第41話 イプ=スキ族からの使者
「イプ=スキ族から、使者がやって来ました」
「族長の間」に入ってきたゴブリンが、慌てた様子で言った。
その言葉に、わたしたちは顔を見合わせた。こんな早いタイミングで、イプ=スキ族が動くとは想定外だった。何の使者なのだろうか。
「また、脅迫や宣戦布告の使者が来たのでしょうか……」
リーナが驚きの表情で言った。
「思った以上に早く来ましたな」
爺もそう言って頷く。
わたしたちは、先日、イプ=スキ族が侵攻してきた「ナウギ湖畔の戦い」の際にやって来た使者の事を思い出していた。
全面降伏、臣従を求める使者。あの無礼な態度は今でもはっきりと覚えている。
彼らの臣従要求を拒否した後。彼らの侵攻によって「ナウギ湖畔の戦い」が行われ、イプ=スキ族は大ダメージを受けた。
族長のスナは戦死。そしてイプ=スキ族の弓騎兵たちも、壊滅的なダメージを受けて撤退した。
更にその後、北方ではマイクチェク族との戦いに敗れて、要衝である「チランの村」を奪われたと聞いている。イプ=スキ族は更に損害を受けた筈だ。
こうした状況を考えると、イプ=スキ族は、当面はマイクチェク族との戦いに力を割くしかないだろう。北部の防戦で手一杯で、当分はわたしたちヘルシラント族に再侵攻するだけの余力は無いだろうと思っていた。
それなのに、こんなに早く、またも使者を送ってくるなんて……
彼らには、想像していた以上に余力が、そして回復力があったという事なのだろうか。
わたしたちがそんな事を考えていると、報告に来ていたゴブリンが続けた。
「それがその……様子が変なのです」
「? どういう事ですか?」
わたしの問いかけに、彼は当惑の表情を浮かべたまま答える。
「イプ=スキ族側の使者は、あのサラク将軍なのです」
「!?」
わたしたちは驚いて顔を見合わせた。普通の使者レベルではなく、族長の最側近であるサラクが来ているとは……。
「それに、何故か小さな子供のゴブリンを連れてきています」
「子供!?」
わたしは部屋に並んでいる面々を眺めたが、全員が意図がわからないという感じの表情をしていた。
これは実際に話してみないと、彼らの意図はわからない様だ。
ともあれ、わたしは会ってみることにした。
「会いましょう。ふたりをこの『族長の間』にお連れして下さい」
……………
しばらくして、「族長の間」に、案内された二人のゴブリンが入ってきた。
入ってきたのは、報告通り、イプ=スキ族族長の側近である、サラク。彼は先日の「ナウギ湖畔の戦い」でも見かけたので、覚えている。
そして彼が連れていたのは、こちらも報告通り、小さなゴブリンの少年だった。
言うまでもなく、見たことのない子だ。きらきらと輝く「族長の間」が珍しいのだろうか。あどけない表情で、きょろきょろと周りを見回している。
そんな感じで入ってきた二人は、わたしが座っている玉座の前まで歩いてくると、その場で跪いた。
「イプ=スキ族のサラクです」
そう言って、サラクが頭を下げた。
「……そして」
隣に跪いている少年を示して言った。
「こちらは、現在のイプ=スキ族の族長、ムーシ家の当主、サカ様です」
「!?」
驚くわたしたちの前で、ゴブリンの少年は
「はじめまして、りりさま。サカともうします」
幼さの残る声でそう言って、わたしに頭を下げた。
驚いた。
使者として側近のサラクが来ただけでも驚きなのに、まさかイプ=スキ族の族長自身が来るだなんて。そして、今の族長がこんな小さな子供だなんて。
この子は、先日戦った、スナ族長の息子か何かなのだろうか。
わたしは動揺を隠しながら話した。
「よくぞ参られました、サカ殿、サラク殿。……して、今日は何のご用でしょうか?」
その言葉に、サカ少年とサラクは顔を見合わせる。サカ少年は不安げな表情をしている。
少しして、サラクが話し始めた。
「はっ、りり様。まずは、先日の戦いにおける、お慈悲ある行動に対しまして、お礼を申し上げます」
そう言って、二人で頭を下げる。
「慈悲ある行動」というのは、「ナウギ湖畔の戦い」で決着が付いた後、敗残兵の撤収に来た彼らを攻撃しなかった事や、スナ族長や戦死者を埋葬した事を指しているのだろう。
最初にこの話題を出してくるという事は、敵対的な意図はないのだろうか。そして、用向きは何なのだろうか。
わたしは、更に疑問を深めながら二人を見た。
「そして、本日参りました目的ですが……」
サラクは、傍らに跪いているサカをちらりと見て。そして、わたしの顔を見上げて、口を開いた。
彼の発言は……驚くべき内容だった。
「我々、イプ=スキ族はヘルシラント族に帰順し、服属致します。どうか我らイプ=スキ族を、傘下にお加え下さい」
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