶対、ハーンは……りり様がお好みになる筈でおじゃる!」
そう言って、4人の娘たちを見渡す。
「あの『眼鏡の人』が使用していた持ち物であること。そして、普段使いする眼鏡であるということ……。その効果は判らぬが、それだけでもハーンは気に入られる筈じゃ!」
「あの『眼鏡の人』のつけていた眼鏡……。そんなものがこの地に伝わっていたのですね……」
クリークも少し驚いた表情で頷いた。
……………
「眼鏡の人」は、古王国時代の人物である。
数名の少女(獣人……というより、獣耳の少女であったと伝わる)たちを供に従え、絵画を描きながら日々を過ごしたと伝わる。
そんな「眼鏡の人」について特に有名で、後世に伝わっているのが、彼が愛した「赤髪の少女」の存在だ。
絵に描かれた存在である「赤髪の少女」を彼は愛し、来る日も来る日も何枚も、日々毎日の様にずっと「赤髪の少女」の絵を描き続けた。その数は数百枚、もしくは千枚以上とも言われている。
そして、「赤髪の少女」を描き続けた日々の先に……。ある日ついに、「赤髪の少女」は絵の中から飛び出して、肉体を持った現実の存在になったという。
そして彼は、現実の世界に現れた、大好きな「赤髪の少女」と共に、いつまでも幸せに過ごしました……。という、まるでおとぎ話の様な物語である。
そして特筆すべきは、これらの登場人物が全て……「赤髪の少女」は勿論、供に従えた少女たちも全て、例外なく眼鏡を掛けていたという事だ。それだけでなく、後世に伝わる彼の絵も、その全てが眼鏡を掛けた少女の絵なのだ。
彼はそれだけの眼鏡好きだったという事であり、それ故に遙か後世である現代、本名ではなく「眼鏡の人」という二つ名の方が伝わっているのであった。
この大陸の外……「車の町」に生きた「眼鏡の人」の所有物が、なぜこの「日登りの国」に流れ着いているのかはわからない。
だが、そんな物語が知られている「眼鏡の人」の眼鏡、という事そのものが、こうした物語が好きなハーンには気に入られるであろうと、コランは直感した。
……………
「『眼鏡の人』の眼鏡、である事だけでも、おそらくハーンに気に入っていただけそうじゃが……」
コランは前置きしてから、ハッチャに尋ねた。
「この魔道具に、やはり何らかの効果があるのでおじゃるか?」
コランの言葉に、ハッチャは頷いた。
「この眼鏡は、わたしたちヨゥマチ族に伝わるアイテム……。確かに、いろいろな効果があって便利です……」
ハッチャはそう言いながら、おもむろに自分の眼鏡を外した。
外した眼鏡を机の上に置いてから、皆の方を見渡して続ける。
「いろいろと効果があるけれど、まずはこんな機能があります。見ていてください……」
そう言って、指先をこめかみに当てて、おもむろに言った。
「
「!」
ハッチャが古代語を唱えた瞬間。
彼女の目に、突然、どこからか眼鏡が現れて装着された。
驚く皆を前に、ハッチャはその眼鏡を外して、皆に見せながら言った。
「これが、『眼鏡の人』の眼鏡、です」
ハッチャが掲げた眼鏡を、皆は覗き込んだ。
何処かから瞬間移動してきたその眼鏡は、赤色のアンダーリムのフレームを持った眼鏡。
「赤色のアンダーリム」という点ではハーンが身につけているものと同じだが、赤色のフレームは特殊な素材で作られているのだろうか、きらきらとした光沢を持っていた。
眼鏡の蔓には、小さな緑色の宝石の様なものが埋め込まれている。そして、左側の蔓には、固定用に金色の鎖が取り付けられていた。
眼鏡を指しながら、ハッチャが言った。
「……今見ていただいた通り、呼べば召喚できる機能がありますので、『置き場所がわからない』『無くす』事がありません」
「ほほう、これが『眼鏡の人』の眼鏡でおじゃるか……」
驚きながらも眺めていたコランの目元に手を伸ばし、ハッチャは「『眼鏡の人』の眼鏡」を装着させた。
眼鏡を掛けたコランは、疑問の声を上げる。見え方が特に変わらないのだ。
「あれ? 『度』が無い?」
その様子を見ながら、ハッチャが説明した。
「この眼鏡は、掛けた者の視力に合わせて、見え方……『度』が自動的に変化するのです。国司様は目が良いので、何も『度』が無いように感じるのです」
「なるほどのう……」
「そして、一度でも眼鏡を掛けると、この眼鏡に『使用者』(使用権を持つ者)として認識され、古代語で命じることで様々な効果を発揮する事ができます。……まずはとりあえず、いろいろな所を眺めてみてください」
「? ふむ……」
ハッチャの言葉に、コランはいろいろな場所を見渡してみた。
そして暫くして、不思議な感覚に気づく。
「こ、これは……! どこを見てもはっきり見えるでおじゃる!?」
コランは驚いた。目の前で広げた手のひらを見ても、そして遠くの部屋の端にある壁の方を見ても、ぴたりと照準が合って、書かれている文字がはっきりと見えるのだ。
「『眼鏡の人』の眼鏡には、自動的に照準を合わせる機能があります」
ハッチャが驚いているコランを見ながら言った。
「もっと遠くでも拡大してはっきりと見る事ができますし、これがあれば近眼、遠視、そして老眼も関係ありません」
「これは便利じゃな……」
感嘆の声を挙げるコランに、ハッチャは続けて言った。
「それだけではありません。その金色の鎖を……耳に掛けてみてください」
ハッチャの言葉に、コランは蔓についている金色の鎖を耳に引っかけた。
「これは落下防止でおじゃるか?」
「そう……ですが、それだけでなく、その鎖を耳に取り付ける事によって『使用者を眼鏡に固定』する効果があります。そして……」
そう言いながら、ハッチャはてくてくと歩いて部屋の隅、少し離れた場所まで移動する。そして、先ほどと同じ古代語を唱えた。
「
その瞬間。眼鏡を掛けたコランの姿が消えた。
そして次の瞬間、離れた場所……ハッチャの目の前に現れたのだ。
「こ、これは!?」
コランが驚きの声を挙げる。いきなりの瞬間移動に、娘達も驚いてコランの方を見た。
「眼鏡の持ち主(使用権を持つ者)は、『眼鏡に固定された』者を古代語で命じて呼び寄せる事ができます。これは、眼鏡取り寄せ呪文と同じく、かなり距離が離れていても有効……なのです」
「こ……これは便利な能力じゃない」
ハッチャの解説に、トルテアは感嘆の声を上げた。コランも感心しながら言った。
「ハーンほどのお方になると、何かの危機に陥ったり、緊急避難も必要になるかもしれぬ。そうした際に役立ちそうじゃな」
ハッチャは頷いて、おさらいする様に、改めて「『眼鏡の人』の眼鏡」の効力を説明した。
眼鏡の「度」は、掛けた者の視力に応じて自動的に調整される。そして、距離にかかわらず照準を合わせてくれるし、遠くのものは拡大して見せてくれる。
眼鏡の使用者は、「
その際に、眼鏡が誰かに掛けられていて、金の鎖で「固定されている」場合、眼鏡を掛けた者を目の前まで瞬間移動させ、呼び寄せる事ができる。
「そして、眼鏡の能力はこれだけではありません……」
ハッチャがそう言って合図をすると、従者たちが何やら、緑色の木箱のようなものを持ってきた。
「? 何じゃ、それは?」
コランたちが疑問に思ってよく見ると……それは腰の高さほどの、小さな本棚だった。何冊か本が入っている。
「これは、この眼鏡の付属アイテム、『
ハッチャはそう説明すると、「『眼鏡の人』の眼鏡」を目に掛けて、ふたたび古代語を唱えた。
「
その瞬間。
「!」
「『眼鏡の人』の眼鏡」のレンズ部分に、うっすらと文字の様なものが、びっしりと映し出された。近づいて見てみると、何かの本のページの様だった。
「……この様に、『
ハッチャは説明しながら、指先を目元に添えて、フレームをさすりながら念じた。
その操作に応えて、レンズに映し出される文字が切り替わっていく。
「『
ハッチャの説明に、コランたちは感嘆の声を上げた。
「これは便利じゃな。その本棚は離れた場所に置いていても有効なのでおじゃるか?」
ハッチャが頷く。コランたちは改めて感心の声を上げた。
「様々な能力だけでなく、本棚の本をどこでも読むことができる能力……。これは本当に便利ですね」
「確かに。これを献上するのは、とても効果的じゃないかしら」
「ハーンは文学少女として知られ、ご本を読まれるのがとてもお好きだと聞いています。この眼鏡をお贈りすれば、喜んでいただけそうですね」
「大尚書様も、ハーンと同じく読書がお好きだと聞いています。きっとこのアイテムの有効性を理解いただいて、ハーンにお口添えいただけると思います!」
「そうじゃのう、そうじゃのう」
娘達の言葉に、コランも満足げに頷いた。
「これならきっとハーンは大いに気に入られるであろう。喜んでいただけるであろうし、このアイテム献上とともにお願いすれば、免税案もきっと通る筈じゃ!」
コランの期待していた以上に有用な、そしてハーンに気に入られそうな掘り出し物である、魔道具「『眼鏡の人』の眼鏡」。
この「『眼鏡の人』の眼鏡」献上とともに奏上すれば、きっとユガ地方の免税案も裁可される筈だ。
コランと娘たちは、笑顔で頷き合った。
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