第115話 コランの決意
沈黙が続き、しばらくして。
「……国司様」
クリークがいつもと変わらない柔らかい口調で、優しく語りかけた。
「このユガ地方は貧しい国なのです。何かしたところで、状況を変える事などできませんわ」
壁に掛かっているユガ地方の地図を見ながら、続ける。
「雨は少なく、主要部には川も無く、農作に向かぬ土地。そして大きな街道も無く、交易にも向かないことから、地方最大のこのユガですら、この程度の小さな街です。」
クリークの言葉は、国司就任時に、コランも教えられていた事だった。
「だからこの地方に住むゴブリンたちは、各部族それぞれ、小さな洞窟や村に住んで、細々と暮らしていく事しかできないのですわ。『生きていく』だけで精一杯なのです。それは根本的な問題であり、どうにもできませんわ」
「……………」
「南から勢力を増してきたハーンの傘下に入った事で、庇護下に入る代償として、ハーンから新たに税金が掛けられる事になりました。それはわたしたちユガの民にとって、更なる負担になっているのです」
真面目な表情で語りかけるクリーク。コランは俯いて呟いた。
「そうだったのでおじゃるな……」
「大丈夫ですよ。国司様は、よくやっていただいていますわ」
クリークは少し表情を和らげて、続けた。
「先日、わたしたちの進言を受け入れて『増税の中止』を決めて下さっていますし、その後も、ユガ地方の負担を増す様な政策を取らず……『余計な事』をせずに、国司として過ごして下さっています。わたしたちにとっては、それで充分ですわ」
「その通りよ」
後ろで、トルテアが言った。
「汚職官僚になって重税を課して私腹を肥やしたり、上納金を増やしてハーンにいい顔をするためにユガの民から搾取したり、領土を増やすために出兵しようと民衆から徴兵したりしていない……。それだけで、あたしたちには充分なのよ」
「このユガ地方は貧しく、経済的にも厳しいですが、これ以上悪化させずに現状を維持する……。そのために『わたしたちのサポート』で、ユガ地方を『見守る国司』でいてくださる……。それだけで、わたしたちには充分ですわ」
「その通りです! 国司様は、よくやっていただいてます!」
「今のままでいてくれれば、わたしたちはOK……」
クリークの言葉に、後ろでサシオとハッチャも言葉を添えた。
「……………」
「これからも、今の『見守る』国司様でいてくださるために……。わたしたちはこれからも国司様に、心を込めてお仕えいたしますし、国司様にお尽くしいたしますわ」
クリークが、胸元の服を緩めながら言った。
「だから、これからもわたしたち4人と一緒に……『楽しく』過ごしましょう?」
そう言って、ゆっくりとコランに身体を近づけてくる。
「私も、引き続き、国司様に……国司様にお仕えします!」
「これからも……よ、よろしくお願いします……」
サシオとハッチャが、少し震える声でコランを見つめながら言った。
「結局、これまで通り過ごすのが、あたしたちにとっても、あんたにとっても。そしてこのユガ地方にとっても、一番いいのよ」
トルテアが腕組みしながら、俯いているコランに言い聞かせる様に言った。
「……わかったわね!」
「…………ゃじゃ」
「……………?」
「……嫌じゃ」
小さく、コランが言った。
「ま、麻呂は……。今のままじゃ、嫌じゃ!」
「国司様!?」
「ちょっと、あんた!?」
いきなりの大声に、身体を寄せていたクリークが驚いて一歩さがり、トルテアとサシオ、ハッチャが驚いた表情を浮かべる。
「麻呂は、麻呂は国司として、このユガ地方の民を幸せにしたいのじゃ! 何とかして、今よりも楽で豊かな生活ができるようにして、幸せになって貰いたいのじゃ!」
4人に向けて、絞り出す様に続ける。
「麻呂はおまえたち4人の事が大好きじゃ。だから、ユガの民を、おまえたちの部族を幸せにして、おまえたちにも喜んで貰いたいのじゃ……」
「……………」
「そして、おまえたち4人にも喜んで貰って……。できれば演技ではなく……自分を犠牲にした行動ではなく、本当の意味で、麻呂の事を好きになって貰いたいのじゃ!」
「国司様……」
「そのために……何とか、何とか、できることはないのかのぅ、何とか出来ないのかのぅ……」
「だからそんな事は無理だって……」
トルテアが窘める様に言ったが、コランは激しく首を振って叫んだ。
「嫌じゃ!嫌じゃ!嫌じゃ!」
「麻呂は、みんなを幸せにしたいのじゃ! 皆を幸せにして、お前達に喜んで貰って、本当の意味で麻呂の事を好きになって貰いたいのじゃ! 麻呂は、お前達に誇れる、共に居るに値する国司になりたいのじゃ!」
「国司様……」
「何とかしたいのじゃ! しばらく、麻呂一人きりで考えさせてくれ!」
コランはそう叫んで、国司の椅子から立ち上がり、ばたばたと寝室へと駆け込んだ。
そして、内側から鍵を掛けてしまう。
4人の娘たちは、困った表情で扉の向こうに消えたコランを見送るしかなかった。
……………
寝室の中で、コランはベッドに身を沈めて、自己嫌悪に襲われていた。
これまで、何も考えずに4人の娘達に囲まれ、彼女たちに蕩け、彼女たちに溺れて過ごしていた日々。それは自分が好かれているから、と無邪気に考えていたコラン。
だがそれは……ユガ地方の民を、そして自分たちの部族を守るために、4人の娘達が自分の身を犠牲にして捧げていたものだったのだ。
自分の身の全てを、未来の全てを投げ出し、捧げる。
彼女たちが、どれほどの覚悟と思いで。どんな思いを抱いて、コランの前に立ち、身を捧げていたのか。
そしてそんな彼女たちに、何も考えず、欲の趣くままに手を伸ばしていた自分。
そんな自分に、コランはただただ自己嫌悪を覚えていた。
それだけではない。
彼女たちがその身を、その全てを自分に捧げて。
彼女たちの思惑通り制御され、コランが最善の行動(何もしない)をしたとしても、それで得られるのが「現状維持」でしかないこと。
ユガ地方の貧しい状況は、何一つ変えられないということ。
そんな、「これ以上悪化させない」という事のためだけに、悪い意味での現状維持のためだけに、4人の娘達が、その身を捧げているということ。
そうしたこの状況が、根本的には解決できないということ。
自分はこの地を治める、国司なのに。
4人の娘達に身を差し出させ、不幸にしてしまっている。
いつの間にか大好きになっていた4人の娘たちが、自分のせいで不幸になっている。
そして、自分が導くべきこのユガの地は貧しいままで、住民たちの生活は苦しく、豊かで幸せな暮らしをさせられていない。
自分に関わる皆が不幸で、誰も幸せにする事ができていない。
誰も幸せにできていない国司に、存在する意味などあるのだろうか。
(麻呂は情けなくて、涙が出てくるでおじゃる……)
コランは、自己嫌悪に襲われながらも、次第に思いが、決意が芽生えてきた。
(何とかしたい!)
(何とかして、この地方の状況を救いたい!)
(何とかしてユガ地方を救い、4人の娘達に喜んで貰いたい!)
だが、具体的にはどうすれば良いのだろう。
ユガ地方の苦しい状況を改善する方法はあるのだろうか。
身を捧げてくれた4人の娘達に応えて、住民たちを幸せにして、彼女たちに喜んで貰える方法はあるのだろうか。
何か、いい方法は無いか。
何とかして、良い考えは浮かばないか。
コランは、呻き声を上げながら、ベッドの上を転げ回っていた。
「……………」
何かいい方策は浮かばないか。
コランは悶えながら、ベッドの上を転げ回ったり、寝室を歩き回った。
だが、そんな都合のいい案など、なかなか浮かんで来るわけがない。
煮詰まったまま、コランは部屋の中で悶え続けていた。
だが、どれだけ考えても、いい案は浮かんで来ない。
「……………っ」
歩き回って考え続け、悶え続けて切羽詰まったコランは、気が動転したのか、ついに部屋の端まで歩いて行って、その場で逆立ちした。
そしてそのまま、
「ひらめけ~、ひらめけ~、ひらめけ~ でおじゃる!」
と、叫ぶ様に念じ続ける。
逆さまになった景色を見ながら、頭に血を上らせながら、必死に祈るように念じ続ける。
「ひらめけ~、ひらめけ~、ひらめけ~ でおじゃる!」
すると……
しばらくして。
突然コランの頭の中で、何かが光った様な気がした。
「……ひらめいた! でおじゃる!!」
コランは目を見開いて、大きな声で叫んだ。
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