第26話 イプ=スキ族の思惑

 イプ=スキ族の幕舎。

 帰ってきた使者、コランが、会見の様子を族長スナに報告していた。

「……そうか、要求を拒否したか」

「はい! それだけで無く、使者であるこの俺に無礼な対応を!」

 コランの言葉に、まあそうだろうな、と思いつつ頷く。


 服属や貢納を求める過大な要求内容も含めて、「ヘルシラントのリリ」に高圧的な態度で接する様に指示しておいたので、先方の対応も予定通りだ。

 また、その性格や態度、話し方が相手方の気分を害するだろう、と使者にコランを選んだのも、計画通りだった。


「予定通り、次の満月の日に進軍する。今日の返礼は、戦場ですれば良い」

 スナの言葉に、コランは「はっ!」と嬉しそうに頷いて退出して行った。


「今回の会見もあり、ヘルシラントの連中も、今更和睦などできないでしょうな」

 横で聞いていたサラクの言葉に、スナも頷く。

「計算通りというやつだな。迎撃するために軍勢を出してくれれば、こちらとしてもまとめて叩きやすくなる」

「左様ですな」

 サラクは頷いた。


 ヘルシラントへのこれまでの攻撃では、洞窟などに避難され、略奪は出来るものの、なかなか決定的なダメージを与える事はできなかった。

 使者を出して挑発し、更に攻撃日程を予告する事で、敢えてヘルシラント側に迎撃軍を出させた上で、一気に叩く作戦なのだ。

 ヘルシラントの軍勢を集めさせた上で、決戦を挑ませて一気に叩き、決定的なダメージを与えて抵抗力を失わせ、完全に屈服させる。それが今回の目的だった。


 「次の満月の日」と微妙な期間に設定したので、人間の街で傭兵を確保するなどもできないだろう。ヘルシラント族自前の軍勢を集めるのがやっとの筈だ。

 形の上では、降伏勧告の決裂から突発的に戦争にもつれ込んだ様な形だが、実際には、イプ=スキ族側がヘルシラントの軍を引きずり出し、叩く流れができあがっている。イプ=スキ側の方が主導権を握っているのだ。

 日程を予告していることで、事前に準備されたり、待ち伏せされる危険はあるが、兵力差、そして何より弓騎兵を保持している有利を考えれば、問題なく撃破できると、スナたちは判断していた。


「……それに、挑発に乗ってくれたおかげで『ヘルシラントのリリ』の『スキル』とやらも把握できた」

「事前情報通り、『消滅魔法』の様なものでしたな」

 懐の書簡をちらりと見ながら、サラクが言った。

「ああ。曲がりなりにも、伝説の『ゴブリリ』という事で、もっと強力な能力かと思っていたが……底が見えたな」

「しかし、消滅能力を持っているとなると、いささか厄介では?」

 サラクが疑問を呈するが、スナはにやりと笑って言った。

「会見の場で、コランのやつに能力を使った時の話を思い出してみろ」

「……と、言いますと?」

 不思議な表情をしているサラクに説明する。

「話によると、『手をかざして、その先の物体を消していた』だろう?」

「はい」

「……と、いう事は、おそらくは、『狙ったものを、一度にひとつしか消せない』という事だ」

「! なるほど! ……となれば」

「何本もの矢で、同時に射ってやれば、おそらくは防ぎきれないだろう」

 スナの言葉に、サラクも笑みを浮かべる。

「となると、我らの矢でハリネズミにしてやればいいわけですな。……結局のところ、我々が戦場でやるべき事は、いつも通りだと」

「そういう事だ」

 スナが頷く。


 イプ=スキ族の戦法は、騎馬隊、弓騎兵での騎射だ。一方的に攻撃できる距離から、雨の様に弓矢を打ち込んで敵軍を蹂躙する戦法は、マイクチェク族などとの戦闘でいくらでも経験済みだ。

 「ヘルシラントのリリ」に、多少強力な消滅魔法の能力があったとしても、弓騎兵の騎射戦法を防ぐことはできないだろう。雨の様に降り注ぐ矢を一本二本消せたところで、戦の趨勢は変わらない。



「それに、会戦となれば、『それ』が役立つ可能性も出てくる」

 スナがそう言いながら、サラクが持つ書簡を指差した。

 「向こう」から飛び込んで来てくれた、チャンス。これを上手く発動できれば、ヘルシラント勢を「背後から刺す」事も可能となるわけだ。

「左様ですな。となると、どう転んでも、『ヘルシラントのリリ』に勝ち目はないですな。……ただ、それでもこれまでの様に、ヘルシラントの山に籠城する可能性は?」

「もしそうなれば、いつも通り、周りの村や畑を略奪すればいい」

 スナの言葉に、サラクはぽん、と手を打った。

「そうですね。もし、あれだけの啖呵を切っておきながら、実際には戦わず、本拠地に逃げて閉じこもり、村が略奪されるまま、という事になれば……」

「おそらく、部族内での求心力が保つまい」

 スナがそう言って、にやりと笑った。

「その場合は、アクダム派の突き上げで、ヘルシラント族の中で失脚する流れですな。

 ……いずれにせよ、『ヘルシラントのリリ』はおしまいだ、と」

「そういう事だ」スナが頷いた。

「今回で征服できれば一番良いのだが、どのパターンでも、我々が大きな利を得られる事に変わりはない」


「それでは、次の満月の日に向けて、準備を整えます」

「ああ。過去と同じく、森を抜けて、ナウギ湖の東岸沿いからヘルシラントに入る。頼んだぞ」

「はっ」



 ……………



 スナには、既に「ヘルシラントのリリ」などは眼中に無い。

 曲がりなりにも伝説の「ゴブリリ」なので、首を獲るか、捕らえて晒してやれば「箔」にはなるだろう。だが、それだけだ。

 今回の目的は、ヘルシラント勢に決定的な打撃を与えた上での、併合、または属国化。もし今回でそこまでは至らずとも、少なくとも大量の財貨を略奪しての勝利は間違いない。


 普通に戦っても勝てるだろうし、あの「仕掛け」が発動すれば、勝利は更に劇的で楽なものになるだろう。

 もし洞窟や村落に籠城し、防御に徹された場合でも、「いつもの略奪」レベルは可能だし、「ヘルシラントのリリ」の失脚も期待できると思うが……会見の顛末を考えると、おそらくは打って出てくるしかないだろう。


 今回勝つのは当然のこととして、問題は「その先」……戦果を足がかりとした、イプ=スキ族の更なる強大化。その先は、マイクチェク族を倒して「火の国」のゴブリンを統一し、ハーンの座に就くこと。

 スナの興味は、この先にある、王者への道のりへと移っていた。

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