第46話 ウス=コタの来訪
「我が名は、マイクチェク族のウス=コタ!」
「ヘルシラントの族長はいるか!? お会いしたい」
ヘルシラントの洞窟の入口の前で、大声で叫ぶ、騎馬武者が一人。
それは……銀色に輝く薙刀を持ったゴブリンだった。
普通のゴブリンよりも明らかに大柄な体躯。それは、彼が叫んでいる通り、マイクチェク族の特徴でもあった。
「門番ども! 何をしている!? 早く部族長……『ヘルシラントのリリ』をここに呼んで来い!」
ウス=コタと名乗るゴブリンは、薙刀を振り回しながら大声で叫んでいる。
「ま……まずは武器を降ろされよ」彼の勢いに気圧されながらも、門番が言った。
「りり様との謁見を望むなら、洞窟の中に案内するから、武器を預けて貰いたい」
「黙れ!」ウス=コタが一喝した。
「俺様は、『ヘルシラントのリリ』をここに連れてこいと言っているのだ!」
そう叫んで、薙刀の柄を門番ゴブリンに叩きつける。
馬上から一撃を受けた門番のゴブリンは、地面に倒れ込んだ。
「何をする!」
周りのゴブリンたちが刀を抜いて、ウス=コタを取り囲む。
しかし、ウス=コタは意にも介さずに、ぶん、と薙刀を振り回した。
「……………!」
振り回される刃と彼が放つ殺気に、近づく事ができず、門番のゴブリン達が後ずさる。
ウス=コタは、その様子を見て、鼻で笑いながら言った。
「貴様らなど相手になるか!」
そして、薙刀を突きつけながら、傲然と笑った。
「出てくる者をみんな打ちのめしていけば、いずれ『リリ』も出てくるしかないだろう。早めに呼んだ方が、痛い目に遭わずに済むぞ! ヘルシラントの弱兵ども!」
……………
「何ですって!? 門の外で、マイクチェク族のゴブリンが暴れている?」
「族長の間」で、報告を受けたわたしは驚いて尋ねた。
「はっ、強さを誇示するように、門番やヘルシラントの戦士たちを打ちのめしております。身体も大きく、かなりの強さで、一対一では正直歯が立ちません」
「それで、その男は何を求めているの?」
「りり様への会見を求めて、門の外で叫び続けております。今はなんとか場を収めるべく、リーナ様が対応されていますが、りり様が来るように、との一点張りの様です」
「……………」
動きは無かったものの、緊張感の高まる状態で、いきなりやって来たマイクチェク族の若者。
彼は、マイクチェク族からの正式な使者なのだろうか。
そして、暴れている理由は何故なのだろうか。
わたしは考え込んだ。
いずれにしても、困った事になった。
彼に、好き勝手に暴れさせたままで、大きな顔をさせたままなのは良くない。
だが、この状況でわたしが出て行った場合、彼の武威に負けて「呼び出しに応じた」「引きずり出された」形となってしまう。
彼の言いなりになる形となり、わたしたちヘルシラント族の体面は丸つぶれだ。彼が何を求めているかは判らないが、今後のマイクチェク族との関係の第一歩がそれでは、悪い影響を残すだろう。
できれば、彼が暴れ回っている状態を、まずは何とかしたい。
だが、戦闘に特化した大柄なマイクチェク族のゴブリンの……それも、名のある戦士であると思われる来訪者に……ヘルシラントで勝てる者はおそらくいないだろう。
そうなると、やはりわたし自身が出向いて話を聞くしかないのか? だが、この流れでわたしが出て行くのでは……彼の要求に屈している事になる。
彼……ウス=コタと名乗ったマイクチェク族のゴブリンが、何の用で来たのか。何を求めてくるかは判らないが、「引きずり出されて」会見に応じるのは、絶対に良くない。
でも、どうすれば……
「りり様」
悩んでいると、一同に混じって聞いていたサラクが口を開いた。
「僭越ですが、お許しをいただければ、私が対応させていただきたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「おおっ……!」
一同が安堵した声を上げながら、サラクの方を見た。
皆の反応を見て、わたしも何だかほっとした気分になる。
本来なら、この事態の対応を、ヘルシラント族ではない者。元敵で、傘下に加わったばかりのイプ=スキ族であるサラクに任せる事には、抵抗がある筈だ。
しかし、このヘルシラントに来てからの彼の謙虚な態度は、ヘルシラントの皆に好感を持って受け入れられていた。
今回のサラクの進言の際にも、皆からは嫌悪感ではなく、まずは安堵感が出ている。それこそが、サラクの、そしてサカ少年がヘルシラントの者たちの中で好感を得ている事の何よりの証拠なのだった。
わたしは頷いて、サラクに言った。
「サラク。お願いできますか?」
「はい」
サラクが頷く。
「……客分の私ではありますが、お引き受けしましょう。お任せ下さい」
……………
マイクチェク族のウス=コタが暴れ回る、ヘルシラント洞窟の入口。
門の前で、騎馬武者と女性ゴブリンの押し問答が続いていた。
「早く『ヘルシラントのリリ』を連れてこいと言っている!」
大声で繰り返し叫ぶ、マイクチェク族のウス=コタ。
その前に立ったリーナも、同じ返答を繰り返した。
「りり様に謁見を求めたいのであれば、馬から下りて武器を預けて下さい」
「黙れ!」
ウス=コタが大声を上げる。打ちのめされた門番やヘルシラント族のゴブリンたちが、その様子を遠巻きに見守っていた。
「『リリ』をここまで連れてこいと言っているだろう!」
ウス=コタの怒号がびりびりと空気を揺らすが、リーナは臆さずに答える。
「ご用向きがあるなら、りり様の秘書である私がお聞きしますが?」
「お前では話にならん! 『ヘルシラントのリリ』に直接伝えるから、ここに連れてこい!」
「りり様に謁見を求めたいのであれば、馬から下りて武器を預けて下さい」
リーナが粘り強く対応するが、堂々巡りの様子だ。ウス=コタが痺れを切らせば、リーナに危害を加えるのではないか。そして、強行突破して門から踏み込んでくるのではないか……。周りのゴブリンたちは気が気でなかった。
その時だった。
「……私が話を聞こうか」
その声とともに、洞窟の中から騎馬に乗った一人のゴブリンが歩き出してきた。
背中には、短弓を背負っている。
「何だ、貴様は!?」
新しく出てきたゴブリンに、ウス=コタが尋ねる。
彼は、弓を取り出しながら答えた。
「私は、イプ=スキ族のサラクだ」
「ふん……」族名を聞いて、ウス=コタは鼻で笑った。
「何故こんなところにイプ=スキ族の者がいるのだ?」
「ヘルシラントの下風に立ったのか? イプ=スキの弱兵など話になるか!」
馬鹿にした口調で吐き捨てる様に言った。
その瞬間。
彼の頭上で、風が切る音がした。そして、頭の先端に衝撃が走る。
「!?」
ウス=コタが、驚いて頭上に目を遣る。
兜の先端についている飾りが……サラクの放った矢に貫かれていた。
「なっ……!?」
一瞬の早業だった。弓をこちらに向けた様子も、狙う様子も無かった。何の予備動作も無く、すばやく放った矢が、正確にウス=コタの兜飾りに命中したのだった。
「き、貴様……!」
「……。弱兵かどうか、その身体で味わってみるか?」
そう言って、サラクは矢先をウス=コタの顔に向けて突きつけた。
ウス=コタの顔がみるみる赤くなる。
「貴様……! 上等だ、後悔するなよ!」
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