第3話 目覚めない「スキル」
わたしは、改めて、部屋の中に転がっている、自分が埋まってしまいそうな高さまで積まれている本たちを眺めた。
この族長の部屋に置かれていた本たち。長い幽閉生活の中で、ただ一つの慰め、そして友達と言ってもいい本たち。何度も何度も読み返した本たち。
この幽閉された部屋では、読書くらいしか楽しみが無い。わたしは何度も何度も本を読み返して、物語の世界に心を躍らせて、すっかり文学少女ゴブリンになっていたのだった。
歴代の族長が使っていた、難しい実用書も多いけれど。
やっぱりわたしが好きなのは、過去の出来事が描かれた歴史の本。そして、様々な物語が描かれた、小説たちだった。
歴史の本には、過去のゴブリンたちの……そして「ゴブリリ」女王たちの活躍が描かれている。それはまるで、小説を読むような、彩りに包まれた、読んでいてわくわくする世界だった。
そして小説も、「ゴブリリ」女王たちを題材にしたものが多い。
歴代の「ゴブリリ」女王の物語を読んで、いつの日か、自分自身も彼女たちの様な活躍がしたい、自分も素敵な「スキル」を手に入れて、我がヘルシラント族を……そしてゴブリン全体を幸せへと導きたい。
きっと叶わぬ夢……と思いながらも、そんな願いを抱き続けていたのだった。
……………
「おはようございます、りり様」
牢の鍵を開けて、わたしが「爺、じいや」と呼んでいる老ゴブリンと、もう一人、女性ゴブリンが一緒に入ってきた。
「りり様、おはようございます、今日の朝食です」
「ありがとう、リーナ」
女性ゴブリン……メイドのリーナが持ってきてくれた朝食を受け取る。
彼女は「ゴブリリ」であるわたしとは違って、普通のゴブリンの女性だ。わたしの様に人間のような姿はしていない、普通のゴブリンだ。ゴブリンとはかけ離れた、人間の様な姿をしているのは、わたしだけなのだった。
「いただきます」
手を合わせて、食べ始める。二人も、用意していた自分たちの分を食べ始めた。
この二人は、このゴブリン洞で、唯一と言って良い、わたしの味方だ。
こうして、わたしの身の回りのお世話をしてくれるのも、この二人だけ。役目だからなのかもしれないけれど、付き合いが長くなって来た事もあって、こうして仲良くしてくれている。
食事をしながら、リーナが呟いた。
「もうすぐ、お誕生日ですね、りり様」
「ええ……」
言葉少なに頷く。
こんな幽閉された状況で、誕生日だからと言って、別に何かおめでたいわけでは無い。むしろこの「誕生日」という言葉には、別の意味があった。
「次のお誕生日の頃までには、きっとすばらしい『スキル』に目覚めておりますよ。爺は信じております」
「……ありがとう」
爺の励ましの言葉にも、生返事しかできない。
「大丈夫です! すごい『スキル』に目覚めたら、こんなところから出られて、本当の意味で族長になれますよ!」
リーナがそう言って微笑んでくれる。
本当に、そうだったらいいのだけれど……
……今のわたしには、大きな悩みがあった。
過去の「ゴブリリ」たちの事例からは、とっくに「スキル」に目覚めていてもおかしくない年齢なのに、まだわたしは「スキル」に目覚めていなかった。
言い伝えによると、「ゴブリリ」は10歳の誕生日の夜に、夢に「ゴブリンの神」と呼ばれる存在が現れて、「スキル」が与えられるらしい。
しかし……その誕生日が過ぎても、わたしには「ゴブリンの神」とやらは来なかった。
「スキル」に目覚める時期には例外もあったらしいけれど、少なくとも過去2代の「ゴブリリ」については、10歳の誕生日の時に「ゴブリンの神」が来たらしい。
しかし、わたしには……まだ来ていない。
少し遅れているだけで、いずれ来てくれるのだろう。
そう思いつつ日々を過ごすうちに、もうすぐ一年が経とうとしている。
「ゴブリンの神」が少し日程を間違えただけで、近いうちにきっと来てくれるだろう。そんな淡い期待を裏切られながら、日々を過ごしているのだ。
そもそも役立たずスキルの可能性が高いのに、その「スキル」にすら、目覚めない。
わたしを見るゴブリンたちの視線は、日々厳しいものになって来ていた。
一応玉座に飾っている、役立たずのゴブリン少女。
しかし実は、「役立たずスキル」にすら目覚めないのではないか。ゴブリンたちの目は、半信半疑…いや、「疑」の方がどんどん増えてきて、いまでは九割ほど、という状況になっていた。
ゴブリンたちの疑念が確信に変わった時、部族のゴブリンたちに完全に見限られた時、わたしはどうなってしまうのだろう。今の状況がいつまでも続くとは思えない。「いずれは『スキル』に目覚める筈」で引っ張るのも、限界が近い気がする。
できれば限界が来るその前に、「ゴブリンの神」に来て貰いたい。そしてできれば、役に立つ「スキル」を授けて貰いたい。そんな思いで日々を過ごしていたのだった。
そうした、現在の苦しい状況を思い出してしまって、わたしたちはそれ以上の会話も無く、黙々と朝食を食べたのだった。
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