第105話 戦後処理(3)
「隅の国」とシブシ族への処置を告げ終えて、わたしは玉座……玉槽の中に座った。
捕らえた者たちの処分、我が国の支配下に入った「隅の国」の配分、そしてシブシ族への処置など……様々な事を処理し、発表したので、結構疲れた気がする。
わたしは浴槽に身を浸して、暖かいお湯で身体と顔を撫でた。
ふうと一息ついたが、最後にもう一つ告げておきたい、そしてやっておくべき事がある。
わたしは玉槽から立ち上がって、絹幕越しにコアクトに合図をした。
コアクトが頷いて、立ち並ぶ諸侯に告げた。
「最後に、改めて偉大なるハーンから、直々に諸侯の皆様にお言葉と下賜がこざいます」
コアクトの言葉の後、わたしは絹幕の向こう側に立ち並ぶ諸侯たちに告げた。
「皆の者。改めて、この度の戦役における活躍、誠に大儀であった」
続けて諸侯たちに告げる。
「此度の『隅の国』平定は、汝らの活躍あってこそじゃ。朕は汝らを誇りに思うぞ。
改めて汝らの戦功を嘉し、朕から褒美を与えることとする」
わたしの言葉に続けて、コアクトが一人ずつ、諸侯たちの名を呼んだ。
「
「ははっ」
「
「ははあっ」
「弓騎将軍、サラク様」
「はっ」
「そして、『灰の街』のダウナス評議員殿、そして傭兵団団長、ペリオン殿」
「はっ」
諸侯たちが次々と呼ばれて、絹幕の向こう側に拝跪する。
彼らに向けてコアクトが告げた。
「皆様には、ハーンから玉湯が下賜されます」
「ありがたき幸せにございます!」
一同が一斉に礼をする。
リーナが絹幕の中に入ってきて、わたしに向けて頷いてから、銀の柄杓を手に取った。
そして、わたしが身を浸している浴槽からお湯を器に掬い取り、跪いている諸侯たちの下に運んでいった。
彼ら一人ずつの前に置かれている腕に、器から「玉湯」を注ぐ。
その様子を確認してから、わたしは彼ら諸侯たちに声を掛けた。
「そなたたちの活躍を嘉し、朕の浴湯を下賜する」
諸侯たちは、一斉に「ありがとうございます」とこちらに一礼して、一斉に腕を持ち、浴湯が入った器を捧げ持ち、そして口に運んで飲み干した。
玉湯を飲み干した諸侯たちは、名残惜しそうに器を床に置いて、そして改めてこちらに深々と一礼するのであった。
……………
そして。
「サカ君……いや、右賢王サカよ」
彼らが下がった後、わたしは立ち上がって、絹幕の向こう側に呼びかけた。
「は……はい!」
一人だけ「玉湯」を下賜されたメンバーから外れていたサカ君は、一人だけ呼ばれたのが不安なのか、少しおどおどした表情をしながら進み出てきた。
その様子を見ながら、わたしは話しかけた。
「右賢王サカよ。此度の戦役における、汝とイプ=スキ族の活躍は見事であった」
サカ君を見ながら、わたしは続けて語りかけた。
「汝はイプ=スキ族の兵を率いて『隅の国』の奥地まで侵攻し、オスミ高原の戦いにおいてシブシ王の軍勢を撃破した。カラベに向けたシブシ族の援軍派遣を阻止した事は、この戦役の趨勢を決したと言っても良い」
「あ……ありがたきお言葉でございます!」
サカ君は上ずった口調で頭を下げる。
「更に、シブシ王を捕縛する大功をあげ、首都シブシを陥落せしめた事。見事である」
わたしはサカ君を見ながら、言葉を続けた。
「此度の戦役における、汝の戦功は抜群である。朕の股肱たる右賢王の名に恥じぬ活躍じゃ。朕は汝を誇りに思うぞ」
わたしの言葉に、サカ君は絹幕の向こう側で、跪きながら答えた。
「はっ……! ありがたき幸せにございます! ハーンのお役に立つことが出来て、光栄に存じまする!」
「そして、汝が率いるイプ=スキ族の活躍も見事であった。汝らイプ=スキ族が我が国にあり、朕を支えてくれていること、誇りに思うぞ」
「あ……ありがとうございます! りり様……ハーンからありがたきお言葉を賜り、イプ=スキ族の者は皆、光栄に思うことでありましょう」
サカ君が、同じくイプ=スキ族であるサラクと共に、深々と頭を下げる。
「ハーンのご加護の下、我らイプ=スキ族一同、ハーンにお仕えする事をこの上なく光栄に存じております!」
サカ君の言葉に、わたしも頷いた。
そして、続いてサカ君に語りかけた。
「此度の戦役における、汝の戦功は抜群である。
汝の活躍を嘉して、朕は汝に鎖骨酒を下賜するものとする」
その言葉に、居並ぶ一同から「おお……っ」羨望の声が漏れる。
「あ……ありがとうございます!」
サカ君が緊張の表情を浮かべて頭を下げた。
わたしの合図とともに、純銀の酒器を携えたコアクトが絹幕のこちら側に回ってきた。
そして、浴槽の中で立ち上がったわたしのすぐ側に立つ。
「玉湯」よりも更に上級の格式であるため、鎖骨酒の採取は文官、そして女性の臣下最高位にある大尚書コアクトによって行われる事になっていた。
(実際にはコアクトが自分でやりたかったので、自分自身でその様に儀式の制度を定めた)
コアクトは酒器をわたしの身体に傾け、わたしの鎖骨の窪みにどろりとした濁り酒を注いでいく。白濁した酒がわたしの鎖骨に溜まり、溢れ出してわたしの身体の上を流れていく様子を、コアクトはじっくりと確認していた。
上気した表情で舐めるようにわたしの身体を眺めながら……コアクトはそっと器を鎖骨に当てて、窪みに溜まっている濁り酒を移し取っていくのだった。
玉湯と同じく、何度やっても恥ずかしいけれど、もはや国の重要な栄典儀式になってしまっているので、羞恥心に耐えながら鎖骨酒の採取を受ける。その様子をコアクトはじっくりと眺めているのだった。
器に鎖骨酒が溜まると、コアクトはわたしの前から退出し、絹幕の向こう側に跪いているサカ君の前まで持って行き、盃に白濁した酒を注ぎ入れて手渡した。
その様子を確認して、わたしはサカ君に声を掛けた。
「汝に、朕の鎖骨酒を授ける。飲むが良い」
「畏れ多くもハーンからの後下賜、ありがたくいただきます」
サカ君はわたしに向かって拝礼した後、盃を口に当てて……ぐっと喉に流し込んだ。
その途端、サカ君の身体がびくりと震えた。
「あ……あああっっ!!!」
湧き上がる何かを、身体を抱えるようにして押さえようとするが、抑えきれない様に身体が震える。
「!! あっ……」
そして、赤面して前屈みの様な体勢になった。
「サカ君……右賢王。大丈夫ですか?」
その様子に、つい心配になって聞いてしまう。
「だっ……大丈夫です……」
サカ君は、真っ赤な表情のまま、前屈みの体勢のまま何とか立ち上がろうとする。
「ごっ……ごめんなさいっ……。い、いえ、ありがとうございます……」
サカ君はか細い声でそう言いながら、身体の前を手で押さえる様な格好のまま、後ろに下がっていく。
その様子を、絹幕のすぐ外で、コアクトが笑みを浮かべながら眺めていた。
(サカ君、お酒を飲んで体調が悪くなったのかな、大丈夫なのかな……)
退出したサカ君を見て、わたしは少し心配になりながらも、気を取り直して同じイプ=スキ族で後方に控えているサラクに告げた。
「サラクよ。帰路におけるイプ=スキへの行幸について、右賢王からの願い出通り、実施するものとする。右賢王の体調が戻ったら、宜しく伝えてくれ」
「ははっ、ありがとうございます。右賢王殿下もお喜びになるでしょう」
サラクが跪いて奉答するのを見て、わたしは頷いた。
……………
こうして、各諸侯たちへの褒美の授与も終わり、論功行賞と戦後処理に関する行事は滞りなく概ね完了した。
だが、「シブシ戦役」を終えるにあたっての行事が、もう少しだけ残っていた。
戦役に伴いクリルタイを開催し、大本営を置いたこの「星降る川」河畔は、「火の国」の北端、そして「灰の街」の間近にある。
本拠地ヘルシラントに帰還する前に、この機会に合わせて「灰の街」を表敬訪問するとともに、帰路にてリリ・ハン国の各部族の代表や有力者と会合する事にしたのである。
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