第48話 来訪の真意

 サラクを追い詰めたかの様に見えた、ウス=コタ。

 しかし、その時。


「お止めなさい!」

 小さくも、鋭い声が周りに響いた。



 そして、次の瞬間……

「!?」

 ウス=コタの手の中で、ぽろりとなにかがこぼれた。

 それは……振り上げていた、薙刀の先端だった。

「なっ!?」

 何の前触れも無く、薙刀の柄の部分が、まるで切り取られた様に、先端が地面に転げ落ちる。

 実際には、切られたのではない。薙刀の柄が……突然「消えた」のだ。


「こ、これは!?」

 驚いて手元を見るウス=コタ。


 そして、次の瞬間……乗馬が、がくりと揺れた。

 馬が突然、跪く様に脚を曲げて、腰を落としたのだ。

「なっ……!?」

 突然の動きにバランスを崩し、落馬寸前となったウス=コタは、思わず咄嗟に手綱に掴まる。


 馬の足元の地面が消えた事で、ウス=コタの乗騎が慌てて腰を落とす形になったのだ。

 立ち止まり、何とか体勢を整えるウス=コタ。

 その前に、門の中から、一人の小柄な少女が歩み寄ってくるのが見えた。

 赤い縁の眼鏡を掛け、まるで人間の様にも見える、薄い緑肌、白い髪に小さめの耳を持つ少女。

 何名かのゴブリンを従え、ウス=コタの前に立ち止まる。


 それはまるで……ウス=コタと乗馬が、この少女に跪き、停止させられた様な姿だった。


「こ、これはいったい…… 何故、馬が突然……?」

 ウス=コタが驚いた声を上げる。

 その前に、騎馬に乗ったサラクが戻ってきた。


「これが……りり様のお力だ」

 サラクが、荒くなっていた息を整えながら言った。


「何……だと? すると、こいつが……」

 ウス=コタは驚いて目の前の少女を見た。

「口を慎め、無礼者」

 サラクが、窘めて言った。

「そうだ、このお方がりり様だ。

 ……お前は、りり様に慈悲をかけられたのが判らぬのか」

「慈悲?」

「りり様は、お前自身を消そうと思えば消せたのに、警告に止めて下さったのだ。お前の手元を、そして足元を……よく見てみろ」


 その言葉に、ウス=コタが手元を見る。

 薙刀の柄が、削り取られたかの様に、忽然と消滅していた。

 そして続いて、足元を見た。

 馬が脚を取られた地面が……綺麗に切り取られた様に、跡形も無く消えている。


「こ、これはまさか……消滅の力?」

「そうだ」サラクが言った。

「『ゴブリリ』である、りり様の消滅能力だ」

 その言葉に、ウス=コタはもう一度、消滅させられた薙刀の柄と、地面を見比べる。

「お前自身を消すこともできたのだ。お前は情けを掛けられたのだ」

「……………」

 手元を見る。決して折れぬ筈の焔鉄で作られた、薙刀が……易々と削られている。

 そして、改めて足元を見る。馬の足元、堅い地面が、まるで四角く削り取ったかの様に、綺麗に消えていた。

 消滅能力は、今回はあくまでも、自分の攻撃を、馬の動きを止めるために使われていた。

 しかし、もし、この能力が自分自身に向けられていたら、自分は……。



「……っ!」

 ウス=コタの顔が真っ赤になる。


 「ゴブリリ」の力。

 情報としては聞いていたが、「消滅の能力」がここまでだとは思わなかった。

 何の前触れもなく、自身の手元を、そして足元を「消滅の力」で削られた。

 勿論防ぐことなどできない。そもそも、使われた事にすら気づかなかったのだ。

 この力で、自分の身体も四角く削り取る事ができたというのか……? そして、敢えて殺さずに、手元の武器だけを消し、足元の地面だけを削って、動きを止めたというのか?


 自分を「消滅」させ、殺そうと思えば殺せたのに、敢えて情けを掛けたというのか……?

「……………っ!」

 自分が情けを掛けられたという事実に、頭の先に血が上ってくるのを感じる。



 ……………



「……………」


 しかし、やがて彼は、深呼吸をして。

 ふう、とため息をつくと、馬から下りた。

 そして、目の前に立つ少女の前まで来て、跪いたのだった。




 ……………



「はじめまして、りり様。俺…私は、マイクチェク族のウス=コタと言います」

 思っていた感じとは異なり、最初から敬語で話しかけてくる。一定の礼儀は心得ている様だった。


「名前は聞いた事があります……マイクチェク族の王、サウ=コタ王の子息かと」

 わたしの横で、サラクが補足説明してくれるが、それを打ち消す様に、彼は言った。


「……いえ。今は私が、マイクチェク族の族長となります」

 そして、一息おいて、言った。

「父王、サウ=コタ王は亡くなりましたので」


「えっ?」

 思わぬ言葉に、わたしたちは、驚いてウス=コタを見た。


「今回、その事で参りました。

 りり様」


 続いてウス=コタから語られた言葉は……驚くべきものだった。


「マイクチェク族を……そして、全てのゴブリンを、助けていただきたい。

 どうか、俺と共に……討たれた、父王の敵を取っていただき、マイクチェク族を……。いや、全てのゴブリンを救ってくだされ」

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