第51話 迫り来る危機
人間たちとの取引の場を襲った結果、討伐のために、人間たちから「七英雄」である聖騎士サイモンを差し向けられた、マイクチェク族。
本拠地の洞窟を襲われ、族長たちを討たれるなど壊滅的な被害を受け、我々ヘルシラント族に共闘要請にやってきたわけだが……。
これまで対立していた彼らが、痛い目に遭ったからと言ってこうした要請をしてくるのは、わたしたちには「虫の良い」話にしか見えないのだった。
「た……確かにそうかもしれません」
わたし達の指摘に、ウス=コタが汗をかきながら言った。
「しかしそれは、先王までの方針です。それに……もはや、事態はゴブリン全体の危機になってしまっています」
「ゴブリン全体の危機? 危機なのはマイクチェク族だけでしょう?」
コアクトが辛辣に言い放つ。
「マイクチェク族がまた襲われるかもしれないからと言って、りり様に共に戦えと?
そもそも、聖騎士サイモンが次はどこに現れるかわからない……もう現れないかもしれないのに、あなたたちの復讐のために、りり様に探し回れというのですか?」
「ウス=コタ殿。彼女の言う通りだ」
サラクが横で口添えする様に言った。
「元々敵対している我々に助けを求めに来るのもおかしいし、聖騎士サイモンの動向もわからないのに、りり様を連れ回そうとするなど、こんな要望が通るわけないだろう」
その言葉に、ウス=コタは、はっと気がついた様に言った。
「そうか……申し訳ありません。肝心な事をお伝えするのが漏れておりました。
俺……私がここに来たのは、ここに来れば、確実に聖騎士サイモンと戦えるからです」
「……どういう事ですか?」
その言葉に、ウス=コタはわたしの方を見て言った。
「聖騎士サイモンは……近いうちに、ここヘルシラントにやってきます。だから私は、ここに来たのです」
聖騎士サイモンは、次はヘルシラントまでやってくる。その言葉に、一同がざわめく。わたしは思わず尋ねていた。
「……何を根拠に、聖騎士サイモンが、ここに来ると言うのですか?」
人間である聖騎士サイモンが、ゴブリン部族の区別がついているのかは判らない。
だが、襲われたのは、北方のマイクチェク族。しかもかなり最北端に近い本拠地リシマの洞窟だ。
もしサイモンのゴブリン討伐活動が継続するとしても、残敵掃討で、周辺にある他のマイクチェク族の洞窟が襲われる、と考えるのが自然だろう。
「火の国」最南端である、ここヘルシラントまで襲撃の手が伸びるとは考えにくい。
範囲が広がるとすれば、領土北端であるイプ=スキ族系の洞窟や村にも、可能性はあるかもしれないけれど……。
そんな疑問の声に、ウス=コタの口から出たのは、衝撃的な言葉だった。
「生き残った者の報告によれば、聖騎士サイモンが、言っていたそうなのです」
ウス=コタがわたしを見て言った。
「……『次は、ゴブリリを討ちに、ヘルシラントに行く』と」
……………
聖騎士サイモンは、次の標的として、「ゴブリリ」を……わたしを、討つつもりである。
「なっ!?」
その言葉に、場内がどよめいた。
「りり様を!?」
周りから上がる驚きの声に、ウス=コタは頷いた。
「有力なゴブリンを討ち、ゴブリンの力を削るために……次にゴブリリを討つ、と言い残していたそうなのです」
そう言ってから、続ける。
「サイモンの狙いは、『ゴブリリ』であるりり様を皮切りに、めぼしいゴブリンたちを全て斬り、一気にこの『火の国』のゴブリンを討伐するつもりではないかと」
ウス=コタの話に、皆は戦慄した。
「何ですって!?」
「次の目標が『ゴブリリ』……りり様である以上、聖騎士サイモンは、必ずここ、ヘルシラントまでやって来ます。だから、私はここにやって来ました」
ウス=コタの言葉に、わたしたちは改めて息を呑んだ。
「りり様が斬られ、ヘルシラントの洞窟が聖騎士サイモンに討伐されてしまえば……この『火の国』の、主立ったゴブリンたちはいなくなってしまいます」
ウス=コタは、わたしたちを見回して言った。
「そうなれば……もはやゴブリンは部族としてまとまる事ができず、まともな活動もできず、ただ人間たちに駆逐される存在になってしまうでしょう」
「そうなる前に、聖騎士サイモンを止めないといけない……という事ですか」
「はい」
ウス=コタは頷いた。
「今後聖騎士サイモンが、どの様な順序でゴブリン討伐を進めるかはわかりません。しかし、まずは、次にここヘルシラントにやってきて、『ゴブリリ』であるりり様を討ちにやってきます。そこで、協力してサイモンを倒そうというわけです」
わたしは、一同を見渡した。皆、驚いた表情をしている。
わたしは改めて、ウス=コタを見た。
彼が語る言葉に、嘘は無いようだ。
……確かに、マイクチェク族のこれまでの横暴は許されない。
そして、彼らが傲った結果、人間から聖騎士サイモンを差し向けられ、討伐されたのも自業自得に違いない。
だが……聖騎士サイモンが、次にここヘルシラントを。そしてこのわたしを標的にしている以上、もはや事態は、彼らマイクチェク族を責めるだけで済む問題ではなくなってきている。
もしわたしが、そしてヘルシラントの主立った面々が、聖騎士サイモンに討たれてしまえば……。ヘルシラント族は、ゴブリンの部族としては瓦解してしまう。
折角、ヘルシラント族を纏め、イプ=スキ族とも合併して国作りを進めてきたが、全てが水の泡と化してしまうだろう。
既に、マイクチェク族は族長はじめ首脳陣が討たれてしまっている。この状況で、わたしたちヘルシラント族も討伐されてしまうと、「火の国」の各部族を纏めていた主立った者達が全て討たれてしまう事になる。
そうなれば、「火の国」のゴブリンは、「部族」として団結する事は不可能な状態に陥るだろう。
ゴブリンは、各地の洞窟に細々と点在する雑魚種族に転落し、原始的な生活をしながら、人間や冒険者に討伐されるだけの存在に陥る事になる。
そうならない様に、何とかして食い止めなければならないのは……確かだ。
「私は……父の、部族の者たちの敵を取りたいのです。そして……ゴブリンの世界を守りたいのです」
ウス=コタが、改めて強調した。
わたしたちは顔を見合わせた。
聖騎士サイモンがわたしたちを、いや、このわたしを討とうと狙っている。
ウス=コタと共に戦うかはともかくとして、聖騎士サイモンと……。人間最強の戦士である、七英雄の一人と戦わねばならないのは確実だ。
彼は既に、武勇に優れたマイクチェク族のゴブリンたちを軒並み薙ぎ倒している。そんな彼が、「ゴブリリ」を……わたしの身を狙って、近いうちに、ここヘルシラントまでやってくるというのだ。
何とかして迎え撃たねばならない。対策を立てなければならない。
だが……具体的にはどうすべきか。「近いうちに襲ってくる」だけでは情報が足りない。
……全員が、黙り込んだ時だった。
「大変です、りり様」
静まりかえった「族長の間」に、伝令のゴブリンが駆け込んできた。
「今度は何じゃ!?」爺が当惑しながら尋ねる。
一瞬、聖騎士サイモンがもう襲って来たのかと、どきりとする。
だが、伝令からの報告は、それとは違う……そして思わぬ内容だった。
「『灰の街』から、使者がやって参りました」
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