第35話 イプ=スキ族長の最期

 柵の向かい側にいるアクダムを見つけて、スナは最後の力を振り絞って、叫んだ。

「アクダムーーー!」


「なぜ……なぜ、兵を動かさぬ!」

 深手を負い、かすれた、弱々しい物となったスナの声であったが……それでも、その声はヘルシラントの全軍に響き渡った。

「約束通り、『リリ』を攻撃しろ……!」


 突然スナが叫んだ言葉がそれだったので、ヘルシラントの陣地にどよめきが走った。


「なっなななな何を言っているのだ!!」

 アクダムが焦って叫ぶ。そのアクダムを睨み付け、怒鳴るようにスナは叫んだ。

「約束は……約束はどうした! 今こそ……動く時だろう!」

 その言葉に、ヘルシラント族の陣地、そしてアクダム勢の陣地がざわめく。



「だ、黙れえ!」

 慌てた様に、アクダムが杖を振り上げる。

「た、たわごとを言うなぁっ!!」

 杖の先から、火球が放たれる。

 火球の直撃を受けて、轟音とともにスナの身体は大きな炎を上げて燃え上がった。


 しかし、それでもスナの叫びは止まらない。

「アクダム……! 約束はどうなった! 兵を動かせ……!」

 深手を受けた身体を更に炎に焼かれ、絶え絶えとなった声だが、それでも……それだけに、ヘルシラント全軍に聞こえる様に響き渡る。


「だっ、黙れ! 黙れ……!」

 アクダムが半狂乱になって、スナの声をかき消そうとする様に、火球魔法を連発する。


 連続して戦場に響く爆発音。何発もの火球の直撃を受けて……その度に、身体を焼く炎は激しくなっていく。


「たわごとを……余計な事を……言うなあっ!」

 スナの声が聞こえなくなっても、アクダムは叫びながら火球魔法を打ち続ける。


「……………。……………!」


 やがて。

 スナの身体がぐらりと揺れて、馬から落ちた。


 どさり、と音がして転がった、炎に包まれた身体は……そのまま、動かなくなる。


 静まり帰った戦場に……炎が燃える、ばちばちという音だけが響いていた。




 ……………




「……て、敵将スナを討ち取ったぞ!」

 アクダムが叫んだ。

「……………」

 しかし、ヘルシラント軍からは、何の反応もない。痛い程の静寂が戦場を包んでいた。


 アクダムが焦った表情で戦場を見渡す。

 静まりかえった戦場の中、輿の上から、ヘルシラント本陣のリリが。そして、ヘルシラント軍全体が。更には、何も知らされていなかった自分の軍勢までもが。自分の事を見ている様な気がした。

 静寂の中、ヘルシラント軍全体が、先ほどのスナの言葉を反芻している様に感じられる。その言葉の意味を、アクダムの事を確信に近い猜疑の目で見ている様に感じられる。

 痛くなるような静寂が、アクダムを打つ様に包んだ。


 その静寂に耐えられなくて、アクダムが叫んだ。

「て、敵将、スナ=ムーシを討ち取りましたぞ! りり様!」


「りり様! イプ=スキ族の族長を倒しましたぞ!」


「ま、まさか、あんな苦し紛れの戯言を信じませんよね!」

「わ、儂は、ヘルシラント族の……りり様の、味方です!」


「……………」

「わ、我らヘルシラント族の勝利です、りり様、ばんざい!」


 アクダムが焦った声で叫び続ける。その声だけが空しく戦場に響くのだった。



 ……………



 しばらくの間の静寂を経て。


 ……ようやく、リリがすうっと手を上げた。


 その指示を見て、隣にいたリーナが高い声で叫んだ。

「ものども、我らヘルシラントの勝利だ! 凱歌を上げよ!!」


 その声に、ようやく、ヘルシラント族の陣営から歓声が上がった。


 リリが乗る輿が大きく上下に揺らされる。それに合わせて、リリが叫んだ。

「えい! えい! えい!」

 小さくても凜とした声が、戦場に響き渡る。


 その声に応じて、ヘルシラント軍全体から

「「応!!」」

 と大きな声が上がった。


 そしてその後は、ヘルシラント軍全体から歓声が上がる。


「勝った! 勝ったぞ!」

「りり様、バンザーイ!!」

「まさか、イプ=スキ族に勝てるなんて……!」

「我らの勝利だ!!」

「ヘルシラント族ばんざい! りり様ばんざい!」


 喜びの声。武器を打ち鳴らして喜ぶ者。

 リリに万歳を叫ぶ声。


 喜びに沸く戦場の騒ぎは、暫く収まらなかった。

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