第38話 イプ=スキ族の苦境

 イプ=スキ族の本拠地、イプ=スキの村は、深刻な雰囲気に包まれていた。

 村にいるゴブリンたちはいつもより多い。しかしそれは、陥落したチランの村から避難してきたゴブリンたちが混じっていたからだった。

 マイクチェク軍が迫る中、村を追われ、着の身着のままで逃げてきた彼らの表情は暗い。そして、彼らの様子を見れば、このイプ=スキの地も安全ではない事が感じられて……イプ=スキの住民たちの表情も暗かった。


 そして何より、先日のヘルシラント戦に続いて、今回のマイクチェク族との戦いにおける惨敗。次々と討たれた族長。沢山のけが人たち。そして戻らぬ戦死者たちと、奪われた村。

 イプ=スキ族全体が、暗い、絶望的な空気に包まれていた。



 ……………



 族長の幕舎の中では、更に暗い雰囲気に包まれていた。


 イプ=スキ族の代表者たちが集まり、暗い表情で顔を見合わせている。

 その中央にいるのは、椅子に座った一人の小さな影だった。


「サラク、どうしよう」

 不安げな表情をしているゴブリンの少年を、サラクが見つめる。

 この少年が……イプ=スキ族の新しい族長、サカだった。


 ヘルシラント族に討たれた先代の族長、スナの一人息子。彼がまだ幼いので、成長を待つ意味で、スナ亡き後の族長には、中継ぎとしてスナの弟を立てていたのだ。

 しかし、二人の弟は今回のマイクチェク族との戦いでどちらも討たれてしまった。そのため結局、この少年が族長となったのだ。

 族長家であるムーシ家は、少し前までは族長のスナを中心とした盤石の体勢だったのに……今やもう、この少年しか残されていない。


 族長が幼君となり、最側近のサラクにとっては、イプ=スキ族の事実上のトップになる機会が巡ってきたとも言える。

 だが、先代族長であるスナの郎党として、幼少期から共に過ごしてきた彼には……彼の息子、そして族長のムーシ家を見捨てる事など考えられなかった。


 それに、それ以前の問題として、今やイプ=スキ族自体が存亡の危機に瀕している。この状況で幼君を抱えて、この危機的な状況の舵取りをする責任が、サラクの身に、のし掛かっているとも言えるのだった。



 ……………



 ヘルシラント戦に続き、北方のマイクチェク族との戦いでも大ダメージを受けた、イプ=スキ族。

 戦力である騎馬隊の多くを失い、重要拠点であるチランの村も陥落してしまった。

 ヘルシラント族の動向はわからない。だが、少なくともマイクチェク族の方は、更に南下してくる事は確実。

 そして、チランの村に続いて、次々とイプ=スキ族の村に侵略の手が伸びてくる事も確実だ。南進する彼らの侵攻の手が、このイプ=スキに達するのも、時間の問題だろう。

 そしてこの状況の中、族長を次々と失い、今や族長家、ムーシ家には幼い少年一人しか残されていない。


 このままでは、この状況を支えきれないのは、明らかだった。



 ……………


「サラク、どうしよう」

 少年……いや、小児ともいえるかもしれない、小さな主君が、泣きそうな声で尋ねる。

 その言葉に、サラクは下を向いたまま、考え込んだ。



 ……………



 自分たちの置かれている状況。

 周辺の勢力たちとの関係。


 この中で、自分たちイプ=スキ族が生き残るにはどうすべきなのか。

 様々な考えが頭の中を巡る。

 しかし、ぐるぐると考えを何度回してみても、最終的にイプ=スキ族の者たちが「生き残る」ために取るべき方策は、一つの方向にしかまとまっていかないのだった。



 ……………



「……サカ様」

 サラクが言った。

「わたしに一つ考えがあります。……いえ、もはやこの方法しかありません」


 そう言って、サラクはこれから取るべき行動について説明する。

 驚きの声が、周りを囲むイプ=スキ族の重臣たちから漏れる。

 しかし、現在の状況について痛い程認識している彼らからは……最終的には、反対の声は上がらなかった。


 反対の声が無い事を確認して、サラクは改めてサカに問いかけた。

「……サカ様。この方法が無理であれば、イプ=スキ族全員が村や洞窟を捨て、あてのない旅に出るしかありません」

 少年族長の目を見て、語りかける。

「この手段は……お辛い思いをさせるかもしれませんが……私を信じていただけますか?」


 その問いかけに……少年は、少し考えてから、こくりと頷いた。

「うん、みんなが助かるなら」

 まっすぐな目でそう言った少年を見て、サラクはやはり、族長の子だ、と思いを新たにするのだった。


「ありがとうございます。どうか、わたしにお任せ下さい」



 もはや、一刻の猶予も無い。

 そして、マイクチェク族が迫る状況を考えると、動くなら、一刻も早い方がいい。


 サラクは、少年族長であるサカを乗せて……馬を走らせたのだった。

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