外伝3 シブシ族始末~ イナル・テューク処刑
※残酷な描写があります。
トゥリ・ハイラ・ハーンによる「灰の街」公式訪問が行われ、大通りにおいて凱旋パレードが行われていたその日。
「灰の街」郊外にある「星降る川」河畔……リリ・ハン国の諸部族が集まる大本営の外れ。
その場所に設営された幕舎には、ゴブリンを中心に様々な者たちが集まっていた。
……………
幕舎で外部から区切られたその空間には、沢山の椅子が置かれ、多くの者たちが集まっていた。
頭巾を被って最前列に座っているのは、大当戸シュウ・ホーク。その横に座っているのは、「灰の街」のトピクス評議員。彼らは通商使節団が殺害された「カラベ事件」においてシブシ族への使節を務めた者たちであった。
その横に座っている骨都侯ケン・ランも、殺害された使節団長ランル・ランの嫡男である。
その後ろにも大勢のゴブリンたちが、そして一部人間たちが集まっている。老若男女、様々な者たちであるが、彼らに共通するのは、「カラベ事件」で通商使節団であった家族を殺害されたということであった。
この場に集った者たち。彼らは「カラベ事件」の被害者、またはその遺族たちである。彼らは、これから行われる事に立ち会うために、集められたのであった。
彼らは前方の空間をじっと眺めて、事が始まるのを待ち続けていた。
……………
やがて幕舎の入り口が開かれ、衛兵達に縛られたゴブリンが引き立てられて来た。
集まった者たちは、縛られたゴブリンを冷たい目で睨み付ける。
連れてこられたのは、カラベの総督にして「カラベ事件」の実行者であったイナル・テューク。
そして、「カラベ事件」全ての責任者であると言える、降伏したシブシ族長、イル・キームであった。
「ひいいっ……」
イル・キームは周辺を見渡して、不安な叫び声を上げる。
イナル・テュークの方は、何も言わず、縛られたまま地面を眺めていた。
「皆様」
続いて入ってきた大尚書コアクトが、集まった群衆たちに告げた。
「これより、『カラベ事件』の主犯である、カラベ総督イナル・テュークの処刑、そして族長イル・キームへの措置を行います」
コアクトは、続けて群衆に説明を行う。
「『灰の街』との約定により、主犯であるテューク総督は我らの手で処刑します」
「また、その他、使節団殺害に関わったカラベの兵士たち。そして捕縛したシブシ族の首脳である宰相ダイチュ、クネ・パーク将軍等の者たちは、『灰の街』に引き渡されており、『灰の街』において斬首される事となっています」
コアクトは群衆たちを見ながら続けた。
「今回この場、皆様の前でイナル・テュークを処刑するのは、彼らが行ったカラベにおける使節団虐殺事件が正しく裁かれたこと。そして、主犯である総督イナル・テュークが、その罪に相応しい報いを受ける事を、被害者であり遺族である皆様にご確認いただくためです。どうか皆様、その目でイナル・テュークの最期をお見届けください」
群衆達が一斉に頷く。
「……そして、くれぐれも皆様にご認識いただき、守っていただきたい事があります」
コアクトは群衆達を見ながら、言葉を続けた。
「我らが主。偉大なるトゥリ・ハイラ・ハーンは……りり様は、王道を、正道を行かれるお方です」
一度言葉を切って、続ける。
「そして……心のお優しいお方です」
「それ故、今回の件について……『イナル・テュークが処刑された』以上の内容をお知りになる必要はございません。
彼が『罪に相応しい報い』を受ける事を、これから皆様にはご覧いただきますが……この場限りでの出来事だとご認識いただき、その有様を決して外部に漏らしたり……何より、りり様のお耳に入る事の無い様、どうかご配慮をお願いします」
群衆たちが頷くのを確かに確認してから、コアクトは衛兵たちに合図をした。
衛兵達が、テューク総督の身体を押さえつけて、寝椅子の様な物に縛り付ける。
「なっ……何をする気だ!」
叫ぶテューク総督の前にコアクトが歩いてきて、言った。
「貴方の処刑に『貴人の死』を与えるか? との問いに対して、ハーンは仰いました。
『それには及ばず』と。そして、貴方は『罪人以外の何者でもない』と。
わたくしも……そしてこの場にいる全ての者たちも、同感です」
縛り付けられたテューク総督を、人々が睨み付ける。
「それ故、貴方を処するにあたり、貴人の金属たる金も、そして銀も用いません。
……枯鉄(錆びた鉄)で充分です」
その言葉と共に、衛兵たちが幕舎の外から何かを抱えて入ってきた。
「貴方に刑を与えるための『枯鉄』を、この場に立ち会う、貴方の狼藉の被害者、そして遺族である皆に、持ってきて貰いました」
その言葉に、テューク総督は首を向けてそちらを見た。
「……………!」
衛兵達が手に持っているのは、参列している被害者たちがそれぞれ今回のために持ち寄った、錆びた鉄の剣。それだけでなく、包丁や釘、鑿や鉄杭などの生活で使う用具類もある。共通している事は、その全てが枯れた(錆びた)鉄で出来ているという事だった。
赤黒く錆びて所々欠けている剣を見て、テューク総督は戦慄した。
「ま……まさか、その錆びた剣で、儂を斬るつもりか!?」
切れ味の鈍った剣で斬る事で、苦しみを増し、長引かせようということか。そして錆びた包丁や釘などでも切りつけ、刺して苦しめようという事か……
しかし、コアクトは彼の前で首を横に振った。
「いいえ、貴方が想像しているような方法ではありませんよ」
その言葉とともに、彼が縛られている前方に、ごとりと何かが置かれる。
「そ……それは!?」
赤色の壺の様な器を見て、テューク総督が疑問の声を上げる。
コアクトが答えた。
「これは、『灰の街』から提供された魔導具、『
魔法の力で、外側から熱さなくても、この坩堝自体が高温まで加熱して、金属を溶かしてくれる代物です」
コアクトが説明しているうちに、衛兵たちが坩堝の中に錆びた剣や包丁、鑿などを入れていく。
その様子を確認して、コアクトが魔法語で命令した。
「発動せよ」
魔法語の命令に反応して、「紅の坩堝」が一気に高温を発する。
加熱した坩堝から放たれる熱風が、コアクトに、テューク総督に。そして離れた場所に座っている群衆たちにも伝わり、肌を撫でた。
熱さに顔を覆い、あるいは吹き出す汗を拭いている聴衆たちを前に、凄まじい高温となった坩堝に入れられた剣や包丁などは、坩堝の中であっという間に加熱し、赤熱して……そしてどろりと溶けていく。
高温の坩堝の中心で、金属類は見る間に溶けていき、坩堝の中にその姿を沈めていき、液体へと変わっていく。
群衆たちが持ち寄った枯鉄の金属類は、程なくその全てが、「紅の坩堝」の中でぐつぐつと煮えたぎる赤熱した液体へと姿を変えたのだった。
「なっ……何をする気だ!?」
坩堝から放たれる、身を炙られる程の高熱を感じながら、テューク総督が叫ぶ。
コアクトが身振りで指示すると、分厚い耐熱手袋を付けた衛兵たちが、寝椅子に縛られたテューク総督の頭を掴んで、強引に横に向けた。
そして、もう一人の衛兵が細長い漏斗の様な器具を持って近づいてきて、その先端を、テューク総督の耳に押しつけた。
「ま……まさか!?」
狼狽の声を上げるテューク総督の目に……衛兵が金属の掴み器具で、溶けた鉄が煮えたぎっている坩堝を持ち上げるのが見えた。
「や……やめろ!」
テューク総督が叫ぶが、コアクトは無視して群衆たちに話しかけた。
「それでは……始めます。まずは、左の耳からです」
コアクトが衛兵に合図し、坩堝を持った衛兵が近づいてくる。
「やっ……やめろーっ!!」
テューク総督が叫んで身をよじらせるが、縛られ、押さえつけられた状態ではどうする事もできない。
間近に立った衛兵に、坩堝から伝わってくる凄まじい熱気に、テューク総督の表情が恐怖に染まった。
「始めなさい」
コアクトが命令する。
衛兵がゆっくりと坩堝を傾け、溶けた鉄をテューク総督の耳に流し込んだ。
じゅう、と肉が焼ける音がして、煙と共に焼ける匂いが立ち上る。
その音をかき消す程大きな声で、テューク総督が叫び声を上げた。
「ぐわあああああああっっ!!」
衛兵たちは構わずに、溶けた鉄を耳に流し込み続ける。
煙と鈍い音と共に組織が焼けていく痛みに、テューク総督は悲鳴と共に身体を震わせる。
「……どうですか? 鉄の味は?」
その様子をコアクトと群衆たちは冷たく眺めていた。
耳からはモクモクと湯気と煙が上がっている。
そのまま暫く押さえつけた後、コアクトの合図とともに、衛兵達はテューク総督の頭を掴み、反対側を向けさせた。
そしてそのまま、今度は右側の耳に漏斗を当てる。
「ぐああっ……やっ、やめろっっっ!! 止めてくれっ!」
次に何をされるのか悟ったテューク総督が震える声で叫ぶ。
その側まで歩み寄って、コアクトは冷たく言った。
「貴方にカラベで殺害された使節団の者たち……。
恐らくは助命を請うたであろう、我が国の者たちに……。貴方は、聞く耳を持ちましたか?」
「……………っ」
「聞くべき声を聞かないような耳は……もう聞こえる必要はないのではありませんか?
貴方たちに殺された者たちの苦しみは、そして無念の思いは、こんな程度ではありませんよ」
コアクトが身振りで合図をすると、衛兵は坩堝を傾け、テューク総督の右耳に溶けた鉄を流し込んだ。
再び、肉の焼ける音と共に、溶けた鉄に耳の内部を焼き尽くされ、テューク総督は痛みに絶叫した。
……………
しばらくして、衛兵たちがテューク総督の頭を掴み、今度は真上を向けさせる。
肉の焼ける匂いとともに両耳から煙を上げながら、テューク総督は細々と呻き声を上げて、のたうった。
両耳を内部から灼かれ、もう耳は聞こえない。しかし……
「……………!」
次にされる事を悟って、テューク総督は大きく目を見開いて絶叫した。
「いやだ、やめろ……やめてくれ……!」
衛兵たちが、今度は両目に漏斗を押し当てたのだ。
必死に目を瞑って抵抗しようとするが、衛兵たちが瞼を鉄の棒で強引にこじ開けて固定する。
震える声で恐れおののくテューク総督の側に歩み寄り、コアクトは聞こえないのも構わずに言った。
「我らが国に、ハーンに逆らう、正しい物事が見えない目を。
我らに刃を向け、ハーンの御手を煩わせ、戦場で汚れた目を。
我らが洗って差し上げます」
その言葉とともに、両目に溶けた鉄が流し込まれる。
灼熱に溶けた鉄は、煙と湯気を立ち上らせ、眼球を溶かしながら眼窩に流れ込んでいく。
「ぐぁぁぁぁあああああ!」
テューク総督は絶叫と共に大きく身体を震わせる。
衛兵たちは構わずに、溶けた鉄を流し込み続けた。
響き渡る悲鳴と凄惨な光景に、群衆たちの一部は目を伏せ、女性を中心に小さな悲鳴を上げたり、気分が悪くなってうずくまる者もいた。
しかし、多くの者たちはしっかりとテューク総督が報いを受ける様を見届ける。
そして傍らでは、椅子に縛られたイル・キームががたがたと身体を震わせていた。
「ギギギ……」
両耳と両目に焼けた鉄を流し込まれたテューク総督は、次第に動きが鈍り、大きく口を開けて、喉から濁った呻き声が絞り出されるだけの状態になる。
眼窩と両耳から、湯気と煙が立ち上り、肉の焼ける匂いが漂う。
身体の反応も、ときおりびくんびくんと身体を震わせるだけの状態となっていた。
「……残りは口に注ぎなさい」
コアクトの指示で、衛兵たちが溶けた鉄の残りを、テューク総督の口に注ぎ込む。
「ギ……ッ!」
最後に大きく身体をびくびくと震わせて……テューク総督は動かなくなった。
「……絶命いたしました」
衛兵が報告する。
「しばらくそのままにしておきなさい。……その後は斬首して、『灰の街』に引き渡す様に」
そう命じて、コアクトはくるりと向き直った。
その後ろで、溶けた鉄がテューク総督の肉を焼き続ける音だけが、響き続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます