第61話 聖騎士来襲 ~コアクトの覚悟~
「ここは通しません!」
溝を挟んだ道の向かい側で、眼鏡を掛けた女ゴブリン……コアクトが叫ぶのを見て、聖騎士サイモンは振り返った。
フードの付いた服を着て、眼鏡を掛けたその女ゴブリンは、これまでのゴブリンたちとは異なり、少し変わった格好をしていた。
杖を持った両腕には、腕の付け根まである、何やら分厚そうな手袋をつけている。
そして、きらきらと輝く石が幾つも連なった、首飾りの様な物を首に掛けていた。
「聖騎士サイモン! りり様のところには……行かせませんよ!」
コアクトは、サイモンを睨み付けて叫んだ。
「りり様は……私が、守ります!」
そう叫んで……杖を地面に突き立て、両腕を、サイモンの方に向けて突き出して魔力を込める。
突き出した両腕、広げた掌の先の空中に、光で描かれた魔法陣が現れた。
そして、魔法陣から、深紅に輝く、槍先の様な細長い光球が現れる。
それは……今までの攻撃でゴブリンたちが放った火球よりも、遙かに明るく、朱く……そして、高い熱量を放っていた。
「《煉獄の投焔槍》……!」
その様子を見て、聖騎士サイモンが、ほう、と感心した様な声を出した。
サイモンが興味深そうにコアクトの魔法発動を眺めている後ろでは、道路脇からゴブリンたち数名が走り出してきて、ウス=コタの元に駆け寄っていた。
そしてそのまま、まだ戦おうとする彼の身体を引っ張って、道路脇へと避難させていく。
その様子を、もはや興味を失った感じでちらりと一瞥してから、サイモンは、道路の向かい側にいるコアクトに語りかけた。
「……ボワルセルが使うのを見た時以来だな。これは珍しい。まさか、ゴブリンがその魔法を使えるとは思わなかったぞ」
《煉獄の投焔槍》。
煉獄の焔を凝縮したと言われる、灼熱の魔法槍を生み出して、撃ち出す魔法。
目標を焔で溶かし、灼き貫き、周囲を焼き尽くすと言われる、凄まじい威力を持つ。
威力が凄まじく高いものの、しかしそれゆえに、魔力消費が極めて激しく、制御が難しい。凄まじい焔を制御できずに、自分自身が焼かれてしまった術者も多いと聞く。
暴れ馬のごとき、制御の難しいこの魔法は、かなりの上級の魔道士でなければ手に負えないものだ。
それ故に、この魔法は「禁呪」と呼ばれるものの一つとなったと聞かされていた。
サイモン自身も、仲間の「七英雄」の一人が一度だけ使ったのを見たことがある程度だ。
そんな「禁呪」を、こんな場所で。それもこんなゴブリンの女が使うのを見るとは思わなかった。
サイモンは、興味深そうに、コアクトの魔法発動を眺める。
「……まだ、感心するのは早いですよ。……《威力増強》!」
コアクトは、《煉獄の投焔槍》魔法に、威力増強魔法を重ね掛けする。
魔力を上乗せされた深紅の火球は、ばちばちと音を立てて、更にその大きさを、そして輝きを増した。
「ほう……?」
「まだまだ……! 《威力増強》!
《威力増強》!
《威力増強》……!」
一度だけでなく、何度も何度も、威力増強魔法の上乗せを繰り返すコアクト。
その度に、《煉獄の投焔槍》魔法が、更にその大きさと輝きを増していく。
「……………」
その様子を興味深げに眺めるサイモン。
そのサイモンを前に、コアクトは威力増強魔法の重ね掛けを続ける。
魔法が放つ熱と、魔法使用による消耗の激しさで、コアクトの息が荒くなり、汗がしたたり落ちる。
魔法の槍先が放つ熱と焔が、凄まじい。焔対策で身につけていた革手袋の表面が炙られ、そして、火炎によって煽られた髪先が焼ける、嫌な匂いがちりちりと周囲に漂う。しかし、その匂いですら、目の前の魔法が放つ激しい熱に焼き飛ばされる状態だった。
かなりの高等魔法である《煉獄の投焔槍》は制御が難しく、魔力の消耗が激しい。
その状態で更に、威力増強魔法を何度も重ね掛けしているので、必要な魔力は更に跳ね上がる。
威力を増し、暴走しようと輝きを増す《煉獄の投焔槍》、暴れ回る魔法力を押さえ込む、コアクトの体力と魔力は限界に達していた。
それでも構わず、コアクトは威力増強魔法の重ね掛けを続ける。
コアクトが首に掛けている、光る石たちが輝きを増す。そして、光を発しながらも次第に黒ずんだ石へと変わっていく。
コアクトが用意して装備していた光る石。それは、ヘルシラントの鉱脈で採れた「魔光石」だ。
魔力をため込んでいる魔光石を、言わば外付けの魔力バッテリーとして用いる事で、コアクトは魔法力の器を底上げしていたのだった。
魔光石の助けも借りて、限界まで《煉獄の投焔槍》の増強を繰り返すコアクト。
それでも、元々制御が難しい上に、更に増強された《煉獄の投焔槍》による消耗は激しく、コアクトの体力と魔力を激しく削っていくのだった。
「……コアクト様、無茶です!」
周囲で見守っているゴブリンたちが、悲鳴に近い声を上げた。
彼らの前で、魔力による消耗のためか、コアクトの髪が次第に白く変わっていく。
それでも……コアクトは、《煉獄の投焔槍》の発動を、そして《威力増強》の重ね掛けを止めなかった。
(この魔法が、私の限界を超えているなんて、わかってる……! でも……!)
魔力と体力の消耗に、一瞬、コアクトの意識が朦朧とする。
しかしその時、脳裏に浮かんで来たのは、リリの姿だった。
(りり様……!)
自分と同じく、書物や小説が大好きで、本を読みながら楽しそうな笑顔を見せてくれた少女。
コアクトが、彼女を幽閉して虐げていたアクダムの一族だと知っても、変わらずに、仲良くしてくれた。
アクダムの内通が発覚して罪人となった際も、親族である自分に連座させなかっただけてなく、自分の事を信じてくれて、重用してくれた。
あれからも、ずっと自分を側において、ヘルシラント族の様々な仕事を任せてくれている。
そして……秘密にしていた「
私に好意を寄せて、仲良くしてくれている。
私の事を、大切にしてくれている。
私の事を、信じて、信頼してくれている。
そして何より。
今回の聖騎士サイモン来襲に際して……この私に、不安な気持ちを打ち明けて、私を頼ってくれたのだ。
感謝、敬愛。
彼女のために、力になりたい。
守ってあげたい、思い。
……彼女の事が「好き」な気持ち。
だから。
……だから!
(りり様のために、私はここで、全てを賭ける!)
コアクトは、もう一度目を見開いて、聖騎士サイモンを睨み付けた。
(私の全てと引き換えても、ここでサイモンを倒して……りり様を守る!)
「……《威力増強》!」
最後に、残された魔力全てを注ぎ込んで、もう一度、《煉獄の投焔槍》に《威力増強》魔法を上乗せする。
《煉獄の投焔槍》がもう一段増強され、コアクトの目の前で、凝縮された焔の槍は、ばりばりという音を立てて周囲の空気を灼きながら、凄まじい朱色の光と熱を放つのだった。
「……………」
その様子を見て、気圧されたかの様に、サイモンが無言で楯を構える。
「聖騎士サイモン……覚悟!」
コアクトは、聖騎士サイモンを睨み付けて、叫んだ。
「《煉獄の投焔槍》!」
撃ち出された《煉獄の投焔槍》が、凄まじい音を立てて、高速で聖騎士サイモンに向けて飛翔する。
焔の渦が、周辺の空気と地面、そして街道脇の木々を焼きながら、《煉獄の投焔槍》が空中を疾走する。
魔法の投げ槍は、真紅の輝きを放ち、灼熱と轟音を置き去りにしながら、凄まじい速度でサイモンに向かっていった。
発射された魔法の凄まじい音と光、そして熱。
その様子に、周りで見ていたゴブリンたちが、恐怖や畏怖の混じった歓声を上げる。
……………
が、
次の瞬間にその場に訪れたのは……静寂だった。
魔法が放つ、凄まじい音も。ゴブリンたちが上げようとしていた歓声も。
次の瞬間には、かき消される様に、静寂に包まれる。
「……………」
コアクトの放った《煉獄の投焔槍》は……
「……あ、ああ……」
サイモンの構えるミスリルの楯に近づいた瞬間、消えていた。
コアクトが煉獄から召喚した、焔の魔法槍が。
あれだけ増強魔法を上乗せして、威力と熱と輝きを増した魔法焔の塊が。
まるで、線香花火の球が水面に落ちる様に。音も無く、散る様に、かき消えた。
それは……これまでサイモンに撃ち出され、ミスリル装備に無効化された魔法たちと、何一つ変わらない光景だった。
「そ、そんな……」
その様子を見て、コアクトが絶望の声を漏らす。
周囲のゴブリンたちも、声を出すことが出来ずに、唖然としてその様子を眺めていた。
魔力と体力を使い果たして、コアクトがその場に崩れる様に、へたり込む。
「……なかなか面白い座興だったぞ」
コアクトを見下ろしながら、聖騎士サイモンが言った。
「こんな魔法が使えるゴブリンがいるとは、面白いものを見せて貰った」
そう言いながら、突き刺さっていたウス=コタの蛇矛を地面から引き抜く。
「……折角だし、お前の首も持ち帰って、飾るとしようか」
「コ、コアクト様、逃げて下さい……!」
周りのゴブリンたちが、悲鳴に近い声を上げる。
しかし、消耗しきったコアクトは、その場から動く事が出来ずに、サイモンが矛を構える様子を、ただ眺めている事しかできなかった。
そんな様子を眺めながら、聖騎士サイモンが、軽く振りかぶって、無造作に矛をコアクトに投げた。
まっすぐにコアクトに向かっていく矛に、ゴブリンたちが悲鳴を上げる。
朦朧とした意識で、コアクトは、投げつけられた矛が、自分の胸元に向かって飛んでくる様子を見つめていた。
(……りり様……ごめんなさい……)
……………
その時。
「……お待ちなさい」
どこからか、声がした。
そして、その声と同時に。
ぱきん、と音がして……矛の先端が消えた。
「!?」
先端部が消えた事で、バランスを崩した矛は、勢いを失ってコアクトよりも手前に落ち、ころころとその場に転がった。
その場にいた皆が、先端部が消滅し、地面に転がった矛を見て……
次に、声がした方向を。
前方のヘルシラント山の山肌の方を見た。
そこには、一人の少女が立ち、こちらに向けて手を伸ばしていた。
「……りり様だ」
「りり様」
「りり様……!」
ゴブリンたちの中から、ざわざわと声が上がった。
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