第52話 「灰の街」からの使節

「『灰の街』から、使者がやって参りました」

 伝令のゴブリンの言葉に、わたしたちは顔を見合わせた。



「灰の街」。

 ウス=コタから語られた衝撃の事実。

 聖騎士サイモンのマイクチェク族襲撃、そして、次はわたしとヘルシラントが狙われているという事。

 こうした一連の出来事は、人間の街……「灰の街」が起点となって起きている。


 わたしたちと「灰の街」との取引を、マイクチェク族が襲撃した事が、聖騎士サイモン襲撃のきっかけとなったのだ。

 そう考えると、もしかすると「灰の街」は、今回の聖騎士サイモンの一件に関しても、何か情報を持っているのかもしれない。

 いや、そもそも、それ以前に……サイモンを差し向けたのは、彼ら「灰の街」かもしれないのだ。


「……会いましょう。ここに連れてきて下さい」

 わたしは伝令のゴブリンに伝えた。

「貴方も同席して、一緒に話を聞いて下さい。何か情報がわかるかもしれません」

 そうウス=コタに伝えると、彼は頷いた。



 ……………



 しばらくして、数名の人間たちが連れられて「族長の間」に入ってきた。

 中央に立っている、中年の男性が代表だろうか。


 彼は「族長の間」に入ってくると、油断のならない表情で、ぐるりとゴブリンの面々を眺める。

 その中でひときわ目立つ、大きな体躯のウス=コタを見るなり、彼は言った。


「おやおや。どうやら、マイクチェク族の方もおられるようですな。

 これはもしかして……既に情報が入っておりますかな?」


 そう言ってから、中年の男性は、改めて自己紹介した。

「お初にお目にかかります。私は、『灰の街』のレバナスと申します」


 わたしは、改めてレバナスと名乗った人間を見た。

 中年程度の、中背、がっしりした体格の、比較的身なりの良い男性。しかしその格好よりも、身体全体から胡散臭さというか、油断ならない、腹に一物を持っていそうな雰囲気を醸し出している。これは十分な警戒が必要そうだ。

 わたしの横に控えているコアクトも同意見の様で、鋭い目でレバナスの言動を観察しているようだった。


 わたしたちの警戒の目を尻目に、レバナスが続けた。

「本日は、ヘルシラントのりり様に、贈り物と……情報を持って参りました」

「贈り物?」

 わたしの言葉に、レバナスは玉座に座っているわたしを興味深そうに眺めて言った。


「はい。はじめまして、りり様」

 そう言ってから、わたしを興味深そうに眺め回す。

「お初にお目にかかります。いや~、本当に伝説の『ゴブリリ』なのですな」


「文献通りのお姿ですね。これは珍しい。実在したのですな」

 じろじろと舐め回す様な視線で、物珍しそうに観察を続けるレバナスを見て、傍らに控えているコアクトがこほん、と咳払いをした。

「レバナス殿、りり様をその様な目で見るなど、失礼であろう」


「おっと、失礼致しました」

 レバナスが仰々しく頭を下げてから、改めて言った。

「今回ですが、まず一つとして、先日の取引の場から奪われた品物たちが戻って参りましたので、お届けに参りました」

 そう言って、後ろの者たちに指示を出す。

 彼らは、懐から紙に書かれたリストの様なものを取り出して、玉座の前に差し出した。

 ちらりと見ると、この地方の「はやぶさ文字」で、品物のリストが書かれている様だった。


「先日の取引で、我々ヘルシラントが受け取る筈だった予定の品物の様です」

 リストに目を通した、リーナが言った。

 続いてコアクトが報告する。

「見張りのゴブリンによると、このリストと同じ、取引の品物について、『灰の街』の使者たちが洞窟の入り口まで運んで来ているとの事です」

 わたしは頷きつつも、少し驚いていた。



 先日の取引。

 鉱脈から掘り出した「『魔光石』の大結晶」と交換で、書物や調度品、様々な道具や、作物の種や苗などを仕入れる計画だった。


 しかし、取引の場はマイクチェク族に襲われたのだった。

 わたしたちヘルシラントと「灰の街」が用意した品物は、全てマイクチェク族に奪われ、彼らの洞窟に持って行かれてしまった筈だ。


 マイクチェク族に奪われた筈の品物が、戻ってきたということは……

 そう思いながら、ウス=コタの方を見ると……彼も気がついた様だった。


「待て」

 ウス=コタが言った。

「この荷物は俺たちマイクチェク族の……リシマの洞窟にあった筈だ。どうしてここに持ってこられるんだ?」

 その言葉に、レバナスはあっさりと答える。


「勿論、洞窟に冒険者たちを送って『回収』したのですよ。主立ったゴブリンたちは、既に討伐された後でしたし……それほど抵抗もなく回収できました」

「何だと……!」

 気色ばむウス=コタに対して、レバナスは悪びれもせず言った。

「大丈夫ですよ。荷物の回収が主目的でしたし、ゴブリンたちには『それほど』被害はないですよ。手向かってこなかった連中には手を出していないです」

 討伐部隊を派遣して、マイクチェク族の洞窟を襲って荷物を奪回した……と、涼しい顔でレバナスが発言する。

「よくもヌケヌケと……!」

 怒気を発するウス=コタを、わたしは手で制した。



 これ以上、こじらせるのは良くない。

 彼ら「灰の街」にとって見れば、ゴブリンに……マイクチェク族に奪われた品物を回収しただけなので、ある意味正当な行動だとは言える。

 再び故郷の洞窟を襲われたウス=コタには気の毒だが、ある意味自業自得だとも言える。そして「灰の街」の商人たちにとっては、奪われた品物を「取り返す」事になるので、正当な行動でもある。


 だが、わざわざそれを煽るように、ウス=コタの前で発言するのは……。この人間の商人、どうも腹に一物有る人物の様だ。これは要警戒だ。


「今回の『衝突』は少し残念な出来事でしたが、本来、我々『灰の街』はゴブリンに、そして、りり様に敵対するつもりはありません」

 そう言ってから、レバナスは続けた。

「今回の来訪も、品物を届けるとともに、りり様に重要な情報をお知らせするために参りました」

「重要な情報?」

「はい。……聖騎士サイモンについてです」



 あっさりと、「灰の街」のレバナスの口から、「聖騎士サイモン」の名前が出る。

 一同がざわめいた。


「……単刀直入に聞きます」

 わたしは、レバナスに尋ねた。

「聖騎士サイモンにマイクチェク族の洞窟を襲わせ、そして次にここ、ヘルシラントを襲わせようとしているのは……貴方たち、『灰の街』ですか?」

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