第104話 戦後処理(2)
「続きまして、シブシ族の捕虜を引見いたします」
大尚書コアクトの言葉とともに、幕舎の中に縛られた何名かの者が連れられて来た。
全員が後ろ手に縛られるとともに、余計な事を話さない様に口に轡を嵌められた者たちが、衛兵達に連れられ、一同の前に跪かされる。
「最前列が、カラベの総督、イナル・テュークでございます。
後列は、宰相ダイチュ、クネ・パーク、その他シブシ族の将軍や指導層の者たちです」
コアクトの言葉に、絹幕の後ろでハーンは頷いた。そして、最前列で跪かされているイナル・テュークを睨み付ける。
カラベで通商使節虐殺事件を起こした彼への視線は厳しく、被害者を出した諸侯たちも、テューク総督に向けて憎悪の視線を向けていた。
「ハーンもご承知の通り、『灰の街』との調整により、これら罪人の処遇については既に決定しております」
コアクトの言葉に、トゥリ・ハイラ・ハーンは頷いた。
少し前に「灰の街」のルインバース議長による大本営への表敬訪問が行われた。そしてハーンとの間で会談が行われ、征服後の「隅の国」の処理方針に加えて、シブシ族の捕虜に対する処遇についても調整、合意に達していたのであった。
「カラベにおける虐殺事件の首魁であるイナル・テュークは、我らの方で処断致しますが、その他の者たちは『灰の街』に引き渡され、『灰の街』において処断される事となります」
決定事項を改めて復唱する形でのコアクトの報告に、ハーンは頷いた。
「ハーンにお訊ね申し上げます」
コアクトはハーンの前に進み出て続けた。
「イナル・テュークについては我らの手で処刑する事となりますが、この者はカラベの街の総督という高位にあり、シブシ王の親族でもあります」
そして、絹幕のハーンに向けて尋ねる。
「……処刑に際して『貴人の死』をお与えになりますか?」
「……馬鹿な、何を言うのか」
コアクトの言葉に、ハーンは厳しい口調になって告げた。
「この者は罪人じゃ。それ以外の何者でもあるまい」
きっぱりと告げる。コアクトは一歩下がって頭を下げた。
「……かしこまりました。ハーンの仰る通りにいたします」
コアクトはそう奉答すると、後ろを向いて衛兵たちに指示を出した。
「下がらせなさい」
コアクトの命令に、衛兵達はテューク総督をはじめとする捕虜達を引き立てて下がらせた。
連行される途中で、テューク総督はハーンたちに向けて何かを叫ぼうとするが、轡を嵌められているので、モゴモゴとくぐもった声にしかならない。そのまま、衛兵達に小突かれながら、幕舎の外へと連行されていくのであった。
その様子を見ながら、ハーンは穢れた物を見てしまったかの様に、ふぅと小さくため息をつく。
そして、気を取り直して、小さく息を吸ってから諸侯たちに告げた。
「続いて、汝らへの論功行賞……『隅の国』の処置について言い渡す事とする」
……………
ハーンの言葉とともに、絹幕の前に立った大尚書コアクトが、論功行賞の内容が書かれた巻物を広げ、目を通しながら言った。
「これより、諸侯の皆様にハーンから下賜される領地について発表いたします。呼ばれた皆様は、ハーンの御前にお進み出ください」
コアクトの言葉に、諸侯たちは頷く。
彼らを前に、トゥリ・ハイラ・ハーンは告げた。
「汝らの活躍により、我らが制圧した『隅の国』の北部~中部の領地について、汝らに投下領として下賜するものとする」
ハーンの言葉に、諸侯達は平伏した。
リリ・ハン国は、推戴されたハーンが統べているものの、基本的には諸部族が独立しており、ハーンを仰ぐ諸部族の統合体として成立している。
そのため、各部族が征服した土地や住民は、基本的にはその地を征服した部族の所有物とされる。
とはいえ、諸部族は主君であるハーンに従属する存在であり、リリ・ハン国の傘下の勢力でもある。
ハーンは彼らの上に君臨する存在である。リリ・ハン国全体として、所属する諸部族の勢力バランスを調整する必要があるし、統治の利便性の観点からも、これら征服領土の配置配分は適切な整理調整の下、行われる必要があった。
それ故、各部族によって征服された領土は、一度ハーンに全て「献上」され、ハーンの裁定、調整が行われた後、改めてハーンから各部族に「下賜」(分配)される形を取っていた。これが「投下領」である。
「投下領」は、基本的には各部族の戦果を追認して征服地がそのまま与えられたが、上述の理由により調整された結果、配置換え等が行われる事もあった。
「右賢王よ」
「はっ」
ハーンの呼びかけに、右賢王サカが前に進み出て拝跪する。
「汝らイプ=スキ族には、ノヤの街をはじめとする、『隅の国』西岸地域を投下領として授ける」
その言葉とともに、大尚書コアクトが下賜される地域を記した地図を、サカに手渡す。
「ありがたき幸せにございます!」
右賢王サカは拝礼しながら、地図を受け取った。
同様に、各部族長が呼ばれ、ハーンから投下領が下賜されていく。
ウス=コタ率いるマイクチェク族には、彼らが制圧したクシマの街と東岸地域が。
グランテ率いるオシマ族には、領土に隣接する北部地域の一部と、中部の諸村が与えられた。
また、参戦した「日登りの国」中部ユガ地方の小諸侯たちにも、「隅の国」北部を中心にそれぞれ少しずつではあるが、領土が与えられた。
なお、北部最大の要衝・要地でもあるカラベの街は、その重要性を考慮して、ハーン直轄地とされた。
また、「灰の街」にも戦果の配分があった。
「隅の国」全域における商業活動の優先権が認められた事に加え、カラベおよびシブシ族領土の各都市における経済的な施政権、そして徴税権が与えられた。
取り立てた税のうち、定められた額をハーンに上納すれば、残りは全て「灰の街」の取り分となる。
「隅の国」の各都市を経済的な植民地として与えられた、と言える処置であった。
ただ、これらの都市は前政権であるシブシ王の統治により、疲弊している状態からのスタートである。安定した収益先とするためにも、「灰の街」にはこれらの都市を復興させ「育てる」責務が課せられたともいえる。
こうした「隅の国」の疲弊した領土復興は、投下領として領地を与えられた各諸侯たちにも同様に、課題として課せられる事となったのである。
……………
「最後に、シブシ族への処置について定める」
平伏する諸侯たちに向けて、ハーンが告げた。
戦前には「隅の国」全域を統治していたシブシ族であるが、勿論今回の戦争を巻き起こし、そして敗北した以上、従来の支配地を保持する事は許されない。
制圧された「隅の国」北部~中部はリリ・ハン国に併合され、「投下領」として各部族に配分されることとなった。
一方で「隅の国」南部については、制圧される前に降伏した経緯もあり、シブシ族の領地として残された。
イル・キーム王とシブシ族は、「隅の国」南部地域のみを有する勢力となり、トゥリ・ハイラ・ハーンに服属する部族として存続を許されることとなった。
ただし、従来通りイル・キーム王による統治を続ける事は許されない。
彼は名目上は部族長としての立場を残すものの、シブシの街に隠棲(軟禁)を強いられる事となった。
そして、リリ・ハン国においては「王」の称号を名乗ることは許されず、中級の爵位である「大当戸」の位に甘んじることとなった。「複数の拠点を持つ部族長」レベルの扱いに格下げされた事になる。
また、軟禁される彼の代わりにこの地方を実質的に統治する者として、ハーンが任命する「シブシ族宰相」が派遣される。
「シブシ族宰相」に任命されたのは、カラベ事件で殺害されたランル・ランの嫡男、骨都侯ケン・ランであった。
彼の補佐として、同じくヘルシラント族の有力氏族であるショウ・ホーク(シュウ・ホークの弟)が大臣としてつけられる。カラベ事件に特使として関わったランル・ランとシュウ・ホークの一族が、奇しくもシブシ族の統治に携わる形となった。
また、更に名目上の上司として、「シブシ地方(隅の国南部)の
シブシ地方国司として任命されたのは、ウス=コタの三男、ソダックであった。
ソダックは今年生まれたばかり……0歳児なので、当然ながら統治はできない、名目上の存在である。
ただ、名目上とはいえこの地に君臨する者として立てて支配を誇示するとともに、将来成長した際にイル・キームに禅譲させて、シブシ族の主の座を継承させる事を視野に入れた人事であった。
こうして、シブシ族は一応の存続は許されたものの、何重にも足枷を掛けられ、リリ・ハン国に服属する部族として姿を変える事となったのである。
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