第53話 聖騎士サイモンの動向

「聖騎士サイモンにマイクチェク族の洞窟を襲わせ、そして次にここ、ヘルシラントを襲わせようとしているのは……貴方たち、『灰の街』ですか?」


 わたしの問いに、レバナスはにやりと笑った。

「そこまで情報が入っているとは、話が早いですね」


 その言葉に、周囲のゴブリンたちがざわめき、そして殺気が一気に高まる。

「貴様! 叩き切ってやる!」

 ウス=コタが腰に差していた蛮刀を抜いた。


 その様子に、レバナスは慌てた様に手を振った。

「違います違います! サイモン襲撃の首謀者は、『灰の街』ではありません! 私はあくまで、サイモンの事をご存じなのですね、の意味で言っただけでして……」

「ならば、この動きは誰が指示を出しているのです!?」

 わたしの横から、コアクトが厳しい声で尋ねた。


「今回のゴブリン討伐の依頼者は……タヴェルト侯爵です」

 レバナスが答えた。

「タヴェルト侯?」

 聞き慣れない名前に当惑していると、横からコアクトが補足説明してくれた。

「我々の住む『火の国』の西部、『後ろの国』に領土を持つ、人間の諸侯です」

「その通りです」

 コアクトの説明に、レバナスが頷いた。


 わたしは、改めて地理関係を思い出していた。


 「後ろの国」は、わたしたちが住む「火の国」の西北に位置する地方だ。

 「火の国」の隣接地域……ではあるのだが、地理的には隔絶されており、両地方は山脈で隔てられている。

 行き来するには「ク=マの回廊」と言われる狭い渓谷部を通るしかないのだが、この地帯は山賊たちが割拠する無法地帯と化しており、通るのは容易ではない。

 この地域を通行する冒険者、隊商、旅行者は危険と隣り合わせだ。山賊対策が必要になる。大人しく各所で通行料を払うか、または武力などの十分な対策を行った者たちだけしか、通ろうとは考えない。危険を考えると「割に合わない」ルートである。

 要するに、通常では行き来しない場所なので、わたしたち「火の国」のゴブリンにとっては、地理的、地政学的にあまり考慮されていない地域だった。


 それは「火の国」北部の、「ク=マの回廊」に面する地域を支配下としている、マイクチェク族にとっても同じ筈だ。

 「後ろの国」の領主であるタヴェルト侯の視点からの同様の筈だ。もし「火の国」への進出を図るとしても、そもそも「ク=マの回廊」を何とかしないと、通行する事すらできない。

 そんな往来の無い地方の領主と、マイクチェク族。彼らの間に、聖騎士サイモンを送り込む様な接点があるのだろうか。



「そのタヴェルト侯が、なぜ『火の国』のゴブリンたちを襲わせたというのですか?」

 わたしの問いに、レバナスが答えた。

「「『魔光石』の大結晶」の回収のためです」

「どういう事ですか?」

 突然出てきた「『魔光石』の大結晶」という単語に当惑しながら尋ねる。


 わたしたちの問いに、レバナスが答えた。

「今回、取引の最中にマイクチェク族に奪われた「『魔光石』の大結晶」ですが、元々、我々が皆さんから買い取った後、タヴェルト侯に献上する予定の品物でした」


 レバナスの説明によると、「灰の街」は、「後ろの国」への通商路拡大を図るために、この地域をほぼ支配しているタヴェルト侯への「つなぎ」として「『魔光石』の大結晶」を献上予定だったそうだ。

 「後ろの国」における通商活動の許可を得るとともに、あわよくば「ク=マの回廊」に討伐軍を派遣して貰って山賊たちを討伐、風通しを良くして通商の安全を確保する思惑もあったらしい。


「その品物が、マイクチェク族のゴブリンに奪われた事を報告した結果……タヴェルト侯は、聖騎士サイモンに奪回を依頼して、今回の事態に至ったわけです」

 周りを見回しながら、レバナスは続けた。

「奪回の依頼は無事に達成され、マイクチェク族のゴブリンたちは討伐されました。

 そして、聖騎士サイモンは「『魔光石』の大結晶」を持ち帰り、改めてタヴェルト侯に献上されています」


 あの取引でわたしたちが用意した「『魔光石』の大結晶」が、そんな形で事態に影響していたとは思わなかった。

 献上される予定が奪われた事で、人間の諸侯が、「七英雄」である聖騎士サイモンに(おそらくは高額の)依頼をしてまで回収をしようとする品物。

 「魔光石」の、しかも大きな結晶は、わたしたちゴブリンが認識している以上に、価値のあるものなのかもしれない。


「タヴェルト侯の依頼は、『魔光石』の大結晶の奪回と、奪ったマイクチェク族の討伐だけでした。

 しかし、それだけではありません。

 マイクチェク族討伐を通じて、聖騎士サイモンは、新たな目標を見いだして、今は、それに向けて動き出しています」


「その新たな目標というのは……」

 コアクトの言葉に、レバナスはわたしの方を見ながら、頷いて言った。

「はい。既にご存じの様ですね」


「聖騎士サイモンの次の標的は……りり様です」

 彼は、ウス=コタと同じ事を言ったのだった。


「今回のマイクチェク族討伐を通じて、『火の国』に『ゴブリリ』が誕生した事を知った聖騎士サイモンは……『ゴブリリ』も討伐する事にした様です」

「それも、タヴェルト侯の命令、依頼なのですか?」

 コアクトの問いに、レバナスは首を横に振った。

「いいえ。どちらかと言えば、サイモン自身の考えの様です。この機会にゴブリンの勢力をより叩いておくため。そして、討伐モンスターのコレクション的な意味合いも強いようです」

 

 レバナスの言葉に、わたしはため息をついた。

 アイテム回収の、ゴブリン討伐の「ついで」的な扱いで。そしてコレクション収集の感覚で命を狙われては、たまったものではない。


 だが、実際に聖騎士サイモンが動き出しているのは、事実だ。

 依頼で動いているわけではなく、聖騎士サイモン本人の意思なので、話し合いや交渉で回避できる余地はなさそうだ。

 そして、「ゴブリンの勢力を叩く」事も目的になっている以上、素直に倒されるわけにはいかない。ヘルシラントの、そして「火の国」のゴブリンたちのためにも、かならず撃退して、返り討ちにしなければならないのだ。

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