外伝3 シブシ族始末~ イル・キームの処置
※残酷な描写があります。
「ひっ……ひいいっ……!」
目の前で処刑されたテューク総督の凄惨な様子に、腰を抜かして悲鳴を上げる、イル・キーム。コアクトは、続いて彼に視線を向けた。
「……さて、次は貴方の番ですね」
コアクトの言葉と共に、衛兵たちがイル・キームの身体を押さえつけ、寝椅子に縛り付ける。
先ほど凄惨に処刑されたテューク総督と同じ流れに、イル・キームは悲鳴を上げた。
「ひいいっ……!」
震える声で叫ぶ。
「ま……待ってくれ! 予の、わしの命は助命された筈だ!」
涙目でコアクトや群衆の方を見て叫び続ける。
「右賢王に正式に降伏したし……何より、ハーン御みずから、助命するとの言葉を賜ったはずじゃ!
今のわしは、そなたらと同じ、ハーンに仕える身! ハーンに与えられた爵位を持つ部族長じゃ!
そんなわしを……独断で殺してもいいと思っているのか!?」
震える声で命乞いをするイル・キームを、群衆達は冷ややかに眺めていた。
「随分と、舌がなめらかに滑りますね」
冷ややかな視線を向けるコアクトに、イル・キームは震える声で訴え続けた。
「わしは助命された筈じゃ! 死にとうない! お願いじゃ、助けてくれ!」
「……身勝手な物言いですね」
コアクトが冷たく言った。
「貴方は今回集まった者たちの大切な家族……。使節団を虐殺した責任を負っています。貴方に殺された者たちの、無念の声が聞こえませんか? よくもそんな口がきけたものですね」
その言葉とともに、衛兵たちが漏斗を持ってきて、イル・キームの目に当てる。
「やっ……やめてええっっ!!!」
「……心配しなくても、貴方は殺しませんよ」
悲鳴を上げるイル・キームを眺めながら、コアクトは静かに言った。
「ただ……貴方の様な者は、信用出来ないと言っているのです」
イル・キームを見ながら、コアクトは続けた。
「貴方は、シブシ族の王として、使節団殺害事件を引き起こしました。その罪は本来、先ほど処刑されたイナル・テュークと同等……いや、それ以上に重いものです」
「……………」
「それだけではなく、ハーンの特使に無礼な態度を取り、ハーンの宸怒を招き、その征伐を受けた罪は、決して許されるものではありません」
「し……しかしわしは、ハーンに降伏を許され、諸侯としての存続を許され……」
「その様な行動を取った者が、ハーンに臣従したからと言って、信用できると思っているのですか?」
弁明しようとするイル・キームに、コアクトは冷たく告げる。
「これからの我が国にとって、新領土である『隅の国』の統治は重要ですが……貴方の様な者を野放しにしておくと、必ずや禍を引き起こします」
「そ、そんなことはない! これからはハーンに誠心誠意お仕えして……」
「表面上はハーンに従いながら、裏では旧領主として暗躍して策謀を巡らし、シブシ族を煽動し、『隅の国』の統治を乱し……そして、あわよくば反乱して再独立を果たそうとする筈です」
「わ……わしにそんなつもりなどない! ハーンに二心などない! 陰謀や反乱などするつもりはないのじゃ! 助けてくれ!」
哀れな表情で弁明するイル・キームを皆が冷たい目で見つめた。
「……実際のところ、貴方にその様な気概、そして能力があるとは思っていません」
見苦しい態度に対する侮蔑のため息と共に、コアクトは続けた。
「しかし……新体制に不満を持つ者に『担がれる』事で、そうした活動の旗印になり得る事が問題なのです。貴方のその存在自体が、禍の元なのです」
「そんな……」
「ハーンはそのお立場上、貴方を助命せざるを得ませんでしたが……貴方の様な者を野放しにしておくのは、我が国にとって禍の芽となります。
そして、この場に集いし『カラベ事件』の被害者にとっても、貴方が罪を償わず、のうのうと生き続ける事は許されざることです。
それ故に……」
コアクトの言葉とともに、衛兵たちが緑色の壺を抱えて、幕舎の中に入ってきた。
「この場で貴方を『処置』させていただきます」
ごとり、と壺が机の上に置かれる。
コアクトの指示で、衛兵は壺を傾ける。
壺の中に入っていたどろりとした緑紫の薬湯が、つんとした匂いと共に流れ出していく。
全ての薬湯が流れ出した後、壺の中から、薬湯に漬けられていたものが、ぼとりと机の上に落ちる。
舌の様な茶色の物体が、うねうねと蠢いている。
衛兵たちがつまみ上げ、小皿に乗せる様子を見ながら、コアクトが説明した。
「これは、特殊な薬酒の中に漬け込んで培養した、『薬酒ヒル』というものです」
薬湯の匂いを漂わせ、丸々と太ったヒルをイル・キームに見せながら、コアクトが続ける。
「この『薬酒ヒル』を目の中に入れると……ヒルは、目の裏を食い破って進み、脳の中に入ります」
「えっ……!?」
「そして、脳の前の方にある……『白い繋がりの』部分を食べてしまいます。
それによって、貴方の様な者が『余計な事を考える』ことが無くなり、『おとなしく』なるのですよ」
「ヒルが……頭の中を……脳を……食べる!?」
コアクトの言葉を反芻して……イル・キームの表情が恐怖に歪んだ。
「い……嫌だ!」
身をよじらせて抵抗するが、縛られた身体は動かない。
「始めなさい」
コアクトの命令で、ヒルを小皿に乗せた衛兵が近づいてくる。
「ウワァアー!? 嫌だ! 助けてくれえーっ!!」
イル・キームが恐怖で情けない悲鳴を上げる。衛兵は構わずに、ヒルを漏斗に流し込んだ。
漏斗を伝わり、ヒルがぽとりとイル・キームの眼球に落ちる。
「ヒッ……!」
そのままヒルは眼球を伝わり、滑り落ちる様に、眼球の裏側へと入っていく。
そのおぞましい感触に、イル・キームは悲鳴を上げた。
「ひいいっ……!」
眼球の裏側に入った『薬酒ヒル』は、そのまま脳を目指すべく、眼球の裏側を食い破り始める。
「ぎゃああっ、痛い!痛い! 助けて!!」
食い破られた部分から血が流れ、眼窩から溢れ出す。イル・キームは血の涙を流しながら縛られた身をよじらせた。
「助けて! 痛いよ! 頭が割れるよ!
助けて! 助けて! お母ちゃーん!」
恐怖と痛みに絶叫し、失禁しながら叫ぶイル・キーム。その様子をコアクトと群衆達は冷たい目で見つめていた。
やがて、イル・キームの様子に変化が生じる。
眼窩から溢れ出す液体が、血の赤から、白濁した緑とも紫とも言えない液体に変わる。そして、彼の口から漏れ出す言葉も、意味を持たない呻き声へと変わっていった。
「ががが……あああ……!」
それは、『薬酒ヒル』が彼の脳に達し、脳を食い破っている事を示していた。
「あっあっあっ……。あが……がががか……」
頭の中で、ヒルに脳を食い破られているイル・キームは、呻き声を上げ続けていたが、やがて……。
「あっ……。…………………………」
ぷつんと糸が切れたように。突然、全身から力が抜け、何も話さなくなった。
暴れる彼を縛り付けていた拘束が外され、その場に座らされる。
「あーー……」
イル・キームは、焦点の定まらなくなった目で、ぼんやりと虚空を眺め続けていた。
「……皆様。これにて、『処置』完了です」
コアクトが、群衆達に告げた。
……………
同日。
「灰の街」に引き渡された、宰相ダイチュ、クネ・パーク将軍等のシブシ族の首脳たち。および、通商使節団の殺害に関わったカラベの兵士たちが、全員斬首された。
彼らの首は、引き渡されたイナル・テュークの首と共に、翌日から「灰の街」の大広場、大庁舎前にて梟首され、三日三晩、市民の前に晒された。
そして、獄門台の後ろ側には、イル・キームが檻車に収められ、共に晒された。
自律性が失われた彼は、見物人たちを前に何も反応を示さず、ただ無表情でぼんやりと虚空を眺め続けていたという。
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