第4話 区切られた期限

 朝食が終わり、食器を下げてリーナと爺の二人が出て行った後、わたしは改めて自分が置かれている状況について考えていた。

 あの二人が優しくしてくれるのは嬉しいけれど、それにしても、本当に味方が少ない。


 我が部族、ヘルシラント族のゴブリン洞で、わたしに同情的なのは、あの二人をはじめとした、ごく一部のゴブリンだけ。

 残りのゴブリンたちのうち、半分くらいは無関心派で、「『スキル』に目覚めるまでは、そして、どんな『スキル』なのか確かめるまでは、しばらく現状維持でいいだろう」という考えだ。

 現状維持、というのは、わたしの幽閉を継続するという事だし、そして、その先の処遇も含めて、現在の実権を握っている「彼ら」の意向に任せよう、という事だ。


 そしてその、現在の主流派は……



「おやおや、りり様じゃありませんか~」

 牢の外から声がした。

「今日もご機嫌良さそうで何よりですな」

「……アクダム」


 牢の外に立っている、でっぷりとした人影。

 このヘルシラント族の、前の族長にして、現在は摂政として権力を握っている男。

 アクダムだった。



 ……………



「ご機嫌うるわしゅう、族長様~」

 牢の外、鉄格子の向かい側から、ねっとりとした口調で、アクダムが言った。

 他のゴブリンたちよりも豪華な服装で、たくさん付いている悪趣味で派手な装身具が、じゃらじゃらと音を立てる。手に持っている杖にも宝石が入っていた。


 アクダムは、かつてはこのヘルシラント族の族長だった男だ。

 しかし、十年ほど前に「ゴブリリ」であるわたしが生まれた事で、名目上とはいえ、族長の座を譲る事を余儀なくされたのだ。


 「ゴブリリ」が期待されていない事情もあって、その後も摂政を名乗って実権を握り続け、わたしはこうして幽閉されている。

 しかし、それでも名目上だけは、わたしを族長として推戴しなければならないし、わたしの「スキル」が何なのかも判明していない段階では、取って代わって族長に返り咲く事もできない。


 だから……わたしの事を疎んでいるし、何とかして排除したくてたまらないのだ。


 そんな彼にとって、いつまで経っても、わたしが「スキル」に目覚める様子がない事は、格好の材料なのだった。



「りり様~ 今日もまだ『スキル』に目覚めないのですかぁ~?」

 嫌味たっぷりな口調でアクダムが笑った。

「本当は目覚めているんですよね? 早く、先代の女王みたいに、儂のおしっこの色を変えてみて下さいよ~!」

 そう言いながら、突然ズボンを脱ぎだすアクダム。そして、ボロンと粗末な物を取り出した。

 ぎょっとしてドン引きするわたしを横目に、あろうことか、牢の外からこちら側に放尿しはじめた。

「おや~? 色が変わりませんなぁ?! まだ『スキル』に目覚めていないのですかぁ?」

 嘲笑いながら放尿を続けるアクダム。酷い侮辱に、わたしは目を逸らしながらも睨み付けたが、どうする事もできなかった。


「いやぁ、すっきりしました」

 わたしの反応を楽しむかの様にぶるぶると振った後、悠々とズボンを上げながら、アクダムが語りかける。

「……それにしても本当に、いつになったら『スキル』が使える様になるんですか?」

「す、少し遅れているだけです! もうすこし待ってくれれば……」



「……いつまでも待てませんな、りり様」

 アクダムは、わたしの言葉を遮って言った。


「もう待つのも限界です。そこで、期限を切る事になりましてな。今日は、そのお知らせに来ました」

 わたしの顔を覗き込みながら、アクダムは言った。


「待つのは……次の、お誕生日までという事になりました」


「えっ……!?」

 急な言葉に驚く。

 いきなりのタイムリミット設定。しかも、次の誕生日までなんて、もう何日も残されていないではないか。

 わたしは、奈落の底に叩き落とされた様な気分になった。

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