第102話 「隅の国」制圧
カラベ陥落の翌日。
「隅の国」の首都、シブシの街を包囲するイプ=スキ族の陣営に、街からの使者が送られて来た。
開城……降伏の申し出である。
前日にカラベが陥落。それも、ハーンの恐るべき力によって城壁が破壊され、攻撃軍の圧倒的な戦力で蹂躙されたという情報が入った事で、もはやこれ以上の抵抗が無意味であるとの結論に至った様であった。
「やりましたね」
「おめでとうございます、サカ様」
右賢王サカと副将のサラクはお互いに頷きあった。
シブシ降伏の情報が伝わると、イプ=スキ族の軍勢は一斉に歓声を上げ、再び、えいえいむんの鬨が周囲に響き渡った。
……………
イプ=スキ軍は項垂れるシブシ族の降兵とイル・キーム王を引き連れ、開門された城門を通り、シブシの街に入城した。
降伏を示す白い服に身を包み、彼らを出迎えたのは一人の老ゴブリンだった。
「私は、シブシの町長でございます」
そう言って頭を下げる町長を見て、サカは尋ねた。
「籠城軍の大将、カ・キーム王子はどうしましたか?」
その質問に……町長は少し黙り込んでから、やがて答えた。
「……カ・キーム様は、街を出られました」
「なっ!?」
サカとサラクが顔を見合わせる。
町長の話によれば、カ・キーム王子は昨夜の内に手勢を集めて船に乗り、いずこかに向けて出航して行ったとの事であった。
つまり、カ・キーム王子とその軍勢は、昨夜のうちに包囲が及ばない海側から、夜陰に紛れて海路でシブシの街を脱出、姿を消したという事になる。
「行き先はどこなのか、知らないのですか?」
サカの言葉に、町長は「さあ?」と首を振る。
知っていて答える気が無いのか。それとも敢えて行き先を聞かずに送り出したのか……町長の表情からは伺い知れない。尋問しても、あるいは拷問したとしても、正しい情報を得られそうな感じには見えない。
いずれにしても、カ・キーム王子の逃走先がどこなのか、情報は得られそうに無かった。
右賢王サカはサラクと共に、ため息をついた。
「はあっ……仕方ありませんな。油断というか……手落ちになりましたな」
「仕方ありません。状況をハーンにご報告しましょう」
……………
こうして、「隅の国」の首都、シブシは降伏、陥落した。
ただ、シブシを守っていたカ・キーム王子は降伏せず、手勢と共に街を脱出して姿を消し、行方不明となった。
カ・キーム王子の脱出を許したことは、この戦役の勝利、全体の中では些事であるとも言えるが、手落ちである事は確かだった。
行方不明となった彼らが、再び姿を現すのは……暫く先の事になる。
……………
シブシの制圧と並行して、カラベの街を攻略したリリ・ハン国と「灰の街」傭兵団は、軍勢を分割して「隅の国」各地の攻略に移った。
カラベ攻略のために出陣していた、トゥリ・ハイラ・ハーンと近衛軍団は捕虜を引き連れて「星降る川」河畔の大本営へと帰還する。
また、一部の軍勢は、制圧したカラベの街を確保するために残される。
その一方で、それ以外の軍勢は、三路に別れてカラベを離れ、「隅の国」の各都市の攻略に移った。
そして、「灰の街」の傭兵団と、イプ=スキ族の一部を含む混成部隊は、西部の海岸に面した諸地域に向けて進軍して行った。
また、ヘルシラント族、および「日登りの国」中部、ユガ地方の諸部族の部隊は分散し、各方面の軍勢に同行して各地の制圧を担当した。
カラベの街と首都シブシの陥落。そしてイル・キーム王降伏などの情報が伝わっていた事もあり、さしたる抵抗もなく、攻略は円滑に進行した。
「隅の国」中部に位置する、東岸側最大の根拠地であるクシマの街と、同じく西岸側のノヤの街は、軍勢が迫った時点で降伏。各方面軍はこれらの拠点を無血占領した。
その他各拠点や村落も軍勢が迫った時点で降伏し、「隅の組」の北部~中部地域は、全ての拠点が平定されることとなった。
「隅の国」南部地域については軍勢を進めて占領する必要すらなく、各都市の方からハーンに恭順、臣従する旨の使者が送られてきた。
シブシに次ぐ都市である、半島の先端、西南の端に位置するサタの街を始め、各地各拠点の統治者は恭順とハーンへの臣従を表明し、ハーンに向けた使者を送ってきたのだった。
……………
トゥリ・ハイラ・ハーンの2年(王国歴594年)、陽の月(8月)。
こうして「隅の国」はその全域が制圧または降伏して、リリ・ハン国の支配下に入り、「シブシ戦役」は終了した。
歴史書においては、この月に「リリ・ハン国による『隅の国』征服、領土化」が完了したものとして記録されている。
しかし、実際にはこの戦役の後処理が必要であった。
「星降る川」河畔の大本営に各部族が集結し、ハーンによる論功行賞と戦後処理が行われることとなるのである。
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