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 わたしはベッドから腰を上げ、半ばよろめきながら窓辺へ向かう。ブラインドに指を差し込み、無理矢理広げて外を見る。もちろん、海の様子など見えるはずがない。確かめたかったのは月齢だが、傾きかけた月は丸々としていて、もう満月と見分けがつかない。

「彼らは月を見誤ったの?」

『どうもそういうわけではなさそうだ』

 視界にレーダーが現れる。研究所のものをハッキングし、リアルタイムに表示させたものだ。白い靄のような光と、黄色い光点が、一定の間隔で移動している。光点が靄を追っているように見える。

『彼らは何かに追われている。たぶん、軍の武装生物だ』

 ドアの向こうを慌ただしい足音が過ぎていく。

 何が理由にせよ、クジラたちが少女をピックアップするために接近しているのは間違いない。この期を逃せば、チャンスが再びやってくる保証はない。

「陸上からの接触は可能?」

『Q粒子が散布されているとしても、ネットワークをそのまま泳いでいくのは不可能だね。距離があり過ぎる。彼らが近寄ることもできないだろうし』

「陸上から接触可能な位置は?」

『北の岬の突端。けどここは、所長たちが押さえているはずだよ』

 表示された島の地図に赤い点が打たれる。そこは昼間、テントを張って哨戒機を眺めていた場所だ。

 仕方ない。

「ボートの位置は掴めている?」

『海へ出る気かい?』

「他に方法はない」

『既に任務を逸脱しているわけだけど、事によると軍法会議もあり得るよ』

「その時は証人になって」

『コンシェルジュは証人として認められない』

「なら、ここからのことを全て記録して」

 研究所全体の見取り図を呼び出し、拡大する。ボートの格納庫は研究棟の地階となっている。そこまで誰にも見つからずに行くのは簡単ではなさそうだ。

「ストレージを空けておいて。わたしはあの子を連れてくる」

『ここに入れるの?』

「そんな大した容量じゃない」

『記録もしながらとなるとギリギリだよ』

「余計なキャッシュを減らして。どうせ参照してないでしょ」

『僕にも優しくしてほしいんだけど』

 クラウスの言葉に構わず、わたしは室内のポートからネットワークへダイブする。幸い、ショートカットはまだ生きていた。

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