第39話 マイクチェク族の影
ナウギ湖畔で行われた、イプ=スキ族との戦いから、しばらく時が過ぎた。
わたしは、ヘルシラントの村落を巡って、「
前回戦いの場となったナウギ湖畔にも、忘れずに堀を増設しておく。「
また、早期に発見できるよう、見張り台の設置も忘れずに行っておく。
あの戦いで、イプ=スキ族には大きなダメージを与えた筈だが、まだまだ安心できない。彼らに与えたダメージが大きかっただけに、次回の攻撃では復讐心も大きいだろうし、同じ手が何度も通用するわけでもない。そして、今度は予告なしに襲ってくるかもしれない。
彼らが痛手から回復するにはある程度の期間が必要だと思うけれど……その間に、万全の対策を施しておく必要があるだろう。
……………
そうしたイプ=スキ族対策を行いながら過ごしていた、ある日のことだった。
「大変です、りり様!」
「族長の間」に、ゴブリンたちが駆け込んできた。彼らに連れられて、怪我をしたゴブリンたちも運び込まれて来る。
「何事ですか!?」
「『灰の街』との取引に向かった隊商が、マイクチェク族に襲われました!」
「何ですって?」
わたしは驚いて尋ねる。言われてみると、確かに怪我をしたゴブリンたちは、取引のために「灰の街」に向かわせた者たちだ。
「申し訳ありません、りり様。積荷を……積荷を奪われてしまいました」
怪我をしたゴブリンたちが、玉座の前に跪いて言った。
彼らは、少し前に、人間の街である「灰の街」との取引のために、派遣した者たちだ。
先日の「カイモンの街」との取引に続く、「火の国」最大の街である「灰の街」との取引。
こちらからは「魔光石」の大結晶を。それと交換で、「灰の街」からは書物や調度品、様々な道具や、作物の種や苗などを仕入れる計画だった。
今回の取引で仕入れる品物は、わたし自身が楽しみにしていた書物は勿論だし、その他の品物も、ヘルシラント族の生活に役立ち、より便利にしてくれる筈だった。
それなのに……彼らの報告によれば、取引の場をマイクチェク族のゴブリンたちに襲われ、わたしたちヘルシラント側が用意した「魔光石」の大結晶も。「灰の街」側が用意した様々な品物も、全て奪われてしまったとの事だった。
わたしがヘルシラントから派遣したゴブリンたちには多数の負傷者が出ているし、「灰の街」側の人間たちには、犠牲者も出ているそうだ。
「灰の街」は、マイクチェク族と同様に、「火の国」の北部に位置する。だから、今回交換取引の場となった場所は、確かにマイクチェク族の縄張りに近い。
だが、イプ=スキ族との境界にも近い、中間地域と言える場所を設定していたので、双方の手が及ばず、比較的安全だろうと判断していた。
どちらかと言うと、往路復路でイプ=スキ族に襲われる事の方を心配しており、道中でヘルシラントのゴブリンだとバレない様、人間に変装させたり、なるべくイプ=スキ族領内から外れた街道を通るなど、様々な対策を行っていた。
しかしまさか、たどり着いた取引の場で、マイクチェク族の方に襲われるとは……。
いや、そもそも、部族間の情勢とは関係なく、「人間の街との取引の場は襲わない」というのが、ゴブリンたちの暗黙のルールだ。
単独の旅人を襲うならともかく、人間の街との安定した関係は、取引で様々な品物を入手するためにも必要だ。
それに人間の街と敵対してしまうと、討伐軍を送られたり、ゴブリン退治の冒険者を差し向けられたりする事になりかねない。部族そのものの、そしてゴブリン全体の存続に関わるのだ。
それなのに、取引の場を襲うだなんて……マイクチェク族は、何を考えているのだろうか。
「貴方たちに責任はありません。まずはじっくりと傷を癒やして下さい」
わたしは、怪我をしたゴブリンたちにそう言った。
ゴブリンたちは、一礼をして下がっていく。肩を貸されながら、そしてよろよろと歩きながら下がっていく彼らの傷は重い。
彼らにはヘルシラントの温泉で、じっくりと傷を癒やして貰いたいものだ。
……………
下がっていくゴブリンたちを見送ってから、わたしはリーナや爺たちに話しかけた。
「それにしても、マイクチェク族がこんな事をするなんて……」
わたしの言葉に、リーナと爺は考え込みながら言った。
「彼らは元々、どちらかと言えば粗暴な部族でしたが……まさか、人間たちや取引の場を襲い始めるとは思いませんでした」
「イプ=スキ族との戦いが有利になって来たので、自信を深めたのかもしれません。ゴブリンだけでなく、人間たちや街も含めて、『火の国』全体を支配するつもりなのかもしれませんな」
爺はそう言って、改めて最近の情勢について話しはじめたのだった。
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