第6話 運命の日

 タイムリミットまで、もう日が無い。

 わたしは、「スキル」を授けてくれるという神様が来てくれるのを、祈るしかなかった。


 だけど。

 祈ってみてもやっぱり誰も来ることは無く、それからも何事も起きずに何日かが過ぎていく。

 爺とリーナは心配して慰めてくれたけれど、状況は何も変わらない。



 気がつけば、誕生日は明日に迫っていた。

 それは……わたしにとって運命の日。

 かりそめの女王ですらなくなり、部族の奴隷に堕とされ、アクダムのものになってしまう日。



 この日、アクダムが勝ち誇った表情で、玉座の間、牢の前まで様子を見に来た。

 舐め回す様に、品定めするかの様に、翌日には自分のものになる予定の、わたしの身体を眺める。


「りり様、いよいよ明日……楽しみですな」

 アクダムが楽しそうに言った。

「見て下さい、明日一緒に楽しむために、苦労して入手したんですよ」

 懐から、古いラベルが貼られたワインの瓶を取り出す。

「明日はまずは、りり様の鎖骨酒で乾杯です。この年代物のワインを、りり様の鎖骨の窪みに注いで……直飲みさせて貰いますよ」

 そう言いながら、わたしの肩口を嫌らしい視線で眺める。

「楽しみです。りり様の鎖骨酒……さぞかし美味しいでしょうな」

「……ひっ」

 あのアクダムが、わたしの肩口に顔を寄せて……。その様子を想像してしまって、悪寒が走る。


「その後も、りり様の色んな窪みにお酒を注いで、味わせてもらいますよ。腋、お腹の窪み、そして……」

 嫌らしい視線に、わたしはおもわず後ずさった。

「ご心配なく。りり様にも飲ませて差し上げますよ。……口移しでね」

 その言葉にぞわりと悪寒が走る。その間も、アクダムはわたしの身体をねっとりとした視線で眺め続けていた。


「ふたりでお酒を楽しんだ後は、いよいよりり様と……。本当に、本当に楽しみですな」

「……っ」

 アクダムの視線が絡みつく様で、悪寒が止まらない。

 そんなわたしをよそに、高笑いをしながら、アクダムはもう一度「明日をお楽しみに」と言って去って行った。


 ……………


「りり様」

 入れ違いで、リーナが姿を見せた。その後ろには、爺の姿も見える。

「今日はりり様に差し入れがあるのですじゃ」

 牢の扉を開いて、爺とリーナががらがらと何かを運び込んでくる。それは小さな浴槽だった。

「麓から汲んできた温泉ですわ」

 リーナが言った。麓の温泉は遠いのに、わざわざここまで汲んできてくれたのだ。

「……ありがとう」


 服を脱いで、ゆっくりと湯船に身体を沈める。

 ……温かくて気持ちいい。

 水浴みは時々させて貰っていたけれど、こんな温かいお湯に入ったのは初めてだ。ふたりが麓から汲んできて、暖めてくれたのだろうか。その心遣いが嬉しい。


 わたしは、本で読んだ、外の世界の事を思い出していた。

 外の世界には、温かいお湯が広々とした場所に沸き出している、温泉というものがあるらしい。

 その他にも、外の世界は広々としていて、綺麗な景色や美味しい食べ物が沢山あるらしい。


 外の世界。一度は体験してみたかったけれど……

 でも……

 そう思うと、再び気分が暗くなる。

 このまま明日が来てしまって、もう外の世界は、一生見られなくなってしまうのだろうか。

 首輪を付けられて、アクダムに飼われ、慰み者になる運命なのだろうか。

 わたしは……明日のアクダムのために、身を清めているようなものなのだろうか。

 先ほどのアクダムの言葉を思い出して、改めて悪寒が走って身体がぶるぶると震える。



 ……やっぱりもう、ダメなのだろうか。

 神様は、来てくれないのだろうか。


 幽閉され、厳重に監視されているので、逃げる事もできない。

 もし、爺やリーナに手引きして貰って、何とかこの部屋から出たとしても、ずっとこの部屋で生きていたわたしは、外がどうなっているのか全く知らないので、逃げようがないだろう。

 そして、自分で命を絶つ勇気もないし、そもそもそんな事に使えそうなものは何も与えられてはいない。

 結局のところ、やっぱり……どうしようもない。


 何だか涙が溢れて来てしまって、わたしは二人に気付かれないように、湯船に顔を沈めたのだった。



 ……………



 その後も、不安でいっぱいになりながら一日を過ごしたけれど、何も変わった事は起きなかった。

 助けなど勿論来ないし、突然「スキル」に目覚めたりもしない。

 不安だけが高まっていく中、ついに寝る時間になってしまった。

 


 ……明日が来て欲しくない。眠りたくない。

 でも、もしかしたら、誕生日が来る今夜に、「ゴブリンの神様」がスキルを授けに来てくれるかもしれない。

 複雑な気分で胸がざわついたまま、わたしは惨めな思いで目を閉じる。


(このまま、次に目を覚ました時には、わたしは……)


 気が重いせいか、きりきりとお腹が痛む感覚がする。

 眠れないかと思っていたけれど、なぜだか、すうっと沈み込む様に、眠気に引き込まれる様に、わたしは眠りに落ちていった。



 ……………



 ……………



 夢の中。

 なぜだかはっきりした意識の中で、わたしは何かを見つめている。

 遠くから、何か光るものが近づいて来るのが見えた。


 輝く人影の様なものが、遠くからやってくる姿が見える。


 神様!?

 ついに、神様が来てくれたのだろうか。

 これは、待ちに待った、「スキル」が授与される夢だろうか。

 しかし、神が起こす奇跡?の割には、微妙におかしな雰囲気の光景が、目の前に見えていた。



 近づいてくるのは、ゆったりとした服を着た、人間の女性の様な姿。

 その姿が、次第に近づいてくる……というか、走ってくる。

 というより、バテバテになった様な感じで、辛そうな感じで走ってくる。


 最後はよたよたと走ってきた女性は……わたしの前までたどり着くと、肩で息をしながら、ぜいぜいと苦しそうな声をあげた。

「ま、間に合ったぁ~」


 第一声がそれだったので、わたしは……期待よりも不安の方が大きくなったのだった。

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