第8話 授かった「スキル」
「ゴブリンの女神」(らしき女性)が告げた「スキル」の名前は、予想だにしなかったものだった。
「
オウム返しに尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。
「……そう、
地面でも何でも、好きなものを『掘る』事ができます」
彼女がドワーフ向き、と言っていた理由がわかった様な気がした。確かに、土の中を採掘して地下都市の様なものを築いているドワーフ族であれば、ぴったりのスキルだろう。
……しかし、ゴブリンとしては使いどころはあるのだろうか。
「手のひらを広げてみて下さい」
女神の言葉に従って、手を開いて見てみる。
「とりあえずは、人差し指の長さほど。その長さ四方の四角形……立方体の大きさを、念じるだけで『掘る』事ができます」
両手の指を組み合わせて、四角を作ってみる。この長さ、大きさという事は、頭の大きさよりも一回り小さいくらいだろうか。
「ここは夢の中ですけど、チュートリアルという事でやってみましょうか。……どこか好きなところを『掘って』みて下さい」
女神の言葉に、わたしは手を伸ばして、目の前の地面に意識を集中させてみた。
何かを「掴む」感覚がする。そして……
次の瞬間、ボシュッ、という音と共に、地面の一部が真四角に凹む様に消えていた。
「わあっ」
思わず、声が出てしまう。
「上手くいきましたね。連続で『掘る』事もできますよ」
その言葉に促されて、試してみる。
ボシュッ、ボシュッと音がして、連続で地面が「掘られて」消えていく。大体、1秒に一回程度の速度で、人差し指の長さ四方程度の立方体を「掘る」事が出来る様だった。
「慣れてきて、経験を積めば、『掘る』速度は早くなりますし、射程距離や『掘れる』大きさも拡大していきますよ」
女神の説明を聞きながら、「
「基本的に、見えている範囲、自分で場所を認識できるところであれば、どこでも『掘る』事ができます」
試してみようと、少しずつ、離れた遠い場所を「掘って」みる。わたしの力に応じて、少し離れた場所の地面が、音と共に凹んで消えていく。
確かに、概ね、この部屋の中ならどこでも「掘れる」だろうという感覚がした。
ただ、離れた場所になるほど、地面を「掴んでいる」感覚が薄れている感じがする。この部屋の端あたりが、ちょうど「掴んでいる」感覚が無くなる限界という感じだ。このあたりの距離が「射程距離」という事だろうか。
……それにしても、「掘った」ものはどこに消えているのだろうか。不思議なものだ。
そう思いながらいろいろ試していると、少し先に、金属の棒が落ちていた。これも「掘る」事ができるのだろうか……?
そう思って試してみると、心なしか少し長く時間が掛かったけれど、あっさりと、ボシュッという音を立てて、金属棒の中心部分が消えた。分断された棒が左右に分かれ落ちて、からからと音を立てる。
「そうそう。そんな感じで、地面だけでなく、基本的に何でも『掘る』事ができます。ただ、生き物だけは『掘る』ことができませんけどね」
なるほど、確かに採掘しながら生きている「ドワーフが使うなら」便利で強力な能力みたいだ。
しかし、ゴブリンであるわたしが、この「
「使いこなしてレベルが上がれば、単に『掘る』だけでなく、いろんな事ができる様になるので、頑張って使いこなして下さいね」
わたしが夢中になって「スキル」を試しているのを見て、女神が嬉しそうに言った。
「……これで、『スキル』の授与は完了です」
女神が宣言した。
そして、一呼吸おいて、わたしを見ながら続ける。
「『スキル』を与えられた者が活躍して、澱んだ世界を掻き回し、変えていくこと。そうして変動する世界を眺める事が、神々の楽しみであり、望みなのです」
彼女が言う。笑みを浮かべているけれど……何だか先ほどまでとは雰囲気が違う、少し怖い感じがした。
これまで、「女神」と言っていたけれど、彼女は本当は「神様」ではないのだろうか。そして、もっと上位の存在がいるのだろうか。いろいろ疑問はあるけれど、当面はそんな事を考えている余裕はなさそうだった。
「あなたが活躍して、世界を大きく動かす事に期待していますよ」
そうは言われたけれど、「世界を動かす」程の大層な能力だとは思えない。それに、そもそも世界を動かす前に、まずは自分の置かれた境遇を切り開かねばならない。
「それでは」
その言葉とともに、前触れも無く、唐突に「女神」は姿を消す。
夢の中で、周囲が再び暗闇と静寂に包まれた。
わたしは、一人残された夢の中で、力が宿ったてのひらを眺め続けたのだった。
……………
「……………」
わたしは、夢から覚めて、目を開けた。
周りは、寝る前と変わらない、わたしが幽閉されている族長の部屋だ。本がうず高く積まれた周りの様子も、鉄格子で閉じ込められている状況も、変わらない。
寝る前と、何も変わった様子は無い。
変わったのは、わたしが夢を見たという事だけ。
あの謎の女神に、「スキル」を……「
あの夢は本当だったのだろうか。本当に、わたしは「スキル」を与えられたのだろうか。
試してみるために、わたしは目の前の地面に意識を向けてみた。
意識の中で、地面を「掴む」感覚がする。
……次の瞬間、ボシュッ、という音と共に、地面が消えて凹んでいた。
「……本当、だった」
わたしは呟いた。
本当に、「ゴブリンの神」が来て、「スキル」を与えてくれたんだ。
まぁ、思い返せば、本当に「ゴブリンの」神なのかは怪しいけれど……
ともあれ、ようやく、授かった「スキル」。
しかし、期待していたような……「派手な」、巨大な力が発揮できる「スキル」ではなかった。
生き物は「掘れない」という事は、例えば、敵の身体に風穴を開けたりはできないということ。つまり、直接攻撃の手段としては使えない。
長い間待たされて、ようやく与えられた挙句、明らかに戦闘向きでは無く、そもそもゴブリン向きではない、ドワーフ用のものを間違えて与えられたっぽい能力だけど。
それでも、わたしが生き残り、運命を切り拓くには、この力を活用するしかない。
まずはこの後、上手く立ち回って、何とかしてゴブリンたちに、わたしが「ゴブリリ」として。百年に一度の女王になるにふさわしい力量の、「スキル」の持ち主だと認められなければならない。
……さもないと、予定通り、族長の座から引きずり下ろされて、奴隷にされて終わりだ。
だけど……。わたしは、考えた。
でも、こんな能力だけれども。上手く使いこなして、上手く立ち回れば……なんとかなるかもしれない。
しばらくの間、わたしはどんな場所が「掘れる」のか、いろいろと「スキル」を試してみたり、ここからどう立ち回るべきか、生き残るためにどうすべきなのか、考えた。
部屋の外はまだ静まりかえっているけれど、朝が来るまでそれほど時間は残されていない。
まずは、明日……いや、今日を凌がねばならない。どう動くべきか、どんな態度で、どんな作戦で動くべきか……残された時間で考え続けたのだった。
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