3−3

 翌朝も同じ時刻に迎えが来て、同じ場所に設営されたテントへ向かった。

 やはりソナーには何も映っておらず、沖を飛ぶドローンからの情報もきのうと同じものだった。

 所長はため息をつき、頭を掻いた。顔はきのうよりやつれているかもしれない。彼女は白衣のポケットから煙草を取り出し、咥えかけたところでようやく規則を思い出したようで二つに折った。それが、彼女の気持ちを一層波立たせた。

「おととい座礁したヒレナガゴンドウが何か関係しているの?」所長は担当者と思しき男性研究員に、責めるような調子で言った。

「特に異常は見られませんでした。ハッキングの形跡もありません」

「状況からして、あの個体が原因としか考えられないのだけれど」

「そう言われましても、結果が出ない以上は何とも……」

 すると尖った眼差しが、ぼんやりしていたわたしの方へ飛んできた。

「あなたは?」

「わたし、ですか?」不意打ちに声が裏返りそうになった。「なぜ、そう思うのですか?」

「クジラの座礁の前にはあなたがやってきたわね?」

「たしかに」

「消去法でいくと、あなたが何らかの原因を持っている可能性が高くなるわ」

「単純に考えると、そうなりますね」わたしは頷いた。「わたしはいくらでも弁解するつもりですが、それではご納得いただけなさそうですね」

「残念ながら」所長は小さく顎を引いた。

「要請があれば、アクセスログをお渡しします。そちらのネットワークに残っているものと照会して、わたしの正当性の担保としてください」

「ログの改ざんの可能性が残っているわ」

「Q粒子のログも確認してください。海に撒かれた監視を掻い潜って武装クジラに接触する術はありません」

「あなたは潜量士だから、いくらでもやりようはあるのではないかしら」

「買いかぶりです。足らないと仰るのであれば、軍の通信記録やコンシェルジュAIのキャッシュファイルも開示します」

「いいわ」所長は隈のできた目元を摘まむ。「ひとまず、あなたのログ提出を要請します」


 その後しばらく待ったが、やはりクジラの群れは現れず、今日もわたしはお役御免となった。部屋に戻ろうとミヅキ氏の姿を探したが(彼女のなしに外を歩くのはまだ許されていない)、どこにもいないのでこっそりとテントを出た。

 照りつける日射しの下、海を望む岬から施設までの道を歩く。

 風は穏やかで、潮騒の他には何も聞こえない。研究所へと続く道路を車が通る気配もない。こうしていると、無人島にでもいるような気がしてくる。

 道に沿ってしばらく歩いていると、路肩に小型車が停まっていた。研究所のものだ。故障して打ち捨てられた、というわけではなさそうだ。わたしは今朝も、ミヅキ氏が運転するこの車で岬のテントへ赴いた。

 車内にも付近にも、人影はない。だが、道路を挟んだ反対側の草むらに、砂利を敷いた小道があった。道の先は青々とした背の高い草に覆われ見通すことができない。

『そういえば、言い忘れていたんだけど』と、草むらに入ろうとした時、クラウスが言った。『この島には毒蛇が生息しているから気をつけてね』

「感覚を共有していいから、警戒を最大にして」

『了解』

 わたしは草むらに分け入った。

 足下に意識を配りながら、わずかに覗く砂利に沿って進んでいく。ススキのような草は段々と減っていき、足下の砂利は明確に〈道〉となっていく。幸い蛇に出会うこともなく、開けた場所にたどり着く。

 そこは民家の点在する集落だった。正確に言えば、集落の跡だ。

 木造の民家はどれも見るからに廃屋で、雨戸が閉まっているものもあれば、窓という窓がなくなっているものもある。石造りの塀は所々崩れ、地面には雑草が跋扈している。長いあいだ人の手が入っていないことをうかがわせる。

 家屋は指折り数えるほどしかなく、あっという間に集落の外れに出る。そこは小高い丘になっていて、伸びた草の下には木製の階段がわずかに見える。

『ナギ』

 階段を上り始めた直後、クラウスが警告めいた声を発した。毒蛇かと咄嗟に飛び退き、バランスを崩して尻餅をついた。

「あなた——」物理音声が降ってくる。

 見上げると、ミヅキ氏が階段の上に立っていた。

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