第106話 「灰の街」表敬訪問(1)
トゥリ・ハイラ・ハーンの2年(王国歴594年)、陽の月(8月)。
「星降る川」河畔に集結していたリリ・ハン国のゴブリン軍たちは、ようやく解散しつつあった。
開戦に伴うクリルタイが開催され、そのまま大本営が置かれたこの地。
シブシ戦役が終了しても戦後処理のために集結が続いていたが、戦後処理もほぼ終了し、秋の収穫の時期も近づいていたことから、軍勢についてはほぼ解散し、各部族の本拠地に帰還を始めていた。
「星降る川」河畔の大本営に集結したゴブリンたちだけでなく、すぐ近くにある「灰の街」に住む人間たちも同様で、次第に戦役に伴う賑わいが落ち着き、普段の生活に戻りつつあった。
しかし、その日の「灰の街」は大きな歓声に包まれ、賑わいの声で大きな盛り上がりを迎えていた。
リリ・ハン国のトゥリ・ハイラ・ハーンによる表敬訪問が行われたのである。
……………
トゥリ・ハイラ・ハーンと重臣たち、そしてハーンを守護するゴブリン近衛兵の一行が城門をくぐり、「灰の街」の大通りに入ると、大歓声が周囲を包んだ。
「トゥリ・ハイラ・ハーン万歳!」
「りり・ハーンばんざい!」
「『灰の街』にようこそおいでくださいました!」
大通りを行進するハーン一行を見て、沿道に居並ぶ「灰の街」の住民たちが大歓声を上げる。
人間の街である「灰の街」に、周辺地帯全域を支配するゴブリンの王が。そしてゴブリンの軍勢が入城して行進する。
ある意味それは……「ゴブリンの軍勢が支配者の様に」行進しているとも取れる。
しかし、これまでに培われた両者の関係と、シブシ戦役を共に戦ったという事実。そしてその主であるトゥリ・ハイラ・ハーンへの敬愛によって、両者の関係は完全に蜜月関係へと変わっていた。
この時期になると、「灰の街」は独立しながらも、ゴブリン政権であるリリ・ハン国の傘下にある人間都市という存在に。他のゴブリン部族と同様に、事実上トゥリ・ハイラ・ハーンの傘下で、自治を認められた存在として自らを認識するに至っていた。
平和裏にこうした状況を作り出したのは、ここまで積み重ねた関係性もあるが……なんと言っても、トゥリ・ハイラ・ハーンの存在と人格、そしてその人気によるものが大きかった。
「灰の街」の大通りを行進……パレードしているゴブリンたちを眺める「灰の街」の住民たちは歓迎一色であり、沿道に大挙して詰めかけた住民たちは、ハーンの姿を一目見ようと大騒ぎになっていた。
「あの王冠を被っている女の子がりり様だよね! かわいい!」
「トゥリ・ハイラ・ハーン、かわいくて素敵!」
「りり様、こっち向いてー!」
「りりたんかわいい、ハァハァ……」
そしてハーンだけでなく、付き従う諸侯たちにも、女性を中心に一定のファンが付いていた。
「サカ様、こっち見て!」
「あの少年が、シブシ族の軍勢を撃破して王を捕らえたらしいぞ。若いのにすごいよな」
「サカきゅん、かわいい……!」
「サラク様、ウス=コタ様もかっこいい! 凜々しい顔が素敵!」
「みんなかっこいいよね!」
ハーンの後ろに続く諸王や将軍たちに、歓声が向けられる。
彼らだけでなく、大尚書コアクトも人間たちの間で人気が高かったが、彼女は「戦後処理の残務」のために、首脳陣の中では唯一このパレードに欠席しており、一部の熱狂的なファンを残念がらせていた。
続いて住民たちの話題は、ハーンの真後ろに付き従う人間……豪華な服に身を包み、肥満した体躯を揺らしながらハーンの後ろに続く、ルインバース議長に。そして更に後ろに続く、「灰の街」の評議員たちに移った。
「議長や評議員たち、いつもはあんなに威張っているのに……完全にハーンの従者みたいだな」
彼らの卑屈な態度に批判的な目を向ける者もいたが、大半の者たちの意見は「『そうなる』のも無理は無い」というものだった。
「ハーンにあれだけの『ご褒美』を貰ったら無理も無いよな」「羨ましい……」
「ダウナス評議員とペリオン殿は、りり様の『玉湯』を。お風呂の湯を下賜されたらしいぞ」
「いいなぁ……」
「ルインバース議長に至っては、なんと、表敬訪問した時に……鎖骨酒を飲ませて貰ったらしいぞ」
住民たちは、ルインバース議長に羨望の眼差しを向ける。
「羨ましい……」
「拙者も鎖骨をぺろぺろしたいでござる」
「そりゃ、りり様のお湯や鎖骨酒を飲ませて貰ったら、ハーンに忠誠を誓うよなぁ」
「自分もハーンの臣下になって、お風呂の水をごくごくしたい!」
「灰の街」の住民たちは、ハーンの「ご褒美」を受けた街の首脳部たちに嫉妬の視線を。そして改めて、彼らを従えて歩くトゥリ・ハイラ・ハーンの美しさに、羨望の視線を向けるのだった。
行列の最後方には人間たち……「灰の街」の軍勢とペリオン率いる傭兵団も続いており、「灰の街」の住民たちは、彼らの健闘に惜しみない歓声を浴びせる。彼らが通商使節団の仇を討ち、「隅の国」を下して支配下に収めた事に、群衆達は快哉を叫ぶのであった。
……………
こうして、「灰の街」におけるトゥリ・ハイラ・ハーンたちの凱旋パレードは、リリ・ハン国と「灰の街」の「特別な関係」を強く印象づける、「灰の街」の歴史にとって重要な一ページとなった。
そしてこの後、ルインバース議長が主催となって開催された、トゥリ・ハイラ・ハーンとリリ・ハン国の諸侯達を饗応する晩餐会は、両者の蜜月関係を内外に強く印象づけるものとなった。
大陸の南部に大きな勢力を築いた、ゴブリン勢力、リリ・ハン国。
そして、事実上その傘下に入るだけでなく、一定の地位と特権を確保した上で、主に経済面で全面的にリリ・ハン国に協力する、大陸南部最大の人間勢力「灰の街」。
両者の協力関係の下に、大陸の歴史は、新たな時代を迎える事となるのである。
……………
トゥリ・ハイラ・ハーンとリリ・ハン国の首脳部が、「灰の街」を凱旋パレードし、饗応を受ける晩餐会が行われた翌日。
「公的な行事」であった前日とは打って変わって、その日は(公式行事ではありつつも)「灰の街」がトゥリ・ハイラ・ハーン個人を私的、とも言える行事でもてなす一日となった。
後に、トゥリ・ハイラ・ハーンが人生で「最も楽しかった日の一つ」として述懐した、「灰の街」を楽しむ一日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます