第47話 ウス=コタ VS サラク
ウス=コタが薙刀を振り降ろそうと、馬をサラクの方に向けて走らせる。
だが、それより前に、サラクは馬の横腹を蹴って掛けだしていた。
「待て! 叩き斬ってやる」
ウス=コタが、前を駆けるサラクに叫ぶ。
前を走るサラクに追いつくべく、鞭代わりに薙刀の柄で馬の腹を打つ。
加速したウス=コタの馬が、前を走るサラクにじりじりと間を詰めていった。
もう少しで、薙刀の射程距離に入る……その時だった。
サラクが、馬上で身体をぐるりと捻った。
「!?」
そして、素早く後ろ向きに矢を放つ。
騎乗を得意とするイプ=スキ族の騎射技、後方射撃、押し捻り。
イプ=スキ族の中でも最強クラスの戦士であるサラクの動作は、素早く、そして正確だった。
「!!」
ウス=コタが咄嗟に薙刀を構えるが、鋭く伸びる矢は彼の想定を上回る速さだった。
がん、と頭に衝撃が走る。サラクの放った矢は、またも彼の兜飾りを打ち抜いていた。
「くっ……貴様……!」
怒りにウス=コタの顔が真っ赤になる。
しかし同時に、サラクの驚くべき射技に驚嘆していた。
(あの状況からも撃てるのか……!? それも、あの速さの矢を!?)
馬で逃げていた筈なのに、馬上で後方に振り向いての、「押し捻り」による射撃。
しかも……振り向いて、撃つ。一瞬しか狙う時間が無かった筈なのに、正確に、そして鋭く、狙った場所に当てている。
騎射を得意とするイプ=スキ族最高の戦士である、サラクの……恐るべき技だった。
だが、冷静にサラクの技術を評価しつつも、やはりウス=コタには怒りの感情がわき上がってくる。
自分の身体ではなく、兜飾りを打ち抜いている。つまりそれは……敢えて、身体には当てていないという事。
力の違いを見せつける事で……自分が屈服すると考えている、という事。
そしてそれは、ウス=コタの……自分の力が「この程度」だと考えている、という事だ。
それが……許せない。
自分の力は、「この程度」では無いのだ。
ここで舐められるなど、許されない。
「少しはやるようだが」
ウス=コタの表情が引き締まった。
「これで勝ったと思っているのか? 調子に乗るなよ」
「マイクチェク族に、ウス=コタ有りと言われた実力を見せてやる!」
改めて乗騎に合図し、サラクを追って走り始める。
それを見て、サラクも馬を走らせた。
(お前の手の内が知れたぞ……これなら、どうだ?)
サラクを追いかけるウス=コタだが……騎馬の動きが変わった。
彼の手綱捌きに応じて……ウス=コタの騎馬がすっと立ち位置を変える。
右側に回り、サラクの右後方から追いかける形に変わったのだ。
「……………」
その様子を見て、サラクがほう、と小さく呟いた。
サラクが弓矢を持つ様子を見て、即座に右利きだと判断したのだろう。
右利きの弓騎兵にとって、騎馬の右後方は身体を捻っても矢が打てない、死角に当たる。ウス=コタは、その死角に入り込んだのだ。
関知したサラクは、逃げながらぐるりと馬首を巡らせて、ウス=コタが攻撃範囲に入る様に、向きを変えようとする。
しかしウス=コタは、巧みに騎馬を御して、死角となるサラクの右後方位置を確保し続けていた。
そしてそのまま、薙刀で斬るべくじりじりと間隔を詰めていく。
「……………」
「逃がすか!」
サラクが逃げながらも、馬の進路を変えて、ウス=コタを攻撃範囲に捕らえようとする。
しかし、ウス=コタは巧みな騎馬捌きでサラクの右後方に回り、死角である位置を確保し続けていた。
そして、じりじりとサラクとの距離を詰めていく。
その様子を眺めていたヘルシラントのゴブリンたちから、「おお……」と感嘆の声が上がる。サラクは勿論だが、ウス=コタの騎乗技術は、驚くべきものだった。
マイクチェク族は、歩兵としての戦いが主であり、騎乗技術はイプ=スキ族の方が上手の筈。しかし、ウス=コタは巧みな騎乗技術で、イプ=スキ族屈指の使い手であるサラクと互角にやり遣っているのであった。
双方が巧みな馬捌きを見せながらも、ウス=コタが見事な騎乗技術で有利な位置を確保し続けている。
そして、しばらく、無言の……そして矢の放たれない騎乗での攻防が続いた後……。
ついに、ウス=コタの騎馬がサラクに追いついた。
「捕らえたぞ!」
「……………!」
サラクが何か動きを見せようとしたが、一瞬、逡巡する。
その隙を逃さず、ウス=コタは騎馬を体当たりさせた。
どんっ、という衝撃と共に、体当たりで弾かれたサラクの騎馬がぐらりと揺れる。
勿論、その隙を見逃すウス=コタでは無かった。
「おらっ、捕らえたぞ!」
ウス=コタが薙刀を振り上げた。
「まずは馬から叩き斬ってやる!」
「……………!」
……………
……その時だった。
「お止めなさい!」
小さくも、鋭い声が周りに響いた。
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