第40話 変わりゆく情勢
マイクチェク族に襲われた者達が退出した後、わたしたちは、「族長の間」で改めて最近の情勢について話していた。
爺が、壁に掛けられた地図を見ながら言った。
「先日の戦いでイプ=スキ族が弱ったので、マイクチェク族にとっては有利な環境に変わって来ております」
「火の国」地方の北部に大きな勢力を持つ、マイクチェク族。
彼らの勢力が南下を続けると、イプ=スキ族の次は、更に南にあるわたしたちヘルシラントが視野に入ってくる。彼らにとっては、このまま南に南に勢力を伸ばし続ければ、「火の国」全体を統一し、支配できるとの目論見だろうか。
「マイクチェク族は南下を続けており、イプ=スキ族の拠点である『チランの村』を制圧したとの情報が入っています」
爺の言葉に、わたしは考え込んだ。
「チランの村」は、イプ=スキ族支配地域の北部、マイクチェク族の支配地域との境界に位置していた村だ。村の規模も大きく、重要拠点として争奪戦の対象となっていた。
これまではイプ=スキ族側が弓騎兵でマイクチェク側を圧倒し、常に防衛に成功していた筈だが……今回はマイクチェク族が勝利、占領に成功したらしい。
わたしたちヘルシラント族は、先日の「ナウギ湖畔の戦い」でイプ=スキ族に勝利。攻撃を撃退する事ができた。
イプ=スキ族はその際に大きな被害を出したわけだが、この事で戦力が下がったのだろう。わたしたちの戦いが、北の地、マイクチェクとの勢力争いにも影響を及ぼしている様だった。
ともあれ、イプ=スキ族とマイクチェク族との力関係が変化し、マイクチェク族が勢力をどんどん南に伸ばしている状況になっている様だ。
現在矢面に立っているのはイプ=スキ族だが、彼らが押され続ければ、いずれはわたしたちヘルシラント族にも影響が出てくるだろう。
いや、「いずれは」ではない。今回、交易の積み荷を奪われるという形で、わたしたちヘルシラント族にも影響が出てきたのだ。
……………
「ただ……残念ですが、今回は、どうしようもありませんな」
爺の言葉に、「族長の間」に集まった皆は、ため息をついた。
「マイクチェク族に抗議の使節を出したところで、話を聞いてくれるわけではありませんし、ましてや、魔光石や荷物を返してくれるとも思えません」
「そうね……」
わたしは頷いた。そんな事をしても、使者が危険な目に遭うだけだろう。
「『灰の街』とは、改めてもう一度取引しましょう。打ち合わせの使節を出す準備をお願いします」
「承知いたしました」
わたしの指示に、リーナが頷く。
「『魔光石』の大結晶、また削り出さないといけないわね」
「そうですね……」
「魔光石」の鉱脈があるとはいえ、あれほど大きな結晶は、それほどあるわけではない。今回の取引にあたり「灰の街」からの強い要望で用意したわけだが……同じ大きさの大結晶をもう一つ用意しないとならないとは、先々を考えると結構な痛手の様な感じがする。
「……それに、マイクチェク族に対する警戒は、これからも必要ね」
「はい。今回、隊商を襲うような行動を取ったという事は、ゴブリンも人間も関係なく、『火の国』全体を征服するつもりなのだと思います」
「人間たちも敵に回すつもりだなんて……本気なのかしら?」
「少なくとも、マイクチェク族自身は、それだけの自信を持っているのだと思います。『火の国』全土のゴブリンを征服してしまえば、人間も恐るるに足りないと」
リーナが答える。イプ=スキ族との勢力争いが有利になった事で、自信を深めたのだろうか。
「灰の街」は「火の国」の北部……マイクチェク族が勢力している範囲の外れにある。マイクチェク族がこうした姿勢である以上は、「灰の街」との取引にも細心の注意が必要だろう。
「また襲われない様に、次回の取引場所については、『灰の街』側と慎重に調整しましょう」
荷物を奪われて犠牲者まで出た「灰の街」の人間たちが、このまま黙っているとは思えない。討伐するための軍や、冒険者たちを送り込むなど、マイクチェク族に対して何らかの対抗策を打ってくるだろう。
しかし、「灰の街」が何とかしてくれるだろうと期待して、対策を怠るわけにはいかない。今回の様な突発的な事件だけでなく、いずれは彼らマイクチェク族の勢力が、わたしたちヘルシラントにも伸びてくる事を考えておかねばならないだろう。
「イプ=スキ族に備えるだけでも大変なのに、次から次へと問題が出てくるわね……」
わたしはため息をつき、部屋にいる皆も頷いたのだった。
イプ=スキ族の反攻への備え。そして勢力を伸ばしつつあるマイクチェク族への備え。
これからも警戒して、対策しなければならない事が、山積みだ。
……………
……だが、情勢は、わたしが考えているよりも、早く動いていたのだった。
……………
荷物が奪われた事件から、数日後のことだった。
「りり様、大変です!」
「玉座の間」に、慌てた様子のゴブリンが駆け込んできた。
「何事ですか?」
「そ、その……」
彼は、一息ついてから、おもむろに言った。
「……イプ=スキ族から、使者がやって来ました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます