第101話 カラベ陥落

 トゥリ・ハイラ・ハーンの能力、「刻印マーキング」と「採掘マイニング」により、北側の城壁は、多くの守備兵たちとともに一瞬にして崩壊した。

 あまりの出来事に動揺するカラベの守備兵たちに追い打ちを掛けるかの様に、街を包囲するリリ・ハン国の軍勢から、大きな雄叫びが上がった。

 街全体を震わせる様な雄叫びに、カラベの守備兵たちは心胆を震わせる。


 ハーンを始めとする、リリ・ハン国の主力部隊は北側に布陣している。彼らを遮っていた北側の城壁はもはや無く、整然と布陣された包囲軍の軍勢が、カラベの守兵からもはっきりと見て取れた。


「ひいいっ……! そ、総督……どうしましょう!?」

「う……うう狼狽えるな!!」

 狼狽する兵士達を叱責するテューク総督。しかし彼も焦りの表情を隠せなかった。

 頼りとしていた城壁は、ハーンの力によって崩壊した。そして重点的に配置していた守備兵達も崩壊に巻き込まれて失われてしまっている。

 そして勿論、リリ・ハン国側の軍勢は無傷である。

 防衛する手段が……そして攻撃から守りきる勝算が、全く無くなったと言ってもよかった。


「こ……こうなれば……」

 テューク総督は、周囲に残っている兵達に叫んだ。

「お前達! 全軍で出撃しろ! 突出していたハーンを討ち取るのだ!」

 ハーンが歩いていた方向を指し示して叫ぶ。

「今ならまだ、ハーンを守る兵達は少ない筈! そこを集中攻撃してハーンを討て! ……この戦い、勝つにはもはや、ハーン本人を討ち取るしかない!」

「は……はい!」


 テューク総督の言葉に、部下達が残された兵達を集結させて出撃の準備を整える。

 そして、北側の城壁があった場所に集結して、出撃しようとしたとき……。

「う……っ!」

 目の前の光景を見て、思わずその迫力に立ち止まってしまう。


 彼らカラベの守備兵たちの目の前に、立ち並ぶのは……ハーンを守るように進み出てきた軍勢。

 最前列に居並ぶのは、七英雄・重騎士ペリオン率いる傭兵軍団と、ウス=コタ率いる大柄なマイクチェク族の軍勢を中心とした、リリ・ハン国の最精鋭部隊だった。



 ……………



「お前たち! 今こそ決着を付ける時だ! 我らの力を見せるぞ!」

 重騎士ペリオンが、配下の「灰の街」傭兵軍団を鼓舞する。

 その隣では同じく、ウス=コタがマイクチェク族の兵達に叫んでいた。

「今こそ我らマイクチェク族の力を、ハーンにお見せするのだ! 『灰の街』の者たちに遅れを取るな!」

 二人の鼓舞に応じて両軍の兵達が雄叫びを上げ、周囲の空気を震わせる。


 そしてそのまま、カラベの街に向けて前進を始めた。

 じりじりと迫ってくるその迫力に、出撃しようとしていたカラベの守兵達はたじろぎ、その場に立ち止まってしまう。

「ま……守れ!」

「連中を侵入させるな!」

 城壁であった瓦礫の前で陣取り、何とか防衛しようとするカラベの守兵たち。

「行くぞ!」

 そんな彼らに向けて、傭兵軍団とマイクチェク兵たちが前進し、一気に距離を詰めていった。



 防御態勢を整えたカラベの守兵たちに、重騎士ペリオンが戦斧を投げる。

「アックスショット!!」

 投げられた戦斧は、凄まじい勢いで回転しながら守備兵の陣地に飛び込み……鎧を着た兵士たちを文字通り「粉砕」した。

 悲鳴を上げる兵士達の中に、今度はウス=コタが突撃していく。

「おらおらおらーっ!」

 敵兵達の中で蛇矛を振り回し、カラベの兵士たちは薙ぎ倒され、あるいは吹き飛ばされて宙を舞った。

 彼らの攻撃で乱され、穴が開いたカラベ側の陣に、ペリオンと「灰の街」の傭兵軍団が、そしてマイクチェク族の兵達が突撃していく。


 歩兵としては攻撃軍の……そして大陸でも最強に近い存在である、傭兵軍団とマイクチェク兵。一般兵であるカラベの守備兵たちの力の差は歴然としていた。

 彼らの攻撃で守備側のほころびは拡大し、陣営に穿かれた穴は押し広げられる。圧倒的な迫力と勢いに士気も崩れ、もはや攻撃を支える事はできなかった。


 更に後続のリリ・ハン国諸部族の軍勢が殺到してくると、完全に守備側の防衛線は崩壊した。

 押しとどめる者がいなくなったカラベの街に、城壁が崩壊した北側からリリ・ハン国の軍勢が雪崩れ込んでいく。


 完全に戦線が崩壊し、守備兵達はなすすべなく逃げ惑うしか無かった。

 住民たちとともに逃げ惑うカラベの守備兵たちは、雪崩れ込んだリリ・ハン国の兵によって、次々と討たれ、あるいは降伏していく。

 北側以外の、東西や南の門を開けて城外に逃走する兵達もいたが、城壁の外には包囲していたリリ・ハン国諸部族の軍勢が待ち受けており、結局は討たれるか降伏する事となった。

 そして、開門された各門からも、包囲軍の軍勢が雪崩れ込んで行く。


 こうして、僅かな時間で街全体で防衛側の軍勢は崩壊し、カラベの街は、ほぼ全域がリリ・ハン国の軍勢に制圧されることとなった。



 ……………



 街全体が制圧された後も、カラベの総督イナル・テュークは、カラベの街中央の大尖塔に籠城し、更に半日間粘った。

 大尖塔の頂上に籠城したテューク総督は、兵達とともに展望楼から弓を射ち下ろし、最後には攻め上ってくる兵士達に城壁の煉瓦を引き剥がして投げつけるなど、徹底的な抗戦を見せた。


 しかし、最終的には大尖塔も制圧され、テューク総督の身柄はリリ・ハン国の軍勢によって捕縛された。



 こうして、街の全域がリリ・ハン国の軍勢によって制圧。

 カラベの街は、陥落した。



 ……………



 カラベの南方、「隅の国」の首都、シブシの街。

 イプ=スキ族の軍勢による包囲が続き、膠着状態となっていたこの地でも、何らかの異変が起きた事は、両軍どちらからでも明らかに判る状況となっていた。


 カラベがある北方から、慌ただしく何羽もの文烏ふみがらすが飛来し、イプ=スキ族の包囲勢の頭上を越えて、シブシの街へと飛び込んでいく。

 定期的な連絡とは思えない明らかに異常な頻度であり、北方の地、カラベの街で何らかの変事が起きた事は明らかだった。



「……………」

 自陣の頭上を飛んでいく文烏ふみがらすを見上げる、右賢王サカとイプ=スキ族の者たち。

「サカ様、北方で何らかの異変が起きた事は明らかです。射ち落として通信内容を確認しますか?」

 サラクが弓を構えながら尋ねたが……サカは首を横に振った。

「いいえ。妨害せず情報をシブシの街に伝えた方が、我らには良い結果をもたらすと思います。それに、おそらくは……我が軍にもハーンから情報が入る筈です」


 サカの言葉通り、ほどなく、イプ=スキ族の陣営にも、北方のカラベ包囲軍から放たれた文烏ふみがらすが飛来する事となった。

 その文烏ふみがらすが運んで来た信書に書かれていた情報を見て、サカとサラクは頷き合った。

 そして、同じ情報が……カラベの陥落の知らせがもたらされている筈の、シブシの街を眺める。



 後世に「シブシ戦役」と呼ばれるこの戦いも……いよいよ最終局面を迎えようとしていた。

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