第49話 マイクチェク族の異変
マイクチェク族の本拠地、リシマの洞窟。
その洞窟の中は……異様な雰囲気に覆われていた。
洞窟の中で響き渡る悲鳴、そして血の匂い。
それは……洞窟に踏み込んできた、二人の……いや、実質はただ一人の侵入者による物だった。
ゴブリンたちの悲鳴が響く中、踏み込んできた二人の人間が、悠々と洞窟を進んでいる。
一人は後ろから付き従う、魔法の松明による明かり取り、そして荷物や戦利品を運ぶ従者だ。
洞窟に惨劇を巻き起こしているのは……主に、もう一人の人間の方。銀色の鎧に身を包んだ騎士だった。
悠々と洞窟の中を進む、銀色の鎧の騎士。
彼は、人間界で最強と呼ばれる七名のSランク冒険者「七英雄」の一人、聖騎士サイモンだった。
サイモンは、洞窟の最奥から引き返しつつ、通路で遭遇するゴブリンたちを、無造作に長剣で撫で斬りにしていく。
サイモンの後ろに続くのは、従者のセント。彼は荷物運びとして、サイモンが斬ったゴブリンたちを確認しては、その中から上級のゴブリンを選び出して、首を回収して運んでいた。
彼の腰には、既に様々なゴブリンの首が括り付けられているが、その中に、ひときわ大きな首が二つぶら下がっていた。
それは……マイクチェク王、サウ=コタと、副王ワント=シンの首だった。
突然踏み込んできた彼らに無造作に洞窟を踏み荒らされ、王と副王を討たれたマイクチェク族は、大混乱に陥っていた。
ゴブリンの範疇を超える体躯を誇り、最強の戦士であった、マイクチェク王と副王。
しかし、突然踏み込んできた銀色の騎士たちの前に、なすすべも無く斬られ、あっさりと首を取られてしまった。
乱入者は傍若無人に洞窟を歩き回り、出会うゴブリンを躊躇無く斬り続けている。洞窟内は大パニックに包まれていた。
遭遇したゴブリンたちの一部の者は、乱入した人間に襲いかかるが、サイモンに一撃で斬られていく。ほとんどのゴブリンたちは逃げ惑うばかりだが……逃げ遅れた者は、サイモンに、そして従者のセントに斬られて斃れていくのだった。
……………
「……まあ、こんなところだろう」
通路で出会うゴブリンを斬り続けた結果、立ち向かってくるゴブリンがほぼいなくなった事を確認して、聖騎士サイモンは洞窟の出口へと歩き出した。
「はい」
従者のセントが後を追う。
腰には、マイクチェク王と副王。そして上級ゴブリン数名の首。
そして、背負った袋には、洞窟の最奥から回収された『荷物』が入っていた。
「これがあれば、侯も満足されるだろう」
「そうですね」
サイモンの言葉に、セントも頷く。
タヴェルト侯から、回収を依頼された品物。「灰の街」が購入して侯に献上される予定が、取引の際に、マイクチェク族のゴブリンに奪われていた品。「『魔光石』の大結晶」は、無事に回収できた。
そして、依頼の一つである、品物を奪ったゴブリン部族長の首も確保できている。その他、ついでに拾ってきた上級ゴブリンたちの首についても、持ち帰れば追加報酬が貰える筈だ。
「それにしても、ここのゴブリンたちは、洞窟が大きくて数も多いな。ボスも少しは強かったし、結構大きな勢力になっていた感じだな」
「そうですね。ゴブリンがこうした勢力を持つのは、良くないですね」
「まあ、今回これだけ叩いておけば、少しはおとなしくなるだろう」
サイモンは、ゴブリンたちを薙ぎ倒して来た通路を振り返りながら頷いた。
「それにしても、『灰の街』の取引現場を襲うとは、妙にゴブリンたちの動きが活発化している気がするな」
サイモンの問いに、セントがそう言えば…といって答える。
「話によれば、ゴブリンの世界に百年に一度現れる、伝説の『ゴブリリ』という者が出現して勢力を伸ばしているそうです」
「伝説のゴブリンの出現か……そのせいで、ゴブリンの活動が活発化しているのかもしれんな」
そんな事を話しながら、洞窟の入口へと戻っていく。
そんな彼らが洞窟の入口から出たとき……外から洞窟に入ろうとやって来た、一人のゴブリンと鉢合わせた。
「なっ、なななな何だ、お前たちは!?」
杖を持ったそのゴブリンは、驚いた声を上げて、いくつもの首をぶら下げて入口から出てきた人間たちを見た。
それは……新たな寄生先にしようと、マイクチェク族の本拠までやってきていた……アクダムだった。
「どうして人間がこんなところにいる! どけ!」
アクダムが杖をかざした。その先に火球が出現する。
「サイモン様、珍しいですね、ゴブリン魔道士ですよ」
「そうだな、洞窟の中にはいなかったのだが、一匹紛れていたのか」
魔法の火球が放たれようとしているのに、慌てることもなく、アクダムを一瞥しながら話す、サイモンとセント。
「貴様ら……この炎の弾丸が見えないのか!」
アクダムが叫ぶが、彼らは意にも介していない。
この程度の攻撃は、歯牙にもかける必要がない。彼らは人間では最強の七英雄のひとり。そしてその従者なのだが、アクダムには知るよしもない。
「ふざけおって……くらえ!」
叫んで、アクダムが火球を放った。
杖から放たれた炎の球は、サイモンに向けてまっすぐ向かっていったが……
サイモンに届く直前に、まるで水に落ちたかの様に、音も無く空中で霧散した。
「なっ……!?」
アクダムが驚きの表情を浮かべる。
炎の球が、サイモンに効かなかったのではない。彼が着けている銀色の鎧で弾かれたわけでもない。
炎の球は……鎧に届く直前で、まるで水に溶けるかの様に、霧散して消滅したのだ。
「ばかなっ! ふざけるな!!」
アクダムが叫んで、再び火球を打ち出す。
しかし、何発撃っても結果は同じで、サイモンの鎧に届く手前で、音も無く散る様に、火球は消滅してしまうのだった。
聖騎士サイモンが身につけている銀色の全身鎧。それは、魔法銀……ミスリルで作られていた。
あらゆる魔力を弾き、打ち消すミスリルの効果で、魔法の火球は届かずに打ち消されていたのだ。
「くそっ……くそっ!」
アクダムが火球を打ち続けるが、何発撃っても結果は変わらなかった。
「……そろそろ、目障りになってきたな」
サイモンがそう言って、長剣を薙いだ。
あっさりと刎ねられたアクダムの首が、宙を舞う。
「何 故、効……か………な…………い」
疑問の言葉を呟きながら。
斬られたアクダムの首が、ころころと地面を転がった。
その首を、従者のセントが無造作に拾い上げる。
「ゴブリンの首、ひとつ追加ですね」
「これでこの洞窟の討伐も一段落だな」
サイモンがそう言って頷く。
「首と石を持って、タヴェルト侯に報告に行くとしようか。その後は『灰の街』にも知らせに行こう」
サイモンが言った。
「そして、お前はそのまましばらく、『灰の街』に滞在して待っていてくれ。さっきのゴブリン魔道士の報酬については、お前の小遣いにして良いぞ。それで暫くは、羽根を伸ばして過ごせる筈だ」
「本当ですか? ありがとうございます」
従者のセントは喜びつつも尋ねた。
「サイモン様はどうされるのですか?」
「折角だから……少し南に足を伸ばして、『ゴブリリ』とやらを斬っておこうと思う」
サイモンは、空を見上げながら言った。
「『魔光石の大結晶』回収のついでにゴブリンの勢力を削げ、とのタヴェルト侯の意向にも合うし、百年に一度の珍しいゴブリンらしいから、首を取っておけば価値が高そうだ」
「なるほど、それもいいですな」
「南のヘルシラント……とやらで、『ゴブリリ』の首を取ってくるから、その後に改めて『灰の街』で落ち合うとしよう」
そう言って、サイモンは南の空を眺めたのだった。
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