第60話 聖騎士来襲 ~ウス=コタの戦い~
「我こそは、マイクチェク族のウス=コタ! 先王サウ=コタの長子にして、今のマイクチェク王だ!」
ウス=コタは馬上で叫んで、蛇矛をサイモンに突きつけた。
「聖騎士サイモン! 今こそ、貴様を討ち、父の、そしてお前に殺された部族の者たちの敵を取らせてもらうぞ!」
(北のゴブリン部族の生き残りか)
聖騎士サイモンは、そんな事を考えながら、すらりと腰に差した長剣を抜き放った。
「サイモン! 覚悟しろ!」
ウス=コタが叫んで、騎馬を走らせてサイモンとの間合いを詰める。
そしてそのまま、蛇矛をサイモンの身体目がけて突き出した。
「……………」
ウス=コタの突きに、サイモンは軽く振った、といった感じで長剣を振る。
がつん、と音がして、ウス=コタが突いた蛇矛は軽々と弾かれていた。
「……くっ!?」
それほど力を込めた様には見えなかったが、ウス=コタの蛇矛は右に大きく弾かれ、その衝撃でウス=コタの身体が持って行かれる様に泳いでいた。
「くっ……まだまだ!!」
驚きながらも、すぐに立て直して馬を寄せ、ウス=コタは蛇矛をサイモン目掛けて振り下ろした。
しかし、その一撃もサイモンは軽々と弾き、蛇矛を弾かれたウス=コタは大きくバランスを崩す。
隙だらけの状態となったウス=コタを追撃する事もなく、サイモンはその様子を表情も変えずに見つめていた。
「話にならぬ。洞窟で戦ったゴブリンどもの方が、よほど骨があったぞ」
「だ、黙れ!」
逆上したウス=コタが連続で激しくサイモンに打ちかかる。
しかし、聖騎士サイモンは、全ての攻撃を難なくいなしていく。
一合、二合と、ウス=コタの蛇矛とサイモンの剣が打ち合わされるが、その度に攻撃は軽々といなされ、弾かれたウス=コタの体勢が泳いでいるのがわかる。
その様子を、周りのゴブリンたちは呆然と見つめていた。
ウス=コタが弱いわけではない。
その場にいる多くの者たちが、彼がヘルシラント来訪時に暴れた際の強さを目にしていた。
彼の騎馬捌き。そして長い蛇矛をその剛力で振り回す攻撃は力強く、そして鋭く、自分たち、普通のゴブリンの水準を大きく上回っているのがわかる。
そして、体勢を崩されても即座に立て直して、サイモンに再攻撃をする身のこなしは彼にしかできない芸当だった。
……しかし。
そのウス=コタの攻撃が。聖騎士サイモンには全く通用しない。
左腕には盾を持っているが、全く使っていない。右腕に持つ剣だけで易々と攻撃を弾いている。
軽々と弾き、いなし、受け流されて、その度にウス=コタの身体は、乗騎とともに大きく弾き飛ばされ、バランスを崩してしまっている。
素人目にも隙だらけになってしまっているのがわかるが、サイモンは敢えて追撃せずに、その様子を眺めている。
遊ばれている。完全に、実力の桁が違う。
そして、それでいて、外野から襲い掛かったり、弓矢や魔法を打ち込む様な隙も見せていないので、外部から援護射撃する事もできない。
それにそもそも、外部からの弓矢や魔法攻撃は効かない事は、先ほど嫌という程見せられたばかりだ。
周りから別の戦士を出して助太刀するか?
しかし、この激しい戦い振り。そして二人の、特に聖騎士サイモンの突出した強さを見ると、他の者が入り込む余地などない……そして、助太刀に入ったところで助けになる事はできない事は明らかだった。
ゴブリンたちの前で、手出しのできない、激しい戦いが続く。
だが、ウス=コタが激しく攻撃するも、聖騎士サイモンに軽々とあしらわれる状況が続くのだった。
「おのれ……!」
全く通用しない状況に、逆上したウス=コタが、更に激しく打ち込み続ける。
どれだけバランスを崩されても、落馬せずに速やかに体勢を整えて、再度攻撃に移る。
怒りも手伝ってか、攻撃する動きも速まったかの様に見える。
しかしそれでも、サイモンが軽々といなしていく状況は変わらなかった。
暫くその様子が続いた後、サイモンが飽きたかの様に呟いた。
「お前では話にならん。『リリ』を出して貰おうか」
「な、舐めるなぁ!!!」
ウス=コタが叫んで、これまでで一番激しい一撃を打ち込む。
しかし、サイモンはその一撃を、軽く剣を振った、という仕草ではじき返した。
弾かれた蛇矛が、くるくると虚空を舞い、地面に突き刺さる。
そして、サイモンは返す刀で、ウス=コタの胸を強かに叩きつけた。
「ぐ……っ!!」
ウス=コタがくぐもった呻き声を上げて、落馬する。
大きな音と共に、もろに地面に打ち付けられたウス=コタは、衝撃で大きく呻いた。
「が……はっ」
「お前では話にならん」
馬上から見下ろして、サイモンが、もう一度言った。
「……『リリ』を出して貰おうか」
衝撃で地面から立ち上がる事ができない。
ウス=コタのダメージは、叩き落とされた衝撃だけで、身体には怪我は見られない。馬上から叩き落とした一撃ですら、剣の腹で打ち付けた「みね打ち」だった。
しかしそれは、自分が武人として、対戦相手として、完全に「相手にされていない」という事だ。ウス=コタは屈辱に打ち震えた。
「ふざ……けるな……。お前を……倒す!」
よろよろとしながらも、ウス=コタがその場で、根性で立ち上がる。
腰から蛮刀を抜いて立ちはだかる様子を見て、聖騎士サイモンは、いい加減に辟易した、といった感じの表情を見せた。
「しつこい奴だ。……やはり斬ってしまうか」
サイモンはそう言って、長剣を振り上げた。
……………
「……お待ちなさい!」
その時、叫び声がした。
目の前、道を塞いでいる溝の向こう側に、一人の女ゴブリンが駆けだしてきた。
その眼鏡を掛けた女ゴブリンは、フードの付いた服を着て、手には魔法杖を持っている。
「聖騎士サイモン! りり様のところには……行かせませんよ!」
その女ゴブリン……コアクトは、そう叫ぶと……サイモンに杖を突きつけた。
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