第四部 「火の国」統一編
第37話 マイクチェク族の南進
ヘルシラントよりも北方、「火の国」の中部に属する、森外れの平原。
イプ=スキ族の勢力圏であるこの地で、ふたたびゴブリン部族間の戦闘が行われていた。
北方の森から攻めてくる、マイクチェク族。そして、南方から迎え撃つ、イプ=スキ族。
度々繰り返されてきた、戦いの構図である。
これまでの戦いでは、イプ=スキ族の弓騎兵が、距離を取っての騎射で、完封を続けていた。
しかし、今回は……戦いの様相は全く異なっていた。
まず違っていたのは、イプ=スキ族側の軍勢が少なかった事。
先日のヘルシラント侵攻に大敗し、遠征した弓騎兵の大半を失った事が影響して、軍勢の数が大幅に減少していた。
弓騎兵が減った事で、完全にマイクチェク族の歩兵たちを封じる事ができない。
マイクチェク族の歩兵たちは、被害を出しながらも、平原を前進し続けている。
そして、歩兵に守られたマイクチェク族側の弓兵たちを排除することができず、彼らの反撃でイプ=スキ弓騎兵は少なからぬ被害を出していた。
そして、もう一つ違っていたのは……今回、マイクチェク族の軍勢に「彼ら」が居たことだった。
……………
弓矢の飛び交う音に混じって、時折、バン、とまるで破裂音の様な、凄まじく大きな音が響き渡る。
そしてその音が鳴る度に、稲妻の様な赤い弾丸が戦場を疾り、貫かれたイプ=スキ族の弓兵が吹き飛んでいく。
「く……っ!」
その様子を見た、イプ=スキ族の将、サラクが呻く。
彼らが相対する戦場に立つのは、マイクチェク族の族長、サウ=コタ王と副王のワント=シン。
イプ=スキ族がヘルシラント戦で痛手を受けた事を知ってか知らずか……今回、マイクチェク族は、族長たち自らが出陣して来たのだ。
身体の大きなマイクチェク族のゴブリンたちよりも、更に格段に大きな身体の……ゴブリンとは思えない、オークやオーガと見紛う程の巨大な体躯の二人が、戦場に姿を見せていた。
そして、この二人が持っているのは、こちらも巨大な剛弓。
マイクチェク族の王と副王。巨大な体躯の、全身が筋肉とも思える隆々とした体格の彼らが引く、巨大な剛弓から放たれるのは、こちらも大きな、赤い矢。
紅い軌跡を引いて虚空を貫く矢は、その色から、焔鉄で作られていると思われた。
その、彼らから放たれる赤い矢が、轟音と共に、凄まじい速度、凄まじい射程距離、そして凄まじい威力で、イプ=スキ族の騎兵たちを次々と討ち抜いているのだった。
イプ=スキ族の軍勢が万全な状態であれば、それでも全軍から放たれる矢の密度で、そして族長スナの采配で、マイクチェク族を押さえ込む事ができただろう。戦場に姿を見せた、敵の族長を討ち取るチャンスであったかもしれない。
しかし、先のヘルシラント戦で殲滅され、弓騎兵軍団に大ダメージを受け、そして族長スナを失ったイプ=スキ族には……もはやその様な力は残されていなかった。
近づく兵たちは、マイクチェク王と副王の放つ矢で、次々と、吹き飛ばされる、と言ってもいい程の勢いで射倒されていく。
彼らにたじろぐイプ=スキ族たちは、マイクチェク族の陣に有効な打撃を与える事ができない。そうなると、マイクチェク族から放たれる、普通の弓兵たちの矢にも当たって斃れ、あるいは落馬して歩兵に討ち取られていく。
「くっ……何をしておるのだ!!」
イプ=スキ陣営で、冠を付けたゴブリンが焦った叫びを上げる。
「弟様……いえ、族長様、ここは危険です!」
突出する彼を、サラクが必死になって止める。彼は、スナ亡き後イプ=スキ族の族長となった、弟のドビンだった。
「あいつらだ、あの二人を倒すしかない。者ども続け!」
諫言を振り切る様にドビンが叫んで、マイクチェク族の陣に馬を走らせる。何名かのイプ=スキ騎兵がそれに続いた。
「ドビン様! 危険です! お戻り下さい!」
サラクが叫ぶが、ドビンは構わずに突撃していく。
その直後だった。
バァン、と音がして、深紅の稲妻に思える矢が、ドビンの身体を貫いて、サラクの頬をかすめた。
そしてその一呼吸後、矢に貫かれたドビンが衝撃で後方に吹き飛ぶ。
「ドビン様ーーー!!」
叫ぶサラクの目の前で、馬上から吹き飛ばされたドビンが、鮮血とともに、地面を跳ねるように転がっていく。
マイクチェク王の放った矢に貫かれ、胸板に大きな穴が穿たれている。
近づいて確認するまでもない。一撃で事切れていた。
一瞬にして、新たなる族長が討たれてしまったのだ。
族長が討たれた事で、イプ=スキ族の軍勢は動揺して、更に被害を拡大させていく。
マイクチェク王と副王の剛弓は凄まじく、ある程度距離を取っていても、次々とイプ=スキ族の兵たちは吹き飛ばされる様に射られていった。
(なんという事だ。もう一人の弟様は……)
何とかして、体勢を立て直さなければならない。焦りながら、サラクが周囲を見回してその姿を探す。
しかし、ようやく見つかった、と思ったその時……
彼も、サラクのまさに目の前で、マイクチェク王の剛弓が放つ赤い矢に、貫かれて吹き飛ばされていたところであった。
「チ……チャワン様、お討ち死に……!」
悲痛な叫びが戦場に響く。
その間にも、マイクチェク族の矢は降り注ぎ、イプ=スキ族の兵は次々と討たれていった。
「くっ……撤退だ! 引け!」
相次ぐ族長たちの死で、今やイプ=スキ軍の最高位となってしまった、サラクが命ずる。
「し、しかしここで撤退したら、チランの村は……」
側に居た者が言う。サラクは苦渋の表情で言った。
「……占領されるのはもはや止むを得ん。急ぎ、村人だけでも逃がすのだ。すぐにチランの村まで撤退するぞ」
「はっ!」
サラクの命で、急ぎイプ=スキ族の騎兵たちが撤退していく。
その後を追う様に、マイクチェク族の軍勢が、イプ=スキ族兵の死体を踏み越えながら、悠々と前進して行った。
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