第112話 楽しい国司生活

 コランの国司赴任から、しばらくの時間が過ぎた。


「……………」

 コランは、国司の玉座に座り……寝そべりながら、改めて自分の状況を確認した。

 娘達が4人、ぴったりと自分にくっついている様子を見て……あの夜の出来事が夢では無かったこと。そして「夢」はある意味、今も続いている事を再認識するのであった。


「うふふ……国司様、どうなさいました?」

 コランに膝枕をしながら、クリークが尋ねる。

「なんでもないでおじゃる!」

 そう答えながら、コランはクリークの胸に顔を埋めた。

「あらあら、国司様ったら、甘えん坊さんですね」

 飛び込んできたコランを、母性溢れる声でクリークはぎゅうと抱きしめた。

「クリークママぁ、麻呂は、麻呂は……」

 甘え続けるコランを見て、周りの女達が不満の声を上げた。

「ちょっとあんた! クリークさんにだけ抱きついてんじゃないわよ!」

 後ろからトルテアがゆさゆさと身体を揺さぶった。

「国司様! 私サシオもお相手下さいませ!」

「わたしも……いる……」

 サシオとハッチャがそう言って、両側から手を引っ張ってくる。

「仕方ないのぅ、麻呂はモテモテじゃのう……!」

 コランはデレデレした表情を浮かべながら、後ろを向いてトルテアに抱きついた。そして目一杯、目の前のポニテ髪とうなじの香りを堪能する。

「ちょっ……いきなり抱きつくんじゃないわよ!」

 トルテアは悪態をつきながらも、赤面してなすがままになっている。


(ほほほ……まさに天国じゃのう……)

 美しい娘たちがつきっきりで、自分にくっついていてくれる。

 朝も昼も。……そして、夜も。自分にご奉仕してくれる。

 それも一人だけではない。4人の娘たちが、代わる代わる間断なく、自分につきっきりでお世話とご奉仕を続けてくれるのだ。

(これも麻呂が国司として魅力的だからかのぅ……?)

 コランはまさに、夢の中に居続けている様な気分だった。


「さあ、国司様……今日も、お仕事、しましょう、ね?」

 一通りじゃれあった後、クリークの膝枕に落ち着いたコランに、4人が言った。

「そうじゃのう。麻呂の仕事は国司じゃからのぅ……」

 コランがデレデレと頷くのを見て、トルテアが合図する。随行官たちが文章を持って入って来た。

「まずはこちらからです!」

 サシオが一番上に置かれている巻物を取り、クリークに手渡した。

「国司様……。まずはこちらの国司上奏文に、ご署名をお願いしますわ」

 コランは巻物をぼんやりと手に取りながら尋ねた。

「上奏文……何だったかのぅ……?」

「我ら四部族……タゴゥ、マユラ、クシマ、ヨゥマチの大当戸四部族に対する今年の租税を、国司の判断で『増額無く従来通り』に決定した旨を、国司様からハーンに奏上する文章……です」

 目の前に立ったハッチャが、さらりと説明した。

「なるほど、四部族の租税について増額しない事を、麻呂が決めたって……ええっ!?」

 思わず声を上げてしまうコラン。

 膝枕から起き上がろうとするコランを、クリークは胸を押しつける様にして押さえつける。

「むぎゅ……はわぁ……」

 コランは嬉しい悲鳴を上げながら、再び寝そべった姿に戻った。

 そのまま、クリークの胸の感触を堪能しながらも反論する。

「ユ、ユガ地方の四諸侯については、『隅の国』遠征で投下領が下賜され、領土が増えているのだから、その分の租税を追加する予定だったはず……」

 コランは出発時、大尚書コアクトから説明された内容を思い出しながら言った。

 形の上では増税になるが、増加幅は与えられた投下領に対しては小さめなので、実質は減税になる筈。新税制を円滑に導入する事が国司赴任後最初の仕事だ、とのコアクトの指示が、頭の中に思い出された。


「こ、このユガ国に新たな税制を導入するのが、麻呂の役割……。そんな勝手に変更するわけにはいかぬでおじゃる……」

「国司様」

 胸を顔に被せる様に押しつけながら、クリークが言った。

「我々四部族は今年、財政的に大変なのです……」

「あたしたちだけでなく、ユガ地方の部族は全部、先日の『シブシ戦役』に出兵させられたことで、戦費支出などで金銭的に苦しいのよ」

 横でトルテアが説明する。

「じゃ、じゃが、戦利品もあったはずじゃ。それに四部族については、『隅の国』制圧後、ハーンから投下領を下賜された筈。投下領からの収入が足しになっているのでは……」

 コランが反論するが、トルテアは呆れた表情を浮かべて言った。

「あんた本気で言ってるわけ? 戦利品なんてあるわけないでしょ。それにあんな土地貰ったって、今はお荷物にしかなってないわよ」

「離れた領地を統治するために人員派遣が必要ですし、統治コストが大変だと、父から聞いています」

 サシオが少し俯いて言った。

「それに、『隅の国』の旧シブシ族の者たちは貧しすぎて、全然税収入のアテにならない……。民力回復のためには、むしろ資本投下が必要で、黒字化にはかなり年数が、必要……」

 書類を見ながら、ハッチャも囁いた。

「皆の言う通り、『隅の国』で押しつけ…与えられた投下領に多大なリソースを割かれ、しかも赤字となり、我ら四部族はかなり困っているのですわ。その状態で、更に当初通りの租税を取られては、わたしたち四部族は、そしてユガ地方全体は、更に困窮してしまうのです」

 胸と太股でコランを挟みながら、クリークが言った。

「む、むぐ……」

「だから……今回の増税はしない、って、国司様で決めて下さいませ」

「し、しかし、麻呂の一存で、本国やハーン、大尚書様のご意向に逆らうわけにはいかぬでおじゃる……」

 膝枕するクリークを見上げながら、コランが反論する。

「遠く南の『火の国』、はるか南のヘルシラントにおられるハーンや大尚書様は、ユガ地方の実情がわかっておられないのですわ。現地の実情を把握し、それを補うのが、国司様のお役目の筈です」

 腰のコルセットを留めている紐を外しながら、クリークが言った。

 縛られていたコルセットが外されて押さえが無くなり、更に大きく重くなった胸が、コランに覆い被さった。

「は……はわぁ! クリークママ! そ、そんな……!」

「それに……国司のあんたが勝手に決めたのじゃないわよ。四部族の代表であるあたしたちから聞いた意見を、国司の裁量であんたが採用する……それは正しい政治の姿じゃないかしら?」

 トルテアが耳元に寄ってきて、ふうっと息を吹きかけながら言った。

 耳元に息を吹きかけられ、甘い香りに包まれてコランの心が揺れる。

「はわぁあっ、じゃ、じゃが……」

「上奏文の文章は、わたしが……みんなの意見を聞きながら一生懸命書きました……。どうか、お願いします……」

 脚元にすがりついて、てのひらでコランの太股をすりすりとさすりながら、ハッチャが上目遣いでコランを見た。際どい部分を触られたコランが上ずった呻き声を上げる。

「ほうっ、ううっ……」

「国司様がお許しいただけるなら、我ら四部族! 国司様に益々の忠誠をお誓い申し上げます!

 そして……私も……より全身全霊で、国司様に、その……」

 生真面目なサシオがそう言って、赤面しながら目の前でスカートをたくし上げる様な動作をする。


「む、むっはー!」

 これまでの3人の責めに続き、サシオの行動を見て、コランの自制力が限界を迎えた。

「わ、わかったぞよ! 麻呂の判断で、増税停止を決定、上奏文で報告するとしよう!」

 コランがそう言うと、4人の娘たちは一斉に顔を見合わせた。

 そして、コランに見えないところで小さく笑みを交わす。


「ありがとうございます! 正しい決断ができる国司様、素敵ですわ!」

 クリークが手を合わせながら言った。

「それじゃ早速、こちらの国司上奏文に……」

「国司様のご署名を!」

「そして国司の印章をお願いします……」

 上奏文の書面を持って、サシオ、トルテア、ハッチャの3人がにじり寄って来る。

「おうおう……麻呂に任せるでおじゃる」

 促されるまま、コランは筆を手に取って上奏文に署名を書き、国司印を押印した。

「これで良いかの?」

 上目使いで見るコランに、4人の娘たちは笑顔で答えた。

「素晴らしいご判断をされた国司様、素敵です!」

「今日も善政を施したわね。褒めてあげるわ」

「すばらしい決断力! 国司様、かっこいいです!」

「これでユガ諸部族の民も救われる……みんな喜んでます……」


「そうかそうか。今日も麻呂は国司としていい仕事をしてしまったのう!」

 娘達におだてられて、コランはホクホク顔で頷いた。


「さあ、国司様。今日のお仕事はここまでにして、お部屋に戻りましょう? この先は、いつもの様に、わたしたちが『ご奉仕』させていただきますわ」

 そう言って、クリークが促した。

「ほほっ……! 楽しみじゃのぅ。じゃ、じゃが……」

 これからのお楽しみ展開に心を躍らせながらも、ふと気になってコランが尋ねる。

「まだ、日が高いぞよ。国司として他の書類の処理もしなければ……」

「そんな些事については、国司自らがやる必要は無いの」

 トルテアが言った。

「国司様の許可をいただければ……全て認可扱いとして、ユガの随官たちが、代行して処理します……」

 ハッチャがコランに手を重ねながら言った。

「じゃ、じゃが国司として仕事しないと……」


「国司様。わ、私……」

 サシオがコランに顔を近づけて、耳元で囁いた。

「少しでも長く……国司様と一緒に過ごしたいです」

 ふんわりとした良い香りが、コランの鼻をくすぐる。

「……そ、そうか、それでは仕方ないのぅ!」

 興奮したコランが、サシオの細い身体をぎゅっと抱きしめながら言った。サシオはびくっと一瞬身体を震わせてから、おずおずとコランを抱き返した。

「皆がそれほど麻呂と一緒に過ごしたいなら、仕方ないでおじゃるな! それでは今日の仕事はこれまでとして、後は任せて、『奥』に行くとしようかのぅ」

「はい! それでは寝室に参りましょうか」

 クリークがコランの手を引きながら、目配せする。

 無言の指示に応じて随官たちが入ってきて、積まれていた書類を下げていく。コランが見てもいないこれらの書類は、全て「国司の許可を得た」扱いとなり、別室にて随官たちによって盲判状態で国司印を押印され、粛々と処理される事となるのであった。

 その様子を横目に見ながら、4人はコランの手を引っ張って行き、奥の間へと消えていく。コランは上機嫌で娘達とともに寝室へと入っていった。



 ……………



 こうして、国司赴任から程なくして、コランは4人の娘達に完全に籠絡された。

 4人の色香に惑わされ、彼女たちに促されるまま、四部族やユガ地方に不利益とならない決定を行う存在に。そして彼女たちや四部族が決めた内容の書類に、ただただ盲判を押す(許可を与える)だけの存在へと成り果てたのである。


 国司赴任から数ヶ月。

 国司という新たな支配者を迎えたユガ地方の統治は……実質は傀儡と化したコランが、(余計な事を)「何もしない」ことで、表面上は平穏に過ぎていった。

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