第34話 ナウギ湖畔の戦い ~対峙~

 降り注ぐ矢をかわしながら、ヘルシラントの陣に迫る、イプ=スキ族のスナ。

 ヘルシラントの陣を見ると、ちょうど敵陣の中心部に、輿が見えた。

 その上に、小さな人間の様な少女が立ち、戦場を見渡している。


(あれが……「ヘルシラントのリリ」か!)

 手綱を引いて、その方向に向けて全力疾走する。スナの乗騎が、みるみるうちに、リリが指揮を執る輿の方に迫っていく。

「いかん! りり様を守れ!」

 その動きを見て、ヘルシラント側の矢がスナに集中する。何本かの矢がスナの身体に突き立った。


「ぐっ……」

 スナが呻く。

 この傷……軽くはない。軽くはないが……「ヘルシラントのリリ」を討つ事ができれば……!


 スナの乗騎がヘルシラント軍の目前に迫る。輿に立つ、「ヘルシラントのリリ」までもうすぐだ。

 スナの視界に、輿の上に立つ少女の姿が迫ってくる。逃げる様子は見えない。

 ここまで来れば射程圏内だ。イプ=スキ族は騎射を持ち味とした一族。そしてスナはその一族の長なのだ。

 この距離であれば……馬の上からでも、外さない!

「覚悟……!」

 「ヘルシラントのリリ」にしっかりと狙いを定めて、スナは弓を引き絞った。



 ……………



 次の瞬間。

 ばつん、と音がして、スナの弓が弾けた。

「なっ!?」

 スナが驚いて手元を見る。

 弓が折れたのか? それとも、弓の弦が切れたのか!?

 いや、違う。

 引き絞った弓の中央部が、いきなり……「消えた」のだ。


 前方を見ると、「ヘルシラントのリリ」が、何やらこちらに手を伸ばしているのが見えた。

(! 消滅の能力か……!)

 「ヘルシラントのリリ」の能力で、弓が消されたのだ。


「おのれ……!」

 スナは壊れた弓を投げ捨て、素早く、腰に差していた投げナイフを取り出した。

 そして、馬上で振りかぶって、「ヘルシラントのリリ」に投げる。


 だが、その投げナイフも、スナの手を離れた直後……忽然と空中で消滅した。


「なっ……!」

 驚いて空中を凝視するスナ。


 その次の瞬間、ヘルシラント族から放たれた矢が、鈍い音と共に、何本も深々とスナの身体に突き刺さった。


「ぐ……っ!」

 スナが矢が刺さる衝撃にのけぞった。そして、血を吐く。

 一瞬霞んだ目に、輿の上で立つ少女の前を守るように、割り込んで立ち塞がるヘルシラントのゴブリン兵たちの姿が見えた。騎馬で突破出来ないように、びっしりと楯を持った兵たちが前を塞いでいく。

 こうなると、もう手が出せない。飛び道具は全て失ったし、白兵戦で突破するのは無理だろう。

 そして何より、これだけの深手を負ってしまっては、もう……



(なんという……ことだ……)

 霞みそうになる意識で、考える。


 「ヘルシラントのリリ」。恐るべき敵だった。

 イプ=スキ族騎兵の力で簡単に打ち破って、この戦いで併呑するか、少なくとも好き放題財貨を略奪するつもりだったのに。

 百年に一度の「ゴブリリ」とは言っても、たかの知れた短距離消滅能力で、どうとでもなると思っていたのに。


 楽勝できる戦だと思っていたのに、待っていたのは、恐るべき罠だった。

 単なる狩場になると思っていた、このナウギ湖畔の平原。

 しかしヘルシラント側が構築した死地に誘い込まれ、イプ=スキ族の軍勢は壊滅状態だ。撤退を指示したとはいえ、どれだけの兵が無事に帰れるのだろうか。


 この陣地、この罠。この戦術。

 これを……あんな小さな少女が考えたというのか。

 そして、戦場に作られた堀。自分たちを閉じ込めた死地。

 これが、あの少女の能力で作られたというのか。


 百年に一度、この世界に現れて、ゴブリン全体を導くとされている、「ゴブリリ」。

 「外れスキル」の女王が続いた事もあり、そんなものは単なるおとぎ話だと思っていたけれど。

 ヘルシラント族に「ゴブリリ」が現れたと聞いた時、むしろ絶好の餌になると思っていたけれど。

 ……だが、その「ゴブリリ」の前に、自分たちは敗れ去ろうとしている。


 「ゴブリリ」に敵対しては、ならなかったのか?

 むしろ「ゴブリリ」と協力して、共にゴブリン全体の繁栄を図るべきだったのか?

 自分が目指した、「火の国」のハーンへの道は、間違っていたのか?


 そして……

 自分が倒れれば……イプ=スキ族は、どうなってしまうのか?

 これだけの損害を受けた後、南北を敵に囲まれて、生き残っていけるのか?

 我が一族はどうなる? 息子は……サカは、どうなるのだ……



 スナの脳裏に、様々な思いが去来する。


(こうなれば……)

(せめて……最後に、一つだけでも……!)


 残された力を振り絞って、スナは乗騎を右側に……ヘルシラントの左翼の方に走らせた。


 もう、手には武器は何もない。

 そして、矢傷は深く、力も出ない。

 それでも、痛みに耐えながら、ふらふらと何とか馬を走らせていく。

 動きの鈍ったスナと乗騎に、更に何本もの矢が突き立っていく。


 それでも……満身創痍になりながらも、何とかスナはヘルシラント軍の左翼側まで馬を進めた。


 そこは……アクダム軍の陣地だった。

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