第62話 聖騎士来襲 ~山道の攻防~
山肌に立つわたしを見つけて、ゴブリンたちの中から、ざわざわと声が上がった。
「……りり様だ」
「りり様」
「りり様……!」
「りり……さま……」
前方で地面にへたり込んでいるコアクトも、小さく声を上げる。良かった、無事だった。
そして……溝を挟んだ向こう側で馬に乗っている、銀色の鎧に身を包んだ騎士が、興味深そうにこちらを見上げて言った。
「……お前が、『リリ』か?」
「……そうです」
わたしは、頷いた。
……………
サイモンは、興味深げに、山上に立つ少女を見た。
周りのゴブリンよりも一回り小さく、肌の緑は薄め。
そして、白い髪に小さめの耳。
ゴブリンというよりも、どちらかと言えば人間に近い容姿をしている。
(……これが、ゴブリリか)
珍しい魔物。
魔物というより、かわいらしい少女と言った方が近い。
この少女が、討伐対象の「ゴブリリ」だ。つまり。
……この少女を、斬る事ができる。
この少女の小さな身体に剣を刺して、その首を切り落とす事ができる。
切られる瞬間の、恐怖の、絶望の表情を見る事が、悲鳴を聞くことができる。
そして、切り落とした首を、コレクションとして眺める事ができる。
その嗜虐的な楽しみを予感して……サイモンはにやりと笑みを浮かべた。
山上に立つ少女が、サイモンに呼びかけた。
「貴方の標的は、わたし一人の筈です。ゴブリンたちへの、無用な殺生はやめて下さい」
そして、決意に満ちた表情で言った。
「貴方は……わたしが、相手をします」
「ほう……」
サイモンが少女を見上げながら言った。
「消滅の魔法を使えるというのは、本当の様だが……」
先端が消滅し、地面に落ちた矛を眺めながら、続ける。
「この私に勝てると思っているのか?」
「……………」
少女は、その質問には答えずに、山の上を見上げながら言った。
「この、ヘルシラントの山の、頂上でお相手します」
その言葉に、サイモンも山の上を眺めた。
切り立った高い山だが、改めて見れば、はるか上、頂上の辺りはある程度平らな平原の様に広がっている様だ。
そこが……「ゴブリリ」との対決の場という事だろう。
「わたしは先に山を登って待っています。貴方は、そこの道から馬で上がって来て下さい」
そう言って、街道脇の道を指し示すと……「ゴブリリ」の少女は、山肌に設置されている階段の様なところを上がっていく。
「……いいだろう!」
サイモンは頷いて、乗騎に拍車を入れた。
指示に応えた馬が駆け出し、街道脇の山道へと入っていく。
「りり様」
「りり様……!」
その様子を、その場に取り残されたゴブリンたちが、見送る様に眺めていた。
……………
(良かった、みんなは無事、誰も殺されなくて済んだ……!)
山頂への階段を上がりながら、わたしはひとまずは安堵していた。
聖騎士サイモンの迎撃は全て跳ね返されたけれど。ひとまずはみんな無事で、誰もサイモンの手に掛かって殺されずに済んだ。
しかし。
それは……あくまで、「ひとまず」でしかない。
何とか、ヘルシラント山頂での、聖騎士サイモンとの一騎打ちには持ち込んだ。
だが、わたしが聖騎士サイモンに勝てなければ。わたしが聖騎士サイモンに殺されてしまえば。聖騎士サイモンが、残されたみんなを見逃してくれる保証など、どこにも無い。
だからこそ、ここで絶対に聖騎士サイモンを倒さなければならない。
だけど……
……………
わたしは、すぐ下の山道を上がってくる、聖騎士サイモンを見た。
騎馬に乗り、山道に沿って山をぐるぐると上がってこなければならない聖騎士サイモンに対し、わたしは徒歩で直通の階段を上がっているので、ショートカットできる。
しかし、騎馬に乗った聖騎士サイモンのスピードは速く、油断すれば追いつかれそうになってしまっていた。
わたしも息を切らせて、階段を懸命に上っているけれど、聖騎士サイモンは自分のすぐ後ろまで迫ってきていた。
……そして、山道にコアクトたちが設置してくれていた、落とし穴や落石、仕掛け弓などの罠を、全て避けて上がって来ていた。
理由は分からないが、落とし穴は、まるで場所が判っているかの様に、その場所を避けて通っていく。
落石の罠も同様で、石が落ち出す前から、察知した様に手前で立ち止まって回避する。
更にそんな止まったタイミングを狙って撃ち出された仕掛け弓も……街道での弓攻撃の際と同様に、不自然に弾道が逸れて外れるのだった。
サイモン本人の勘なのか、それともマジックアイテムを所持しているのか?
いずれにしても、コアクトたちが最後の防衛ラインとして設置してくれた罠たちは、全く通用しなかった。
(……何とか、弱点をみつけないと)
そう考えて、わたしはすぐ下の山道を上がってくるサイモンに、「
……しかし、やはり、サイモンの鎧には「
「
それは、先日「灰の街」が持って来たミスリル鉱石に対して、「
(それなら……)
わたしは、「
バランスを崩して落馬させ、あわよくば山道から崖下まで落下させようという作戦だ。
しかし……
サイモンは、まるでわたしが地面を削る場所を予知しているかの様に、地面が消える寸前に、巧みに馬の進路を変えてかわしてしまうのだった。
「……これがお前の消滅能力か。面白いな」
削られた地面にちらりと目を遣ってから、聖騎士サイモンはわたしを見上げて言った。
「だが、こんな小細工は私には通用しないぞ」
そう言って、拍車を入れて、馬を加速させる。
「……ほらほら、早く上がらないと追いついてしまうぞ!」
「く……っ」
わたしは焦りながら、慌てて階段を上がった。
ショートカットして時間を稼ぎながら、聖騎士サイモンに罠を発動させたり、「
全ての対抗策は通用せず、気がつけばわたしは追い立てられる側に立場を変えていた。
わたしは必死に山道を登りながら考えを巡らせた。
……もう少しで、山を登り切ってしまう。
頂上には、少し広い平原が広がっているのみ。どこにも逃げ場は無い。
それまでに、何とかして勝機を見つけないと……!
わたしは、必死になって、時折振り返って、何度も何度も聖騎士サイモンに「
聖騎士サイモンの鎧。
腰に差した剣。
そして左腕に装着されている楯。
武装の解除……そこまで行かなくても弱体化を図ろうと「
……どこかに弱点は無いか?
どこか一部分だけでも、「
わたしは、焦りの感情に囚われながら、何度も何度も「
……………
……焦りながらそんな事を繰り返しているうちに、気がつけば、わたしはヘルシラント山の最後の階段を上り切っていた。
これまでの山肌から一気に視界が広がり、ある程度広い、ヘルシラント頂上の草原が広がっている。
白い穂の草で覆われた、一面に広がる草原。
しかし、穂草はそれほどの高さではなく、わたしの身を隠してくれる程では無い。
そして、ここは高い山の頂上。草原の端。その先はどこも、切り立った、高い高い崖になっている。草原の端から見えるのは、青い空。そして遙か下に、ヘルシラントの大地と海が見えていた。
ここでは……どこにも身を隠せる場所は無い。そして、逃げ場も無い。
それでも、背後からの蹄音に追われる様に、わたしは必死になって、草原の奥の方へと走った。
息を切らせながら振り返ると、背後で、乗騎を駆った聖騎士サイモンが、山道を登り切って山頂の草原に足を踏み入れるのが見えた。
サイモンは山頂の光景を少し珍しそうに見回した後、少し先の草原に立つわたしを見て言った。
「……覚悟はいいか?」
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