第116話 ひらめいた対策

「……本気なわけ!?」


 翌日、一人きりの寝室から出てきたコランが、開口一番に言った言葉に、トルテアは驚きの声を上げた。

 並んで立っている、クリーク、サシオ、ハッチャの3人も、当惑した表情を浮かべている。


「勿論、本気でおじゃる!」

 コランは4人の前で頷いた。


 出てきたコランが心配する4人の前で告げた言葉。ユガ地方の民衆を救うための案。

 それは……

「ユガ地方における『頭数税』と『かまど税』の徴収を停止する」ことであった。


 「頭数税」は、人間の世界では「人頭税」と言われている税金である。このユガ地方だけでなく、リリ・ハン国の臣民全員に課されている、全ての臣民一人一人に一定額を課す税金である。

 そして「竈税」は各家庭にある「かまど」に対して掛けられている税金だ。どの家庭にも「かまど」はあるので、事実上の世帯課税に相当する。

 これらの税金は、毎年一度行われる国勢調査の際に、世帯数、人数を調査すると同時に課税される。納税能力に関わりなく一律の額を徴収するため、貧しい者ほど負担が大きいという側面を持っていた。


 そして、一般の民衆が課せられている税金は、基本的にはこの「頭数税」と「竈税」の二種のみであった。

 その他国からの徴収といえば、商人の商業活動に掛けられる税金や、国家の専売品による収益などの要素はあるものの……一般の民衆にとって「頭数税」と「竈税」が免除されるという事は、事実上「無税になる」事を意味していた。


 つまりコランは「ユガ地方の一般民衆に掛けられている税金を、全額免除する」と言っているのである。

 これ以上無い大盤振る舞い……ではあるのだが、4人の娘たちは喜びというより、当惑の表情を浮かべていた。



「ほ、本気ですか!?」ぽかんと口を開けるクリーク。

「そんな事をして大丈夫なのですか?」「無茶…だと思う」当惑の表情を浮かべるサシオとハッチャ。

 遠慮の無いトルテアに至っては、「正気なの?」と鋭い言葉を浴びせた。


「勿論、本気だし、正気じゃ!」

 コランはきっぱりと頷いた。

「民達の税金を事実上免除することで、民力を回復させ、少しでも生活を助けるのでおじゃる!」


「助けるのでおじゃる、じゃないわよ!」

 トルテアが腰に手を当てて、コランににじりよった。

「引きこもりから出てきたと思ったら、いきなり無茶な事を言い出して……適当な事を言うんじゃないわよ!」

「その、国司様……」

 その後ろで、クリークが困った表情を浮かべて言った。

「税金の免除……確かに実現できれば、ユガの民衆たちにはすごく助かるのですが……。実現可能だとは思いません」

「国司様のお気持ちは嬉しいのですが、そんな事を中央政府が、ハーンがお許しになる筈がありません!」

 横から、サシオも心配そうな表情で言った。

「国司様……クビになっちゃう……」

 更にその後ろで、ハッチャがぼそりと言った。


「そうよ!」トルテアがコランに指を突きつけながら言った。

「あんたの、このユガの民衆を救いたい、という気持ちはよく分かったわ。だけど、思いつくまま大盤振る舞いしたらいいわけじゃないの」

 コランの顔を覗き込みながら続ける。

「あまりにも『ユガ地方の側に立ちすぎた』『ユガ地方への利益誘導になる』行動を取ろうとしても、そんな事をハーンは許さないでしょうし、そんな国司は罷免されてしまうでしょうね」

 その後ろで、クリークも頷いて言った。

「国司様のお気持ちは嬉しいのですが、おそらくはそんな献策をしても、ハーンはお許しにならず……『ユガ地方に取り込まれた』不適任な者として、国司様は罷免される事になると思いますわ」

「そうなると……国司様は罷免になりヘルシラントに召還され、新しい国司に交代する事になると思います。それはちょっと……」

「もしそうなったら……国司様ともお別れ……。それは嫌……」

 横に立っているサシオとハッチャが言った。


「おおっ……お前達……麻呂とは別れたくない、と言ってくれるのでおじゃるか?」

 二人の言葉にコランが目を潤ませながら言ったが、そんなコランにトルテアが大声でぴしゃりと言った。

「あんたがクビになったら、あたしたちがこれまであんたにしてきた事が、全て無駄になる、って言ってんのよ!」

 思わずのけぞってしまったコランに説明するように、クリークが言った。

「国司様が交代となれば……わたしたち4人が国司様にお仕えして『関係を結んで来た』事は、全てリセットされてしまい……新しい国司と、新たに『関係を結ばねば』ならなくなりますわ」

 クリークの言葉に込められた意味に気づいて……コランは震えながら尋ねた。

「それは、お前達が麻呂と別れて……新しい国司の下に行ってしまうという事か? そして、新しい国司と……」

 クリークが黙って頷くのを見て、コランは首を振って叫んだ。

「嫌じゃ!嫌じゃ! お前達と別れるなど……。そして、他の男のものになってしまうなど……!」

「まあ、あたしはそうならないと思うけどね」

 コランが叫ぶ横で、トルテアが冷たい声で言った。

「新しい国司が『前国司の手が付いた』『使い古し』の女を欲しがるのか、は疑問だし、おそらくは各部族から別の新しい娘を差し出す事になると思う」

 見上げたコランに向かって、トルテアは続けた。

「その場合でもクビになったあんたとはお別れだし、あたしたち4人は、これまでやってきた事が全て無駄になった状態で、実家に返されることになるわ」

 その言葉の意味に、コランは身震いした。

 罷免された国司に「お手付き」された、消せない過去を抱えた状態で実家に帰されたとしても……そんな彼女たちに、どんな未来が待っているというのだろうか。


「嫌じゃ!嫌じゃ! お前達にそんな辛い思いをさせとうはない!」

 思わず叫んだコランに、トルテアは窘める様に言った。

「だったら、クビになるような行動は慎みなさい!」

「この地方の税金全額免除なんて、明らかにやりすぎ、アウトだと思う……」

「そんな献策を奏上すれば、ハーンに罷免される可能性が高いと思います!」

 後ろで、ハッチャとサシオが心配そうな表情を浮かべる。


「……………」

 しかし、暫く考えこんだ後、コランは言った。

「……いや、麻呂は、大丈夫だと……。行ける、と考えておるのじゃ」


 そして、4人を見ながら言った。

「ハーンは……りり様は、臣下が献策したというだけで罰を下したり、無碍に臣下を罷免したりされるようなお方ではないでおじゃる」

 壁に掛けられた、ユガ地方の地図を見ながら続ける。

「ハーンは思慮深いお方だし、『火の国』の統治においても、街道の整備など民力を高める事を重点に置いた政策をとっておられる。今回のユガ地方の免税についても、民力回復のために必要だと理を持って奏上すれば、必ずご理解して下さる筈じゃ」

 4人を見回しながら続ける。

「勿論、ハーンにご納得いただくために、理や情を尽くし、ユガ地方の実情をご理解いただける様な奏上文を作成する必要がある。それにはハッチャ……お前を始めとして、皆の助けが必要でおじゃる」

 文学に通じ、文章の作成にも通じているハッチャを見ながら続ける。

「献策が採用されるかは判らぬが、もし免税が実現すれば、ユガ地方の民にとって大きな助けとなる。どうか皆の力を貸して貰いたい」

 そう言って、4人に頭を下げた。


 目の前でコランに頭を下げられた4人は、当惑しながら顔を見合わせたが……暫くして、クリークが改めて不安げな表情で言った。

「お考えはわかりましたが……やはり、『ユガ地方を全て免税』というのは大胆過ぎる内容ですし、ハーンがお許しにならず、ご心証を害される可能性があるのでは……」


 その言葉に、コランは小さく笑みを浮かべて言った。

「実は、献策を通すために、麻呂にはもう一つ策があるのじゃ」

 そう言って、4人を見回して言った。

「免税案の奏上と同時に、ハーンに献上品を贈り、心証を良くするでおじゃる」


「献上品!?」

 驚きの言葉を浮かべる4人に、コランは頷いた。

「ああ。りり様……ハーンは、様々な書物や、古王朝時代の魔道具などが大好きなのじゃ。こうしたお好みの物品を献上する事でハーンのご機嫌を良くして、免税案を通りやすくするのじゃ」

 コランの言葉に、4人は顔を見合わせる。

 クリークが困惑の表情を浮かべて言った。

「書物と言っても、この地方は田舎ですから……『灰の街』などの大きな街がある火の国とは違って、ハーンがお喜びになるような書物は無いと思いますが……」

「あっ! ……でも」

 その後ろで、ハッチャが気がついた様に言った。

「古王朝時代の魔道具なら……」

 コランが頷いて言った。

「その通りじゃ。この地方は歴史は古く、様々な古王朝時代の遺物が伝えられていると聞く。その中には、ハーンのお役に立ち、喜ばせるものもある筈じゃ」

 4人を見ながら続ける。

「各部族に古くから代々伝えられた、貴重なものである事はわかっておる。しかし……できればそれを、現在のユガの民を救うために、使わせて貰いたいでおじゃる」

 そう言って、改めて4人に頭を下げる。

「……………」

 4人は無言で暫く顔を見合わせていたが……やがて小さく頷いて、この地方に伝わる古王朝時代の遺物(魔道具)目録を持ってきたのだった。



 ……………



「……この中に、ハーンがお喜びになるものがあるのでしょうか……?」

 サシオが不安げな表情を浮かべながら、目録をコランに差し出す。

 みんなで暫く魔道具リストを眺めていたが……クリークが、そのうちの一つに目を留めて言った。

「この『墜落防止の護符』などはどうでしょう」

 リストに記された名前を指しながら、コランたちに説明する。

「かつてハーンは、ヘルシラント山で聖騎士サイモンと一騎打ちを行い、山頂からサイモンを叩き落としたと聞いていますわ」

 この地方にも伝わっている数年前の戦いを話しながら、クリークは続けた。

「幸いにもハーンは勝利されましたが、一歩間違えば、ハーンご自身が墜落していた可能性もあります。そうした状況の際に、この護符は役に立ちますわ」

 コランは頷きながらも尋ねた。

「この護符は、どの程度の効果があるのじゃ?」

「ヘルシラント山の高さ程度からであれば、護符の力で落下速度が減速して、羽毛の様に安全に地面に降りる事ができます。地面まで1000あたりの高さ(注:約100m以下)まで近づかないと効果を発揮しないので、極端に高いところから落ちると、減速しきれずに地面に激突してしまいますが……」

「ハーンのお住まいの地域には、ヘルシラント山より高い場所は無いし、そのあたりは大丈夫そうじゃな。

 よし、この『墜落防止の護符』を献上するとしよう」

 コランが頷いたか、サシオが微妙な表情を浮かべて言った。

「うーん……どうなんでしょう?」

 そして、皆を見回しながら言った。

「確かに『いざという時』にはすごく役立つアイテムですが、肝心の『いざという時』がものすごく限定されている様に感じます。言い換えれば『普段は役に立たない』という事でもあります」

 その言葉に、トルテアも頷いて言った。

「そうね。普段は効果が実感できないとなると、それほど喜んでいただけないかもしれないわね」

 トルテアの言葉に、皆は向かい合って考え込んでしまった。

「ううむ……確かにその通りでおじゃるな……」

 ハーンがこれから先、高いところから落ちる様な出来事でも無い限り、この「墜落防止の護符」が役立つ場面はないことになる。

「この『墜落防止の護符』も良いと思いますが、何か普段使いできて、効果が実感できるものの方が喜ばれると思います。もう一品付けた方がいいのではないでしょうか」

 サシオの言葉に、コランは頷いた。


「その通りじゃな。他にも良い魔道具はないかのぅ……」

 そう言いながら、改めて魔道具の目録(リスト)に目を通す。

 4人の娘たちも、一緒にリストに目を通して、何か良い物がないか探し始めた。


「!」

 そしてしばらくして。

 コランの目が、ある名前を前に釘付けになった。

「これは良さそうじゃ! これは絶対、りり様好みの筈でおじゃる!!」

 そう叫んで、目に飛び込んできた、ある名前を指差す。

 大声を出したコランに驚きつつも、4人の娘も、一斉に彼が指差す名前を見た。



 そこには……

「『眼鏡の人』の眼鏡」と書かれていた。

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