3−2
時間と非損耗率が許す限り、彼女と一緒に海底を泳ぎ回る。
少女の泳ぎは見る間に上達していく。考えてみれば、物理世界で全く泳げないわたしにできるのだから、元がクジラである彼女にできないはずがない。初めはわたしについてくるだけだった彼女が、気づけばわたしの前を泳いでいる。わたしの方が必死に追いすがらなければならないほど、彼女は早い。
同じ光景を前にも見た、とふと思う。
わたしは誰かと一緒に泳いでいて、後ろ姿を追っている。
その誰かはどんどん泳いで言ってしまう。
わたしは振り切られまいと、必死でついていこうとする。
必死で、もがく。
もがいても、もがいても、追いつけない。
彼女は見る見る行ってしまう。
待って、とわたしは叫ぶ。声は出ない。彼女にわたしの気持ちは届かない。
彼女は見る見る行ってしまう。
遠く、小さくなって、やがて消えてしまう――
時折見る夢だ。目覚めた時にはいつも途方もない気持ちしか残っていない、あの夢だ。そしてそのうちのいくらかは、実際の記憶でもある。
わたしはやはり、あの人の影を追っているのだ。そうと認めていなかっただけで、頭の隅ではずっと、泳いでいく彼女に追いすがろうとしていたのだ。
藍色の中で小さな影が翻る。遠くから、少女が泳いで戻ってくる。彼女はわたしの前まで来ると、周囲と同じ藍色の瞳をこちらへ向けてくる。問われているのがわかる。わたしは「何でもない」と首を振る。
少女はまた泳ぎ出す。
あんな風に泳げたら、とわたしは思う。あの人に、追いつけるのだろうか。
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