第50話 聖騎士サイモンの脅威

 「族長の間」に場所を移し、ウス=コタの口から語られた情報は、驚くべきものだった。

「……という事があったのです」

 話し終えたウス=コタを前に、わたしたちは皆、驚いて言葉が出なかった。


 マイクチェク族に動きがないのが妙だ、と思っていたのだが、人間の……それも「七英雄」の冒険者に、本拠地の洞窟を襲われていたためだった。

 彼らにマイクチェク族の王、副王を斬られ、その他にも多数の犠牲者が出たことで、対外行動を起こすどころではなくなっていたのだ。


 人間界の七英雄、聖騎士サイモンによる、マイクチェク族のゴブリン襲撃。新たなる局面だった。


「俺……私は洞窟が襲われた際、たまたま外出していて無事でした」

 ウス=コタが言った。

「しかし、聖騎士サイモンがゴブリン討伐を続けるのであれば、状況は安心できません。皆さんも含め、他のゴブリンたちもいつ襲われるかわからないのです」

 黙って聞いているわたしたちをぐるりと見回しながら、ウス=コタは続けた。

「これ以上被害が出る前に、聖騎士サイモンを倒さなければなりません」




「俺……私が今回ここに来たのは、父王を討った聖騎士サイモンと戦い、敵を討つためです。……りり様と、共に」

「わたしと?」

 わたしの言葉に、ウス=コタは頷いた。

「はい。『ゴブリリ』である、りり様。

 その能力で、イプ=スキ族との戦いに勝利し、傘下に収めたりり様の名は、マイクチェク族でも知れ渡っています。

 その、りり様に、共に聖騎士サイモンと戦っていただきたかったからです」

 ウス=コタは、そう言って、改めてわたしを見た。


「聖騎士サイモンは、人間の世界では最強と言われる、七英雄の一人です。

 ゴブリンの世界では最強だと思っていた、私の父も。そして副王もサイモンには勝てずに斬られてしまいました」

 ウス=コタは、手のひらを見ながら言った。

「俺……私も、武芸には自信があります。自分ひとりでも、かたきを討つつもりはあります。

 ……しかし、聖騎士サイモンが、尋常ならざる強敵である事は確かです。

 そして、ゴブリン全体が危機にある以上、勝つ可能性を少しでも高めるべき。ゴブリン全体の力を合わせるべきだと思いました」

 そう言って、わたしを見上げる。

「りり様は『ゴブリリ』として、特別な能力をお持ちです。

 消滅の能力で族長スナを消し去り、イプ=スキ族に勝利して傘下に収めたと聞いています。その力は……先ほど、私も見せていただきました」

 先端を消された薙刀を見ながら、ウス=コタが言った。

「消滅魔法の能力を持つりり様とともに戦い、聖騎士サイモンを倒し、ゴブリンの危機を救いたいと考えています」

「わたしと?」

「はい。人間の聖騎士は、ゴブリンたち全体にとっての脅威です。私と共に、どうか、敵を討って下さい! お力をお貸し下さい!」


 「族長の間」の一同を前に、熱弁を振るう、ウス=コタ。


「……………」

 だが、ウス=コタの言葉に驚きつつも、ヘルシラントの者たちが彼を見る目は冷たかった。


 しばらくの沈黙の後、コアクトが口を開いた。

「北方のマイクチェク族が襲われたからと言って、どうして私たちが……りり様が危険を冒してまで、力を貸さないといけないのですか?」

 コアクトは、それって、マイクチェク族だけの問題ですよね?と言いながら、ウス=コタを見た。

「そもそも敵であるあなたたちのために、りり様に、危険を冒して、人間最強である七英雄と戦えというのですか? ありえないでしょう」

 周りの皆も、頷いている。


「大体、貴方たち……マイクチェク族は、虫が良すぎませんか?」

 コアクトが、ウス=コタを冷たい目で見ながら続けた。


「……そもそも、マイクチェク族は、わたしたちヘルシラントと『灰の街』との交易の場を襲ったりしたから、人間の冒険者を送り込まれたのですよね?」

「単なる冒険者ではありません。『七英雄』の聖騎士サイモンに襲われたのです」

「相手が誰であっても同じです。人間たちを襲った以上、報復がある事は十分考慮すべき事ですし、今回の事態は覚悟の上では?」

 コアクトは言った。

「報復があっても、返り討ちにできると高をくくっていたけれど、想定以上の高レベル冒険者を送り込まれて、痛い目を見たという事ではないですか?」

 コアクトはそもそもの経緯を言い聞かせる様に、続けた。

「人間との取引を襲うというのは、ゴブリンにとっては禁忌だった筈。

 それを冒した結果、人間たちから討伐されたというだけではないですか?

 自分たちの力を過信して、『火の国』全体の支配を目論んで、人間達に手を出した結果がこれなのですから、自業自得なのでは?」

 そうだそうだ、と周囲のゴブリンたちも頷く。

「貴方たちが痛い目を見たからと言って、どうして我々ヘルシラントやイプ=スキが。そしてりり様が助けないといけないのですか?」



 そうだ。これは言わば、マイクチェク族の自業自得に過ぎない。イプ=スキ族との戦いが有利になった事で、調子に乗った彼ら。彼らマイクチェク族が「火の国」全土を征服できると思い上がって、人間たちにも手を出した結果、「痛い目」に遭ったという事だろう。

 そもそもこの状況で、わたしたちヘルシラント族(とイプ=スキ族)に助けを求めるというのが、虫が良いというものだ。


 大体、彼らは調子に乗って、「火の国」全土を武力で統一……イプ=スキ族もヘルシラント族も征服しようとしていた筈だ。わたしたちにとっては戦うべき敵だったのだ。

 そんな状況だったのに、いざ人間に討伐されて痛い目を見ると、わたしたちに助けを求めて来る。虫が良すぎではないだろうか。

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